11-4 君が託した事

 re:十二月二十三日


 ───朝の教室


「美月おはよー。今日もめっちゃ寒いね。イオリ君は一緒じゃないの?」

 カレンが探るような笑みを浮かべて、机にカバンを置く。


「だから、そんなんじゃないってば」

 慌てて否定したけれど、耳まで熱くなっているのが自分でも分かった。


 けれど隣の席──そこにいるはずの彼は、今日は来なかった。黒板を走るチョークの音を聞きながら、私は机の端を強く握りしめる。

(イオリ君はもう、二度と来ない……)

 そう思っただけで、胸がぎゅっと縮み、息が詰まった。


 ユウヤが椅子をがたんと鳴らし、私に声をかける。

「イッチー、体調悪いのかな? 白波は何か知ってる?」

「……ごめん、私も分からない」

「そっかー。じゃ、俺が連絡してみる!」


 明るい声が胸に刺さる。本当は知っている。──彼はもう学校には来ない。きっと今頃、震源の調査をしているはずだから。



 ───昼休み 屋上


 授業なんて耳に入らなかった。時計の針ばかりがやけに遅く感じて、私は屋上へ向かった。


 冷たい風に吹かれながら街を見下ろした瞬間、頬を熱いものが伝った。

非常食を食べてる横顔、一緒に帰った時にいつも私に合わせてくれた歩幅、ふとした時に少し緩む口元、そして温かい大きな手。

 だめだって分かっているのに……涙は止まらない。

(イオリ君……いなくならないで……)


 背後から声がして振り返ると、カレンとヒナが立っていた。

「美月? なんで泣いてるの?」

 慌てて目を拭き、笑顔を作る。

「ううん、大丈夫。ちょっと風が冷たかっただけ」


 それでも二人は心配そうに眉を寄せていた。やがて何も言わず背を向けたけれど──その後、ユウヤや春樹に「美月が泣いてた」と伝えたらしい。


 ───夕方


 放課後。弟と宿題を広げていると、スマホが震えた。グループLINEにイオリ君から長文のメッセージ。


『数学の夢をみた。どうしても解けなくて、しってたら教えてくれ。1√9×4√2vib+√37

 低い数字から高い数字に√が移動するらしいけど。わかる?そういえば√って波ににてるよね』


「なにこれー?笑」ユウヤがすぐ反応する。

「意味不明すぎでしょ!」とカレン。

 ヒナはスタンプを連打して「ふざけてんの?学校おいでよ!」と怒っていた。


 春樹だけがしばらく既読のまま沈黙していた。数分後、彼から個別チャットが届く。


『なぁ明日さ、みんなでモール行かない? 新しくイルミネーション始まったらしいし、屋上の展望もいいらしい。たまには集まろうぜ』


 ただの誘いのようで──私は胸の奥で別の意味を悟った。

(春樹君……分かったんだね)


 私はスマホを閉じ、弟に声をかけた。

「ねぇ、タケル明日はお母さんが帰ってきたら、三人で出かけよう。イルミネーション見に行こ?」

「ほんと!? やったー!」弟は飛び跳ねるように喜んだ。


 その夜、グループ通話がつながる。

「明日、夜絶対に集まろう」

 春樹の声は静かで、それでいて強かった。

「なにそれ、急に真面目じゃん!」とユウヤが笑い、カレンとヒナもからかう。

「ごめん、私は家族で出かける。でも、同じモールに行くと思う!」

 私は嘘をついた。本当は家族と出かけたあと、隙を見てイオリ君に会いに行くつもり。


 ──春樹君のこれは、ただの誘いじゃない。

(イオリ君……大丈夫。あなたの思いは、ちゃんと届いてるよ)


【美月の日記 12月23日】


 今日は一日中、心が落ち着かなかった。

 教室にイオリ君がいない。それだけで、こんなにも空気が重く感じるなんて。


 夕方に届いた暗号めいたメッセージ。意味なんて分からなくてもいい。彼が私たちを想って送ってくれた──それだけで涙が出そうになる。

 でも私はもう知っている。あれはただの言葉遊びじゃない。運命を変えるための、小さな手がかりなんだって。


 ……それでも怖い。

 震災が迫っていることも。そして同じくらい怖いのは──リフレインが終わったら、この記憶が全部消えてしまうこと。

……私だけの宝物が消えてしまう。


嫌だ……嫌だけど。


 もし彼が未来へ帰ってしまうなら、その手に残る最後の記憶になってほしい。


私が生きることで、あなたにまた会える。

私たちはつながっているから。


 そして、どうか私のことだけは忘れないでいて。明日、きっと会いに行きます。




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