滞在一日目
朝食を食べ終えて、用意された部屋のベッドに腰を下ろす。
メニューはシンプルな肉料理とスープ。サラダとかパンとかはこの村のある荒れ地という環境の関係上、用意は出来ないようなのでその二つだけだった。
ただ、食べていた感覚というか味というか、まぁそんな感じの物からして野菜とかで摂取しなければならない栄養的なものが、肉とスープの双方から摂取出来ている感覚があった。
まぁ、俺の肉体はこの世界基準でも変なのでそこが影響している可能性もあるから確信を持ってそうだとは言えないのだが。
「お兄ちゃん、美味しかったですか?」
「あぁ、美味かった。本当だぞ?」
「本当ですか?」
「あぁ、本当だ」
隣に座って、俺の腕を抱き抱えるハルの質問に正直な感想を返す。
本当に美味かった。この類で誤魔化しが効かないのは知っているから、五感の類は喪失しないように気を付けているからな。
美味いと感じることが出来る味覚も、そう判断するだけの思考も本物だ。
「じゃあ、お兄ちゃん今日は何をしましょうか?」
「何でも良いぞ。特別したいことというのは、思い浮かばないしな」
「……じゃあ、聞かせてください!」
「……何をだ?」
「お兄ちゃんが見てきた物をです! 私は此処以外を知らないですし、今後知ることもないと思うから」
「あぁ……分かった、何から聞きたい?」
「じゃあ私とお兄ちゃんが出会う前の時のお話から」
「分かった。そうだな、俺の生まれはな」
「はい」
あんまり昔の話は憶えてないんだが……まぁ、適度に脚色しつつ適度に誤魔化しつつ話していくか。正直に話したら八割くらいが肉盾になってた時の話になるしな。
そんなことよりも、この世界の美しい部分の方が聞いてて楽しいだろ。
***************
そうして、ハルの要望に応える形で魔王討伐までの話をしていった。
まずは勇者の故郷に助けるまでの話。
生まれとか、成長とか、街の様子とかその辺りの話。話している感覚的に俺の関わっている内容の方が興味を持っていそうだったから、主体にするのは俺の関わった内容が主軸になるようにしながらな。
まぁ、殆ど憶えてなかったんだけどな。なにせこれまで必要が無かったからな。そんなことを憶えているよりかは、前世を通して見ていたこの世界の知識を掘り起こすことの方が優先順位が上だったからな。
だから結構な数の嘘を織り交ぜて話してる。というか真実の方が少ないな、憶えていないっていうのもあるけど……その記憶に関しては転生者が乗り移ったエルドゥアじゃない、純然にこの世界の人間だったエルドゥアの記憶だからな。
ちなみに、固有名詞は一切出してない。
俺の名前は当然として、この世界の俺の生家の名前、生まれ故郷の名前、家族や友人の名前、あと知ってる限りの固有名詞。
それから勇者の故郷へと助けに行って、それから役目を果たすために魔王を殺し切るまでの話。勇者とその仲間たちとの出会いと別れを主軸にした話。
勇者との出会い、聖女との出会い、賢者との出会い、聖騎士との出会い、それ以外の勇者の力になりたい守るべき人のために戦いたいという仲間との出会い、そして色々な別れの話。
紛れもない積み上げてきた出会いと別れの物語。その本質の全てを話すということは到底出来る訳がないけど、その中で見てきた俺が美しいと感じたものを話した。
年若い勇者と聖女が戦いに身を投じることを良しとしなかった老騎士。その別れ、自身の後輩になる聖騎士に装備と意思を託して、俺たちに強襲を仕掛けてきた魔族の軍勢を道連れにした英傑。
聖女を守るために聖都から駆け付けた神父。その別れ、信じる者こそが救われるという最も純粋な信仰の在り方というのを示して、信仰に疑念を抱いて傍迷惑で大規模な無理心中を行おうとした男からその息子を守って潰えた聖者。
賢者の師で老いという生命輪廻から外れた魔女。その別れ、自らが衰えることに恐怖してそれを排斥するために生み出した不老の力を投げ捨て、何もかもを削ぎ落されながら何よりも醜く何よりも美しい姿で賢者に未来を運んだ才媛。
特別が無いまま立ち上がり力を手に入れた復讐者。その別れ、復讐心に染まって無理無茶無謀を突き通していた男が起こした最後、復讐を成就するよりも一人の死ねない人間の死を悼みその人間に迫る致命の一撃から庇った兵士。
古き時代の勇者と聖女が眠る大地。遺骨の一つ、残滓の一欠片として残っていなかったその場所で起きた奇跡、最も新しき聖女と勇者にその勇気と意思の持ち得る力を伝えた悲しくも美しい大地。
