万物の至高或いは行き着く果て
腕が斬り落とされる。
痛みと大量の血が撒き散らされる感覚がする。
足先から腰に向かって貫かれる。
痛みと体の内側に異物が入り込む感覚がする。
心臓を抉り出される。
痛みがあり全身が冷たくなり力が入らなくなる。
腹を裂かれて臓物を引き摺り出される。
痛みがあり意識がズレるような感覚がする。
全身に強い力が叩き付けられる。
痛みと嫌な感覚が冷や汗と共に湧き出る。
皮膚を引き剥がされる。
痛みと血が流れ落ちていく感覚がする。
多くの痛みと忌避すべき感覚が全身を駆け巡り続けていく。膝を屈し、声を上げて、プライドも何もかもを捨てて這いつくばってでもこの場所から目の前の芸術家から逃げたいと思うのだろうな。
普通であればだが。
生憎俺は普通じゃない、普通の人間じゃない。だから久しぶりの痛みと出血と傷の苦しみが全身を駆け巡る感覚は嫌になるが、それでも死にたいと思うことはないし逃げたいと思ったりもしない。それにこの場から逃げ出したとして、起きるのは芸術家が燃え尽きるまでの間に引き起こされる想像も付かない虐殺だろうしな。
そもそも逃げる手段が無いというのは置いといて。
「………やはり、この程度では至れませんか」
「なんだ、もう品切れか?」
「否定したいところですが、この我楽多以下の肉体ではこれ以上となると言葉を交わす余裕も無くなってしまいそうですから……品切れと言っても良いでしょう」
「そうか。じゃあ、さっさと死に果てろ」
「お断りさせていただきます。それに、切り詰めれば手段はありますので」
まぁ、だろうな。本当に品切れだったら万々歳だったんだが、その程度ならあの時も最大の警戒と準備をしなかっただろうしな。
「ですので、私の見た至高をお伝えしたいと思いましてね」
「あ?」
「えぇ、えぇ。本来であれば辿り着いた先で理解して欲しいのですが、きっとそこに辿り着けた場合貴方様は理解が出来ないでしょうから」
「理解したいとも思わんが?」
「そうでしょうね。ですが、きっとこの至高は、凡夫の私が見出した最高の領域は何を持ってそう思えるのか貴方様であれば理解していただけるはずなのです」
……何だ?
………何を見た?
…………お前は一体、何を見出した?
***************
「あの奇跡に満ちた運命の日にも語りましたように、私はどこまでいこうと凡夫でありました。数多の研鑽を積み、数多の経験を紡ぎ、数多の失敗と成功を重ねても父のような優れた商人となることは叶わず、母のように愛される演者となることも叶いませんでした。私は寄せられた期待と願望に応えられませんでした」
……あぁ、憶えている。
よくあることだ。親が優れているから、兄弟姉妹が優れているから、そいつも優れているのだという色眼鏡を通してそいつを見る。そうしてその色眼鏡に適した結果を出せなくて身勝手に失望される。
………本当によくあることだ。実例を、その果てを幾つも見た。
「その先で私は人に芸術性を見い出しました。人の営み、人の肉体、人の中身、人の違いそれら全てに芸術性を見い出し、凡夫に過ぎないこの私でも出来る限りの作品を手掛けて私の見た輝ける芸術を少しでも広げようとしました」
…………理解出来ない、ことはない。
追い詰められた人間が見つける道は自死か極まるかで、こいつは間違いなく極まった側の道を見つけたんだろう。あぁ、特別変なことじゃない、そうなった狂人も廃人も見て止めて終わらせて来たしな。
まぁ、こいつの思考が狂気じゃなくて正常だというのを前提にあるから、異常以外の何者でもないし同じ分類に属させられないがな。
「そうして三百六十二万と四百十七の人間、一億三千九百五十万と六千三百二十二の動物たちを使って私は私の見た輝かしい芸術を生み出し、世界へと広げようとして、あの奇跡に満ちた運命の日を皮切りに迎えたあの瞬間に貴方様たちの手で全てを止められることとなりました」
……あぁ、そうだ。
今となっては殆ど薄れていて碌に憶えちゃいないが、芸術家を筆頭にした魔王を殺すまでの旅路で止めて殺してきた連中は前世の記憶の中にあるゲームにも登場していた連中だ。メインストーリーには関わらないサブクエストで、ちょっとした経験値とちょっとしたアイテムが貰える程度のな。
それでも止めに動くようにしたのは、一番最初に出会った奴が放置しておいたら碌なことにならないのが分かったからだ。分かったから色々と遠回りさせたり、我が儘を言うような形でこいつを筆頭にした連中を殺して回った。
