第3話(後半)ワークスの陰謀! マグナクラフトの刺客
──オーバーフロー。
リンク暴走──ゼロ・ファイトが、俺の中で点火した。
操縦席に座っているはずの身体が、もうここにはない。
意識は外装と指先にまで浸食し、俺と機体がひとつに融け合っていた。
視界が引き裂かれ、時間の縫い目に潜り込んだように世界が遅れる。
「バッキー!? リンク率跳ねてる! このままじゃ──!」
ラーラの声が揺れる。だが俺は応えない。
体温が下がり、鼓動が遠い。冷たい獣が、俺の中で目を覚ましていた。
骨が軋む感覚。いや、これはフレームのたわみだ。
フェンリルMk-Eの突進。三節棍が地をえぐりながら迫る。
通常なら避けられない軌道。だが──俺には見える。
数秒先の未来。
金属の節が跳ね、鎖がねじれる瞬間。
その位置、その時刻。その全てが像を結ぶ。
「……紙装甲? 違ぇよ」
喉の奥で笑みが洩れた。
「命を削って、一撃に賭けた結果がこれなんだ」
左肘の損傷部に反動を逃がし、肩軸で旋回。
飛び込むようにスライドすれば、敵の脇腹が目前に現れる。
反射的に握ったままのジーク・アックスの柄尻を叩き込む。
ゴン、と鈍い衝撃音。
フェンリルがのけぞり、観客席からざわめきが弾けた。
『いまの見えたか!?』
『ジャンクが、フェンリルを──っ』
だが俺は観客の声など聞いていない。
未来はすでに、次の一撃を告げていた。
──この戦いはまだ、始まったばかりだ。
タイタン-Xの巨体が動いた。
ワイヤーリールが唸り、鉄球が戻ってくる。
その一撃をまともに喰らえば、確実に終わる。
「……遅ぇよ」
俺は低く呟いた。
未来の軌道は、もう焼き付いている。
避けるんじゃない。先回りして、そこに立つんだ。
斧を握り、噴射ノズルを噴かす。
数秒先の映像を追い越して、俺はすでにその位置にいた。
未来を盗み見るこの感覚──ゼロ・ファイト。
俺の動きに合わせ、世界が遅れて追従してくる。
タイタンの鉄球が戻る。ワイヤーの唸りも、観客の叫びも、全てが水の底のように鈍い。
「今ので終わりと思うなよ、ジャンクが!」
実況越しにタイタンの操縦者の声が響く。
だが、すでに軌道は見えている。
右肩から左腰へ──鉄球の線が脳裏に焼きつく。
そこへ一歩、俺が踏み込む。
先に立つのは避けるためじゃない、終わらせるためだ。
斧を振り上げる。
Breaker Edgeが火花を散らし、赤熱の軌跡を描いた。
次の瞬間、タイタンの右腕が関節ごと吹き飛ぶ。
鉄球は慣性のまま宙に舞い、アリーナの壁へ激突してコンクリを砕いた。
『なっ、腕が──!』
『嘘だろ、ジャンクが専属機の腕を落とした!?』
『リプレイ! リプレイ映せ!』
観客の悲鳴と実況の混乱が重なる。
俺の耳には、ただ残響だけが遠く鳴っていた。
フェンリルが間を置かず突っ込んでくる。
三節棍が蛇の牙のように絡みつき、俺の頭部を狙う。
連撃、跳弾、軌道の捻じれ。
通常なら防御不能──だが、俺の世界では既に終わっている。
「……見えた」
斧を構え直す。
フェンリルが振り下ろす前に、俺の刃は奴の上段ガードを弾き飛ばしていた。
赤熱のエッジが首元を掠め、装甲を袈裟に裂く。
ゴギン、と内部構造が悲鳴を上げる。
頭部がずるりと傾き、火花が走った。
『フェンリルが……やられた!?』
『首が──首が飛んだぞ!』
『ジャンクに、二機が同時に……』
会場全体が理解を失い、騒然となる。
だが俺の中は静かだった。
数秒先を視て、そこに刃を置くだけの作業。
ラーラの声が割り込んだ。
「バッキー! ゼロ・ファイトはもう限界! 燃料ゲージが三割も溶けてる!」
計器にちらりと視線を落とす。E・ヒューエル残量がゴッソリ削れていた。
──そうだ。これは命を削る戦い。何度も使える技じゃない。
それでも、俺は笑っていた。
「いいじゃねえか。俺の姿を見た時、お前はもう──死んでるんだからよ」
フェンリルのパイロットに届いたかは分からない。
だが刃が吠えた瞬間、答えは刻まれる。
赤熱の斧を振り抜いた余波で、フェンリルの頭部が火花を散らしながら傾ぐ。
その残骸を見下ろしながら、俺は呼吸すら忘れていた。
──いや、違う。呼吸はまだある。ただ時間が“俺の都合”で流れているだけだ。
ゼロ・ファイト。未来を覗き込むこの感覚。
数秒先に待つ結果を、俺はもう知っている。
敵は理解する前に倒れ、観客は何が起きたか理解できない。
それが、この力の美学だ。
「防御を捨てた? 違ぇな」
斧を肩に担ぎ、呟く。
「未来を先に奪っただけだ」
観客の声が重なる。
『動きが見えない!』
『ジャンクがワープした!?』
『いや違う、予知だ! あれは数秒先を読んでる!』
言葉が拡散し、SNSホロのコメント欄が爆発する。
【#時間停止?】
【#違う未来視】
【#燃料ゲージ真っ赤】
【#ジャンク無双】
トレンド欄には【#未来視】が点滅し、歓声と悲鳴がごちゃまぜになって会場全体が熱に浮かされていた。
だが敵はまだ終わっていない。
タイタン-Xが吠え、損傷した右肩から火花を散らしながら突進する。
失った腕を補うように、左腕のシールドで突きかかってきた。
「無茶しやがって……!」ラーラが叫ぶ。
「バッキー、ゼロ・ファイトを維持したまま受け止めたら──機体がもたない!」
俺は鼻で笑った。
「当たらなきゃ、壊れねえ」
左脚を沈め、踏み込み。
敵がシールドを構えた瞬間、その未来を俺は先に見ていた。
斧を下段に構え、シールドの縁を斜めに叩き割る。
ズガァン、と衝撃が走り、タイタンの左腕が半ばから折れた。
装甲片が宙を舞い、鉄骨のように床へ突き刺さる。
『タイタンも左腕損傷! これで両腕を──!』
『信じられねえ、二機同時に……!』
観客の熱狂が最高潮に達する。
だが俺の中では冷えた炎が燃えていた。
燃料ゲージはさらに目減りし、ラーラの警告音が絶え間なく鳴っている。
「バッキー、残り燃料は……もう二割切ってる!」
「上等だ。死に場所はここで決める」
獣のような笑みを浮かべ、俺は再び斧を構える。
ゼロ・ファイト──命を削る未来視の剣舞は、まだ終わらない。
ゼロ・ファイトの熱に焼かれながら、俺はなお前へ踏み込む。
視界はノイズで揺れ、計器の数字が滲んで読めない。
けれど未来は鮮明だ。数秒後の姿勢、斬撃の軌道、倒れ伏す残骸──それらが既に見えている。
「バッキー! 本当にこれ以上はやばい!」
ラーラの声が耳を突き抜ける。
「ゼロ・ファイトは燃料も神経も食い潰すんだよ!」
「分かってる。……だから、一撃で終わらせる」
俺は斧を振りかぶった。
その瞬間、タイタンが残った巨体で突進する。
全重量を叩きつける鉄塊。まともに受ければ粉砕だ。
だが未来はもう見えている。
踏み込みの直後に、左脚の油圧が破裂し、軸がぶれる。
そこへ俺の斧が落ちる──そう決まっている。
「俺の姿を見た時、お前はもう終わってる」
ブレイカーエッジが赤熱し、振り下ろされた。
斬撃の軌道に沿ってスパークが奔り、タイタンの頭部ユニットが一閃で断たれる。
巨体が一拍遅れて膝をつき、観客席が悲鳴のような歓声に包まれた。
『タイタン、沈黙──!』
『嘘だろ、両機落とされた!?』
『L級で、企業専属機が……!』
ざわめきが波紋のように広がり、観客の誰もが息を呑んでいる。
俺は斧を構えたまま、肩で荒く息をついた。
視界はノイズだらけ、燃料ゲージは赤点滅。
ゼロ・ファイトの代償が全身を焼いていた。
「……仕上げろ、ラーラ」
俺は右手の親指を立てる。
その合図に、ラーラが笑みを浮かべた。
「ほんっと勝手なんだから……でも信頼されたら、応えるしかないでしょ!」
ドールが跳躍する。
腰のホルダーから小剣を抜き、アタッチメントを装着。
《ブレイカースパイク》。装甲を貫く最後の鍵。
旋回。巨体がゆっくりと首を振るが遅い。
スパイクが突き立ち、排熱スリットを抉った。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、爆発音がアリーナを揺らした。
火花と白煙が吹き上がり、タイタンの巨体が前のめりに崩れる。
バトルアリーナに再び沈黙が訪れた。
アリーナ全域に、嵐のような歓声が押し寄せた。
『……勝った! ジャンクが勝ったぞ!』
『信じられねぇ、企業機を叩き落とした!』
『倍率七倍の大穴だ、配当が跳ね上がる!』
怒号と喝采が渦巻き、誰もが立ち上がり拳を突き上げる。
