女王の廃絶、王の生誕
会えないと思っていたからこそ、会えた時は嬉しかった。
恋や愛なんて言えないただの依存なのに、それを受け止めてくれることにただ甘えてずっとそのままというのを望んでいた。
少し離れて冷静になったところで、出迎えてくれたことに嬉しくなってまた頭を湧き立たせて飛びついて依存心を表に出した。
腕の中で守られて、あの日の光景が頭を埋め尽くした。
抱き抱えられて離れていくのに、あの日と何処までも重なった。
苦しそうな、辛そうな顔をしながら、それでも不敵に笑って立ち向かっていく姿にあの日の後悔と絶望が引き摺り出された。
結局、私は、犠牲にした。
何の責任も果たせないまま、あの人に押し付けた。
女王としての責務を果たそうとしないで、また逃げた。
私は、多分、あの日死ぬべきだった。
『命を懸けるっていうのは傍から見たら最低の自己満足なんだよ』
でも、
『でもな、やってる側からすると最高の自己満足なんだぜ』
それでも、
『何でって? そりゃ、誰かのために生きているって実感出来るからさ』
死ぬべき私が生きてるなら、
『あぁしておけばよかった、こうするべきだった、なんて後から思わなくて済む』
私の命が続いているなら、
『だから命を懸けるんだよ。明日に後悔を持っていかないようにするためにな』
私は最低で、最高の自己満足をする。
お姫様だとか、女王だとかどうでもいい。私は今日、この瞬間に、この命を燃やし尽くしてでも、あの人のためにこの命を使い潰す。
この胸を焼く感情はきっと恋なのかもしれないし、愛なのかもしれないし、憧れなのかもしれない。どれでもない、ただ自己満足をすることで満たされていってるだけなのかもしれない。
でも、きっと、成し遂げたその先で私は実感出来る。
生きているって。
自分の足で進んだって。
「ルゥゥァァァアアアアア!!!!!!!」
心の奥底から吠える。多分、初めて大声を出した。
視界がはっきりとしていく、指先の爪が鋭さを磨き上げていく、口の中の牙がその存在感を高めていく、全身が作り変えられるように大きくなっていく。
頭の中で湧き上がる女王だ、率いる者だ、前に出るななんていう衝動を、全部踏み潰して吐き捨てて、私は私を作り上げていく。
「ルゥゥァァアアアアアアアッッ!!!!!」
全身に生じた変化を実感しながら大きく吠える。
背中に掛かる銀の髪の毛を掴んで、爪で出鱈目に斬り落としながら、あの日を再演するかのように表れた羽根つきのトカゲを大きく睨んで構える。
戦い方なんて知らない、力の使い方なんて知らない。どっちも必要ない、私がしたいのは戦えないのに最前線で対峙しているあの人を助ける事。助けて、そのまま捕まえて何処か遠くに、誰の目にも止まらない場所に連れて行くこと。
「ッッッッッッ!!!!!!!!!!!」
三度目の吠え声は声にならなかった。
でもそれで満足だった、羽根つきのトカゲの目が一瞬私の方を見たから。私のことをあのトカゲが認識したのを実感出来たから。
だから、あとは自己満足を何処までも貫き通すだけだった。
奥底から湧き上がる力を出鱈目に引き出して、あの人に向けて振り下ろされるトカゲの爪に向けて全身を突き動かして、そのまま蹴り飛ばす。
「お待たせ、お兄ちゃん」
***************
心臓が湧き上がる。
魂が煮え立つ。
頭の中を埋め尽くしていく。
「ォォォォォ」
肉体が変化していく。
人の姿を捨てて、何処までも野蛮で純粋な獣へと。
全身を元の白に似た色から、暗闇のように先が見えない黒へと変化した体毛が覆い隠すようにしながら現れて、シルエットを人から獣へと変えていく。
「ォォォォォォ」
想像するのは殺戮を為す獣。あらゆる障害を排除し、あらゆる敵を殺し尽くし、ただ一人に報いるためにその命の全てを燃やし尽くす獣。
この一瞬で燃え尽きてもいい、この一瞬で死に絶えたとしてもいい。必要なのは、今この瞬間に必要なのは敵を殺すためだけの力。
心臓を焼べる、魂を焼べる、理性を焼べる、本能を焼べる、情を焼べる、愛を焼べる、殺意を焼べる、憎悪を焼べる、何もかもを焼べる。
この一瞬で、敵を殺すという目的を成し遂げるために、全てを捧げる。
「ォォォォォォ」
吐息が白く染まり、空気が揺れていく。
成長した爪が地面を抉るように食い込み、変質した顎が獲物を求めて揺れる。
落ちた耳に変わる新たな耳が敵の存在を見つけ、腰を突き破って生えて来た二つの尾が立ち上がり幕開けを急かす。
全身の筋肉が破壊と再生を繰り返しながら、想像したその先にある敵を殺し尽くすための絶対へと変容を重ねていく。
「アァ、ハァ」
飢えが理性を蝕む。
殺意が本能を侵す。
怒りが心を埋める。
敬愛が魂を焦がす。
目を見開いて真っ先に人間が視界の中に映る。俺はこの人間のためにこの命を燃やし尽くすのだと、胸に抱いた欲望がまだ消えていないことを実感する。
目を動かして人間と対峙している敵を映す。俺が殺すべき相手はこいつなのだと、例えこの肉体が死に絶えようとも殺さなければならない相手だと理解する。
「ォォオオオオオオッッッッ!!!!!!!」
咆哮を掻き立てる。俺の存在を証明するために、俺という脅威を殺すべき敵に実感させるために、お前を殺す爪牙が此処にいるぞと示すために。
思うがまま喉を震わせて内に燃え上がる炎と共に、全身に力を入れて飛び上がり敵へと全身全霊で殺意を差し向ける。
俺を見ろ。見なければ殺す。見たとしても殺す。
お前の敵は俺だ、俺以外にはいない。
言葉などなく、殺意と敵意を持って示し、一切こちらを見ようともしない悪に怒りを湧き上がらせながら浮かび上がらせた全身に力を入れる。
何故この肉体が、心臓が、魂が莫大な熱を孕みながら炎へと転じているのか、何故この命を捧げてまで敵を殺そうとしているのか。
それらの意味も意義も分からないまま、ただ一つ視界に映る悪を殺さなければならないという意志に従って己の体に力を入れる。
「オオオオオオッッッッ!!!!!!!」
殺さなければならない悪の感知を麻痺らせるために咆哮を響かせて、入れた力によって肉体が壊れて血が吹き出るのを厭わず、全身を突き動かす。
目標地点は頭部。一切俺へと視線を向けないその眼へと目掛けて全身を動かし、両腕の爪を鋭く伸ばしながら飛び掛かる。
何のために戦うのか、その理由を欠片として分からないまま。自らの何もかもを分からない理由の何かへと捧げるために動かしていく。
きっとそこに意味も意義も理由も無かった。
俺は最初から全力で戦って死にたかっただけだ。
思い浮かばない理由にそうして結論付けて、何の憂いもなく湧き上がる何かと共に自らの何もかもを燃やしながら振りかぶる。
「シ…ネ……ッ!!!」
それはもう、燃え尽き始めていた。
魔の手を掴んだきっかけを思い起こすこと出来ずに。
「対価は二つ、寿命の九割と記憶の燃焼。うんうん、凡百の人が現実を覆す王として生まれるにはこれが最低限だね。それじゃ契約の締結毎度あり、バイバイ。多分納得も満足も出来ないと思うけど……私達の手を取るってのはそういう物だからね」
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