実際、その判断は正解だったと断言出来る。こいつらを生かしておいた場合、邪神も全部無事に殺せたとしても人間社会が人間社会のままとは言えなかっただろうしな。言うなればポストアポカリプス、滅びを免れる事の出来なかった人間社会とでも言うべき社会にでもなってただろうな。
「そうして私は死に、魂を砕かれ、消えゆく瞬間にあらゆる生と死は何もかもが不平等であると実感しながら……私は見えました、至高の果てを」
「……一応聞いてやる、何を見た?」
「ありがとうございます。えぇ、えぇ、私は死に消えゆくその中で見ました、見出しました。万物の至高にして最後の最後に行きつく果てというものを」
「……」
「死を迎えてその先で魂を砕かれる。それによって私は輪廻の渦の中に放り込まれることも、罪過の洞で無限の苦しみを味わうことも、灰の虚構で何を為すことも出来ないまま崩れるその時を待つこともなく、生も死も外れた先へと落ちました」
「苦しくなかったと言えば何もかもが嘘になります。結局何も成せない凡夫のままだったというのに後悔の念を抱いたのも確かな事実です。ですが落ちたその先で消えゆく短いようで長く、長いようで短いその時間の中で死と生を見据えました」
「結局は何もかも不平等であり恵まれるのか否かというのは最初から決まっている、凡夫ではその運命を覆すことなど到底出来やしない。そうした不変の事実を理解した上で私は貴方のことをその不平等な生と死に当て嵌めました」
「きっと貴方も不平等に苦しめられた側なのだろうと。不平等であるというのを理解している側なのだろうと。けれどそれでも貴方は不平等に屈することもなく、不平等を覆すこともなく、不平等を不平等のまま受け入れ立ち上がり前を向いていました」
「これ以上に無い憧れの念を、そしてもっと早くに出会いたかったという悔しさを存在しない胸の中に抱いて………そして、私は私の目指すべきである最高であり至高を貴方に見出しました」
…………あぁ、そういうことか。
クソが、嫌になるが分からなくはない。どうしてそう考えたのかも、どうして見出したのかも、これから何を言い出して何をするのかも分かる。
心底嫌だし分かりたくなかったがな。
「分かっていただけだようですね?」
「……分かりたくなかったがな」
「貴方ならば分かってくれると思っていました。誰よりも優しく暖かい、切って捨てるために命懸けで向き合おうとする貴方だからこそ、必ず私の見出したものを語ることもなく理解してくれると思いました」
「…………」
「では理解されているようですが、改めて語りましょう。私の至高を! 私の最高を!! 私のこの全てを捧げてでも完成させたい作品はっ!!」
「貴方様の確たる死ですっっ!!! 死なずである貴方様を! 死を体感しながらもそれでも死を拒絶しない貴方様であるからこそ!! この世界の、いえあらゆる世界の誰よりも死を理解し! 死を冒涜する貴方様の死こそが!! 死した貴方様こそがッッ!!! あらゆる芸術の頂点に座す至高の領域へと至るのですッッ!!!」
………やはりそうか。
まぁそうだわな。死んだ先を見たのならそう思うだろうよ、その結果として俺の死が芸術の頂点に座す至高の領域になるって考えは分からねぇけどな。
取り敢えずここが現実で俺たちは今意識体じゃないってのが分かっただけ儲け物だな。こいつにとっちゃ俺を完全に殺したい訳だし、間違いなくこの痛みを訴えかけて来ている肉体は現実の物だっていうことだろうしな。
じゃあ、どうやって勝つとするか。
生涯排除のために俺を殺そうとする奴との戦闘経験はあるんだが、俺個人だけを殺すためという奴との経験は殆どねぇんだよな。
どうすればいいのかね? 聖騎士当たりの救援が来れば最高なんだけどな、まぁ役職持ちで忙しいだろうし期待はするだけ無駄か。
………まぁ、十数年程度なら耐えれるだろうし気長に燃え尽きるのを待つか。俺狙いなら他に被害が及ぶこともないだろうしな。
「では、参ります。申し訳ございません、これよりこの身は言葉を発することが叶いませんので」
「黙ってくれた方が、俺としては助かるからさっさとしてくれ」
「相変わらず手厳しい……
……まぁ、これくらいなら問題ねぇな。
***************
※特別意訳※
『貴方は私にとっても特別だから、誰かに奪われる前に私にとっての特別のまま貴方を殺して私も死ぬわ』
実質愛の告白だな。
ちなみにこれでも作中キャラじゃ愛の深さTierは中くらいだったり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます