第7話 王を苦悩させる美女
聖王歴427年秋の節80日。
雪が降る前に、雪解けを・・・。
ここで降ってしまえば、二度と解けぬ雪となるだろう。
エクセルスは、悩みに悩んでいた。
愛するエルヴィラに拒絶をされてから、100日近く。私に会いに来てくれないかと、ラブコールを送っても来ないので、ならば自分が離宮へと向かえば会ってくれるだろうと行動を起こしたのだが、それもメイドのみの対応をされてしまい、ならばと公務を与えれば、仕事が一緒にできると考えたエクセルスは、彼女を商会との話し合いの場に呼んだのだが、彼女は黒装束に黒いマスク、目元を隠す眼鏡を装備して、完全に話しかけてくるなと、自分を拒絶していた。その際に彼女は、商談相手とは話すので、余計に落ち込むことになる。
しかし、ここで諦めないのが王。
せっかく会えたので、その仕事終わりに勇気をもって話しかけたのだが、それでもエルヴィラは、自分を無視して帰っていった。
二度と話しかけてくるな!
とは言わないが、目だけで人を殺せるかもしれないくらいの目を眼鏡越しからでもしていたので、黙ったままとなった。
だからエクセルスはよほど怒らせてしまったのだと、反省をしていた。
しかし、何で、怒られたのかが分からないので、深く反省しようにも、エルヴィラに謝罪が出来ずにいたのだ。
下手に謝れば、火に油を注ぐだけ。
王は、そこだけは重々承知していた。
エルヴィラの性格をよく理解していたのだ。
そして、悩める王を心配するのは、家臣団と王妃。
公務の最中でも、王のため息が続くのだ。
だから、悪女のせいでこの国が停滞するのだと、家臣団たちが、エルヴィラに怒るのも仕方なかった。
◇
「ああ、エルがあれほど怒るとは。ここに嫁に来た時でもなかったのだ・・・いったい、どうすればいいんだろうか。どうやって機嫌を・・・」
エルヴィラの本心なんて、不本意ながらでこちらに来たのだと、容易に予想できる。なにせ彼女は、停戦条件の一つだった。彼女がこちらに輿入れになったことで、ブイエラ王国が停戦を勝ち取り、シクロン王国は妥協したのだ。彼女がいなければ、ブイエラ王国という名が、今のエルロス大陸の地図上から消滅していた。
「いや、これほど怒ったのは・・・あの時以来か」
王は、過去を思い出す事で、解決策を探っている。
聖王歴398年のデジャン平原の戦いから始まったとされるシクロン王国と三か国連盟の戦いは、ずっと戦ってきたわけじゃない。
一対三となる戦いは、402年まで。
403年にシャオ王国が離脱。
405年にドリアミ公国が離脱。
それぞれが、シクロン王国との停戦を結んだために離脱となった。
そして、408年で、ブイエラ王国との停戦が起こった。10年に渡る長き戦いを戦い抜いたシクロン王国は東の大国として、君臨することになる。
しかし、ここでの10年という長い戦いで、三か国あった国が一か国となっても、ブイエラ王国が戦えた理由が疑問となるだろう。
それは、公にはなっていないが、かの国の背後にあるディジュー王国とチャルロック王国が、隠れて支援したのではないかとの噂があるのだ。
ブイエラが消滅し、そこがシクロン王国の領土となると、ディジュー王国とチャルロック王国の二つの国が、東の大国と国境を接することになるために、それだけは何としてでも避けようと、二つの国が協力してブイエラを支援したと考えられる。これが、公になっていないので、あくまでもシクロン王国側の予想だ。
そして、その状態となるのなら、戦争を続けるのも得策じゃない。長引く戦争は、経済的にもよろしくないし、ドリアミとシャオの両国とは停戦なのだから、戦を再開させてもおかしくないのだ。
だから、エクセルスとしては、実のところ、停戦をしたい部分があり、その体のいい言い訳として、エルヴィラとの結婚の話を停戦の形に落とし込んでいた。
エクセルスはこのような計算を裏でしていたのだ。
しかし、美人と噂の彼女にゾッコンのフリをしておこうかと思ったのだが、ここで計算違いとなった。
献上されるエルヴィラが思った以上に……、いや、あまりにも美しすぎたために、色に溺れてしまったのである。
「411年・・・あの事件以来か・・・エルのあの怒り方は・・・」
聖王歴411年。
戦争から三年。シクロン王国内ではある噂が飛び交う。
勝利するはずだった戦を放棄した。それもただの結婚をしたいがために。
この噂話が、シクロン王国内で、その時の現状の不満となって噴出した。
なので、これでは、王家として体裁が取れないのだと、シクロン王国はブイエラ王国に、少し前から脅しをかけていた。それで、戦争再開もちらつかせながら、一つ良い手を思いついたのが、白狼騎士団長のカガミ・ホワイトだった。当時は騎士長である。
彼が進言した内容は、非常に厳しいものだった。
戦争犯罪人をこちらに引き渡せ。
戦争を起こした又は決戦に参加した者を、そちら側が重罪人と見なして、こちらに差し出せば許すとの話をしたのだ。
それで、ブイエラ王国は、戦争再開など出来ぬと判断して、シクロン王国に言われるがままに、すぐに戦争犯罪人を差し出した。
デジャン平原の戦いにも参加していたダルン・ラーゲンという大将軍とその一家。それにその戦争に参加していた彼らの取り巻きと、一万の兵士を送る事で、この大騒ぎとなる事態を収めたのである。
この出来事で、王としては、こちらに送られてきた人間たちをどのようにして扱うかに悩んだのだが、ここでもカガミが、ラーゲン一族の完全抹消を宣言して、一万の兵士を解放することにした。
ブイエラ王国側に話をつけて、悪いのは王を誑かして戦争を続けたラーゲン家であるとして、彼ら一族郎党を処刑したのだ。
それで、一万の兵はというと、ここで王都の貧民街に送られて、奴隷にもされずに底辺の生活を送る事になった。大国に負けるという事は、奴隷にもなれず、人にもなれず、虫けら以下になるのだと、他の国への脅しとしたのだ。
それで、この出来事に最も怒ったのが、エルヴィラであった。
当時、結婚して間もない彼女。
お腹に子がいても、怒りに満ちていたとの記録が残っていた。王が、体を労わるために、彼女の前に現れても、物を投げつけて出て行けとの記録も残っている。
なにせ、自分が輿入れをすることで、停戦したはずなのに。
ここまでの非道な行為が、なぜ出来るのか。
では何のために自分が敵国に来たのか。
自分の価値を馬鹿にされたと思ったのだ。
母国を捨てて、この国に入っても、心には故郷があるのは当たり前。
彼女の怒りは最もであり、その怒りを王も理解したくらいだ。
だから、当時の王は、必死に彼女に謝って、生まれてくる子にも謝ったのである。
それで許してもらえたという事態がある。
だからその時以来の・・・いや、その時以上の怒りを感じるのが、今回の出来事だ。
エルヴィラを母国の事態以上に激怒させる。
その要因が、なんなんだろうか。
「わからない。しかし、諦めるわけにはいかない」
王は、解決するための努力だけは怠らなかった。
愛するエルヴィラの為ならば、どんな事もするのである。
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