スクリーンには《勝者:ジャンク・ボーイ》の文字が赤々と点滅し、BTメーターが跳ね上がっていった。
俺はコックピットの中で荒い息をつきながら、震える指を握りしめる。
ゼロ・ファイトの余波で全身が痺れ、神経が焼けるように痛む。視界の端ではまだノイズが揺らぎ、手足の感覚は半分死んでいた。
……戻ってこれたのは、ただの偶然かもしれない。次は、帰還できない。
それでも、その痛みこそ“生き残った証”だった。
「バッキー!」
ラーラの声がヘッドセットに弾む。
「生きてる……本当に勝っちゃった!」
その声音は興奮と安堵と、少しの涙が混ざった響きだった。
俺は笑い、わざと軽口を叩いた。
「爆散すんのは俺が死んでからだろ。問題ねぇ」
その言葉に、ラーラも鼻で笑う。
「……ほんと、あんたは無茶苦茶」
だがその裏で、別の声が冷ややかに飛んでいた。
「──計画外だ。フェンリルとタイタンが落ちただと?」
アリーナ管制の上階、ガラス越しに試合を監視していたマグナクラフト幹部たちが顔を歪める。
「ノバの異端技術……いや、バッキー、ラーラ・クラフト。奴を野放しにすれば、うちの戦略モデルが狂う」
「データは取れた。ならば次は……」
短い沈黙ののち、冷徹な一言が告げられる。
「──抹殺対象に切り替えろ」
その瞬間、暗がりで煌めく複数のモニターが点灯する。
裏のワークスチームが動き出す合図だった。
俺はそんな陰謀を知らず、機体をピットに戻す。
整備士たちが群がり、焦げた装甲を確認しながら悲鳴を上げている。
だがラーラは静かに機体を見上げ、ぽつりと呟いた。
「ねえ、バッキー。ゼロ・ファイト……あれは本当に“切り札”だよ」
「……ああ。だが代償もでかい。燃料を三割持ってかれた」
「燃料だけじゃない。神経まで削ってる。……一歩間違えれば戻ってこなかった」
ラーラの目が真剣になる。
その視線を正面から受け止め、俺は短く答えた。
「それでも……必要なら、またやる。勝つためにな」
その言葉に、ラーラは小さく笑って肩をすくめた。
「やっぱり、あんたは壊し屋じゃなくて……死神だわ」
観客席の歓声はまだ続いている。
だがその熱狂の陰で、次の嵐が迫っていることを、俺たちはまだ知らなかった。
──ジャイルは戦場だ。勝てば生き延びる。だが勝ち続ければ、必ず“狙われる”。
俺たちの背後には、すでに次なる刺客の影が忍び寄っていた。
アリーナの喧騒の裏。観客席から少し離れたモニタールームで、二人の男が試合の映像を凝視していた。
堀越技一郎は腕を組み、モニターに映るジャンク機の残骸と勝者表示を見て呟く。
「……やはり、紙装甲などではない。軽さは犠牲ではなく、速度という刃を得るための選択肢だ。
そして――いずれは全装甲をEシールドに置き換える。必要な時だけ点火すれば、防御と機動を両立できる」
隣のマーロンがニヤリと笑い、端末を叩いた。
「その為には、ネットワーク化した戦術システムと、AIによる予測シールド制御が必要だな。無駄な燃料は戦場にはない」
「そうだ。だからこそ今日の戦闘ログが貴重なんだ。未来視に近い動きを、AIにどう翻訳するか……それがNEX開発再起動の鍵になる」
その時、モニタールームの扉が開いた。
背広姿の男が現れる。ノバ・インダストリー現行NEX開発責任者、レナード主任だ。
「……面白いものを見せてもらったよ。だが君たちも知っているだろう? 保守派の連中は“紙装甲の戯言”に耳を貸さない」
レナードは肩を竦め、冷笑を浮かべた。
「私が“窓際”に回された理由もそれだ。だが──このログなら奴らを黙らせられるかもしれん」
堀越は軽く顎を引く。
「ええ、十分に。これなら保守派の連中を説得できるでしょう。NEX開発は再起動できるはずです」
レナードは目を細め、わずかに笑んだ。
「ならば準備を進めよう。マーロン君、君の“ネクサス・セミコンダクター”にも応援を頼まねばな」
マーロンは肩をすくめて笑う。
「了解した。現場の技術屋は戦場で鍛えられる……Nコンの名に懸けて、応えるさ」
三人の視線の先で、歓声に酔う観客が渦を巻く。
だが裏ではすでに、企業同士の開発戦争が動き出していた。
つづく
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