2-3 花火と浴衣の君
九月六日──
静岡県牧之原市相良で開催される花火大会の情報は、前夜のグループLINEで突然共有された。
『明日、相良で花火大会あるらしいよ〜!』
最初にメッセージを送ってきたのは三好カレンだった。
『いいね、それ。みんなで行こうぜ』
すぐに高橋ユウヤが反応し、美月もスタンプで返す。
その直後、美月は思い立ったように個別トークを開いた。
『一之瀬くん、明日の花火大会……一緒に行かない?』
数秒後、イオリからの返信。
『了解。理解した』
その固い文面に、美月は思わず吹き出す。
『え、軍人かよっ! 普通に「いいよ」でいいのに〜!』
少し間を置いて、イオリからもう一通。
『……そうか。いいよ』
どこか不器用なやさしさが滲むその言葉に、美月の胸があたたかくなった。
スマホを胸元に抱え、彼女はそっと目を閉じる。
心臓の音が、ほんの少し弾んでいた。
午後五時半。牧之原駅前のロータリー。
集まったのは、美月、ユウヤ、カレン、ヒナ、そしてイオリの五人だった。
美月の浴衣は、落ち着いた藍色に白い桔梗模様。サイドに流した髪は母に結ってもらい、控えめな髪飾りが揺れる。
カレンは淡いピンクの浴衣に白い帯。長い髪をゆるく編み込み、夏の陽射しのような華やかさを放っていた。
「えっ、美月、それめっちゃ似合ってる!」
カレンが目を輝かせる。
「でしょ? お母さんにやってもらったんだ」
「いいなぁ〜。あたし、自分で帯結んだからちょっとぐちゃぐちゃでさ〜!」
カレンが笑いながら帯を整える仕草に、ユウヤがぼーっと見惚れていた。
それに気づいたイオリが、首をかしげてぽつり。
「……高橋、調子悪いのか?」
一瞬、場が静まる。
カレンがくすっと吹き出し、ユウヤは真っ赤になって慌てて手を振る。
「ち、違うって! 暑いだけだよ! ただ、それだけ!」
ヒナが鼻で小さく笑う。水色の浴衣に白い帯、足元はカジュアルな白いスニーカー。控えめながらも彼女らしい装いに、美月はちらりと視線を向けた。
イオリは白の開襟シャツにネイビーのパンツ。シンプルな私服だが、どこか品のある立ち振る舞いだった。
彼がふと美月のほうを見て、静かに言った。
「……その、浴衣、似合ってる」
「えっ……ありがと」
不意の言葉に、美月は目を見開き、頬が熱くなるのを感じた。
そのやり取りを横で見ていたカレンが、ニヤニヤしている。
人混みを避けながら、海辺の会場へ向かって歩き出す。
屋台の明かりが夕暮れに揺れ、焼きそばやりんご飴の香りが漂う。
人の声と波の音が混ざり合い、賑やかさと静けさが共存していた。
「一之瀬くん、かき氷いる?」
美月が屋台を指差すと、イオリは少し戸惑ったように頷く。
「……ああ。でも、どう食べるんだ?」
「はは、スプーンで食べるだけだよ」
美月が笑いながらスプーンを手渡すと、イオリはまるで初めて見るもののように慎重に掬い、口元へ運んだ。
(ほんとに……全部が初めてみたいな人だな)
その姿を眺めながら、美月の胸の奥がきゅっと締まる。
懐かしさと、ほのかな切なさが混じる。
少し離れたところで、カレンとヒナが屋台を物色していた。
「ヒナ、チョコバナナ食べすぎ!」
「うう、でも甘いの美味しくて……」
「そりゃ分かるけどさ。もう三本目ってヤバいよ?」
ヒナが水色の浴衣を揺らしながら口元を隠す姿に、美月は思わず吹き出した。
一方、ユウヤはイオリにスマホを差し出していた。
「ほらこれ、既読無視っぽくない? 俺の送ったスタンプ、うざかったかな……」
イオリは画面をじっと見つめ、数秒考え込む。
「……判断は難しい」
「だよねぇ〜……って、一之瀬、ちょっと冷たくね?」
ユウヤが軽くツッコミを入れると、イオリは困ったように眉を動かす。
「……そうか?」
それでも、彼は真剣にユウヤの話に耳を傾けていた。
やがて夜の帳が下り、第一発目の花火が空に咲いた。
「わあっ……!」
全員が一斉に歓声を上げる中、イオリは少し離れた場所で静かに空を見上げていた。
美月が自然とその隣に並ぶ。
「音が……すごく近い」
「うん。身体に響くよね」
イオリの横顔が、赤や青の花火の光に照らされる。
いつもより、ほんの少し柔らかい表情に見えた。
花火が一段落すると、カレンがスマホを取り出し、タイマーをセットする。
「はい、写真撮るよー! みんな集まって!」
「せーの、はいっ!」
パシャ。
画面には、美月のすぐ隣に立つイオリの、わずかに照れた笑顔が写っていた。
四人と別れた帰り道、イオリの脳内に声が響く。
《……脳内通信接続開始》
【警告:時空犯罪抑制法 第4条および第7条に抵触の恐れ】
【対象人物との過剰接触および通信インフラへの接続行為が確認されました】
無機質な警告音に、イオリは目を伏せる。
(……違反、か)
だが、すぐに続報。
【観察任務範囲内と認定】
【現時点での交流は限定的調査の一環と見做し、条件付きで継続許可】
イオリは小さく息を吐き、スマホ型擬似端末を開く。
『今日はありがとう。また一緒にどこか行こうね!』
美月からのメッセージ。
『こちらこそ。……楽しかった』
指先が送信ボタンを押す。
その直後、グループLINEにカレンから写真が届いた。
笑顔の美月に、イオリの目が留まる。
心の奥で、何かが静かに揺らいでいた。
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