多くの命が奪われ続ける境界。戦場に誘われ、血に狂い、死を拒絶した一人の女が荒れ狂う嵐であり続けるその場所で、女が死を拒絶してまで縋った未練を終わらせるために生と死の境界で互いを曝け出し合った長い夜。
魔族の被害を受けた都市。魔族の襲撃を受けて多くの命を失い、数え切れない程の財を喪失したというのに、それでも明日にそのまた明日に希望はあるのだと立ち上がり今日を懸命に生きる人たちが集まった強い都市。
夢想と現実が偏在する虚空。誰もが役目を背負い、役目を果たすために歩みを進めていたその状況に齎された、自分の感情を自分の答えを逃げずに導き出すことを求められたその場所で、自分の意思で世界を救うと決めた仲間たち。
俺が見てきた美しい人々、美しい物の話。
半端な自分では作り上げられない美しい物語のような現実。
俺の、俺という個人の記憶以上に優先して刻み込んできた、何物にも代えがたい宝物のような光景たち。
それを、面白おかしく反応しながら聞いてくれるハルに話す。
聞かせて欲しいというから話しているだけではない、俺が誰かに伝えたい誰かに話したいという想いから話していく。
***************
「それで、それからはどうなったの?」
「魔王を倒して、はいおしまいじゃなかったな。知ってると思うが邪神を名乗るよく分からない存在が目覚めて、世界は再び滅びの危機に陥った」
「それから?」
「俺たちは全員が別々の場所に飛ばされて、俺はヴァンが魔物に殺されそうになってる現場に飛ばされたから守って、後はまぁ邪神を倒すことが出来るその日まで転々として邪神が倒せて、今日に至るって感じだ」
「じゃあ、その悪い神様を倒すまでの道中はどうだったの? 同じように綺麗な物は見たの?」
「あぁ、見た」
記憶を掘り起こしていく。
まだ摩耗し始めていない新しい記憶の中から、俺が美しいと感じた記憶を掘り起こして話せるように中身を脚色していく。
正直に話しても問題はないと思うが、個人的な感情として正直にそのまま話すというのは、本当に何となく止めておきたい。
「本当に色々と見た」
長く続いた因習を捨てて、若人のために老人たちが執着し続けていた大樹に火を点けて、大罪人の誹りを受けながらも多くの命を救うために自らの命を最後の一瞬まで薪に焼べ続けたエルフの長老。
その姿は臆病風に吹かれて足を止めていたエルフたちを突き動かし、彼らを殲滅しようと襲撃をしかけていた邪神の眷属に立ち向かう勇気を励起させた。
名誉も矜持も仁義も失ったというのに、堕ちる所まで堕ち切れなかった半端者たちが、その失った物の数々を再び炎と共に燃え上がらせて半端者のまま誰かの命を救うという偉業を為した山賊たち。
幾つもの敵意を向けられながらも、自らの中に燃え上がった炎が消え去るその瞬間まで対価を求めない命懸けの献身を誰もが突き貫いた。
明確な誰かを埋葬するためではなく、明確に誰が正義で誰が悪なのかというのを定めることもなく、ただ世界を巡る戦いの中で失われた全ての命の安らかな眠りを祈るために十字架を誰もいない教会で作り続ける修道女。
病によってその命の火が消えかけながらも、最後の瞬間まで失われた全ての命のために十字架を作り続け、祈りを捧げながらその火を燃やし続けた。
祈り続けるだけの信仰を捨て去り、その何も為せていない手で苦しむ誰かの手を掴むために立ち上がり、何一つとして問わずにその手を伸ばして掴める全ての手を掴んで一時の安らぎを与え続けた破戒僧。
一時の安らぎしか与えられないと理解しながらも、最後の一瞬に至るまでその手を伸ばして手を掴んだその姿に、後を継ぐために立ち上がる者たちがいた。
逆らうことが出来ない絶対に優先しなければならない命令を受け、それでも救える命を見捨てられずに命令に反する行動を取り、自己の崩壊を引き起こしかけながらもその力を使って救済を成し遂げた天使。
自業自得な馬鹿の自業自得な過去と現在と未来を知りながらも、命を救うのが自らの役目だと振り払われた手を何度も差し出し捕まえてきた善人。
「……美しかったさ。零れ行く命の輝きが美しいとは到底思いたくない、だがそれでも自らの意思で決めたことを貫き通し続けた彼らは美しかった」
昼食の時間を迎えたことも、過ぎたことも忘れながら、俺は自分自身に忘れないように刻み込むように、ハルへと彼らのことを話していく。
暖かい思い出と共に、楽しい馬鹿話と共に、命を燃やし尽くすその瞬間まで歩みを止めようとしなかった彼らの話をしていく。
生涯の仲間だった勇者たちも知らない、俺だけの記憶に刻み込まれた彼らの話を。
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