第3話 悪女伝説に1項追加

 二人の戦いが始まるのかと思いきや、ここで流れが変わる。

 二人の前に現れたのは、ハイスディンの後ろにいた人物だった。

 揺らめく黄金の髪が特徴的な男性が挨拶をする。


 「お初にお目にかかります。エルヴィラ様。ルドミラ様。失礼します」


 二人の前で跪き、まずは最初にルドミラの手の甲にキスをした。


 「あら、ありがとうございます」


 ルドミラは、見目麗しい男性からの挨拶に少しだけ頬を赤らめた。

 そして、次に手の甲にキスをされたエルヴィラの方は、手と手が触れあった瞬間に眉が動く。

 何かに気付いて、目線が彼の頭に移動する。


 「あなたはどなたです」


 挨拶の直後で、まだ男性が体を起こしている段階なのに、エルヴィラは淡々と聞いた。


 「私は、アルス・ロベルホーンです」

 「ロベルホーン」


 エルヴィラは、すぐさまハイスディンを見た。ギロリと睨んだ赤の瞳の中央に、ハイスディンを捉える。


 「側室殿! これは私の孫ですぞ」


 ハイスディンは、馬鹿にした言葉から紹介を続ける。


 「今度、将軍となるのでね。王様の寵妃にはお伝えしようかと思った次第」

 「将軍? この若さでですか」


 見た目で判断すると、二十代に見える。

 それで将軍とは、七光りに程がある。

 そんな言い方だった。


 「側室の分際で文句があるか?」


 孫を馬鹿にされたので、こちらもまた棘のある言い方だった。先程とは打って変わって、荒々しい。


 「いいえ。ありません・・・ただ」


 エルヴィラの目線が、一瞬アルスの手に向かった。


 「なんだ。言いたい事があるのではないか」

 「いえ。なにもございませんが、兵士としてお鍛えになっていないようなので、気になっただけです」

 

 彼女の視線がハイスディンに戻る。


 「まあいい。貴様の強情な態度も、ここまでだ。よそ者よ。今に、貴様は私の言う事も聞かねばならない」

 「ん? どういう意味・・」

 「それは・・・」


 二人の言葉が重なり合った時、会場の隅が慌ただしくなる。

 扉が開くと同時に、一段高い声が響く。


 「皆様。王様がこちらに来ます」

 「「「「!?!?!」」」」


 全員が驚きながらも、体を扉に向ける。

 全員の向きが揃うと、一度しまった扉が再び開いた。


 「ん? これは私に向いてしまったか。皆よ、今日は私が主役じゃないんだ。そんなに畏まらんでもいい」


 愛娘の誕生日を喜ぶ王は、第一声から機嫌よく入室してきた。その様子が皆も分かっているので、王へあえて挨拶をしなかった。この場合、挨拶を重ねてしまうと王の機嫌を損なう恐れがあるからだ。

 

 王が行く道の人間だけが頭を下げて、その他の者たちは普段通りにする。

 これで十分なもてなしとなっていた。あまり仰々しくすると、王はたちまち不機嫌となるだろう。

 

 王は目的地にたどり着く。主役に挨拶をする。


 「リューダ。おめでとう」

 「ありがとうございます。お父様」

 「うむ。お前からのお父様は、全身の疲れが取れるな! 万病に効くぞ」


 父の冗談に、ルドミラは笑顔で答えた。


 「はい。お父様」

 

 娘の返事に喜んでいると、近くの大将軍に気付いた。


 「うむ。お! ちょうど良いな。ハイスディンも来ていたか」

 「は。王」


 王は、敬礼したハイスディンを片手であしらう。


 「仰々しくするな」

 「申し訳ありません」


 めでたい場所であるから、畏まった形にしたくない。王様は、主役が娘であることに、こだわりを持っていた。


 「エル」

 「はい。王様」


 エルヴィラは、王様にエルと呼ばれていた。


 「リューダも15となっただろう」

 「そうでございます」

 

 エルヴィラが頭をやや下げて即答すると、ルドミラは内心。


 (誕生会を開く前は、知らなかったくせに・・・ぷん)


 少々怒っていた。


 「だから、婚約者を決めておいたぞ」

 「ん?」

 「ここにいるアルスに決めたのだ」

 「・・・え? 今、なんと?」


 宣言した王は勝手に喜んでいて。

 その言葉を聞いたハイスディンとアルスが微笑み。

 ルドミラは、宣言を聞いてからずっと戸惑う。

 

 現場の感情は正の感情が多かった。だが、ただ一人負の感情を持つ者がいた。

 そうエルヴィラだけが怒っていたのだ。

 珍しくも鉄の仮面に感情が乗っていく。


 「アルスとリューダの婚姻だ。これで、リューダも安泰となる。のちの大将軍の妻となればな。お前も安心するはずだ。エル」


 と言っている王は、二人の方に体を向けて、それぞれの肩を叩いていたから、肝心のエルヴィラには背中を向けていた。

 それが間違いだ。彼女を見るべきであった。


 「・・・・・」


 彼女が一呼吸で、返事をしない。

 睨みつける視線に気付いたのは、正面で見ていた娘だけだった。


 (お・・お母様?)


 「約束が違います。王」


 普段の冷淡な声よりも、もう一段冷たい。

 

 「ん?」


 王が振り向くと、鉄仮面の面が冷え切っていた。底知れぬ怒りを感じる。

 

 「お忘れで?」

 「・・・な、何の話だ」

 「そうですか。では、今日はお開きにします。リューダ。あなたの誕生会は終わります。金輪際この人に会うことを禁じます」


 エルヴィラは、アルスを指差した。


 「え? お、お母様!?」

 「いいから、こちらに来なさい。部屋に戻ります・・・ファラ! 後始末をお願いします」


 彼女専属のメイド長が、『畏まりました』と口パクで言って、頭を下げた。


 「え。だ、だって・・・まだ」

 

 エルヴィラが娘の手を引き、この場から動こうとすると、さすがに王も怒り出す。


 「待て。エル。何をしている。こんな祝い事で。勝手に戻るなどありえんだろう。まだ始まったばかり・・・」

 「はぁ?」


 キッと睨んだ目に恐怖を覚える。

 王国で歴代最強と謳われるエクセルスでも、戦場で感じた事がない目力だった。


 「王様、その通りですよ。ありえません」


 わざとらしく、優しい口調になった。


 「だったら終わらせるな!」

 「いいえ。終わらせます!」


 王の言葉の強さにも動じない。エルヴィラは、転調して怒りを出した。


 「約束を忘れるような王のそばにいたくありません。私としては、こちらの方がありえないのです。今後。私を寝所に呼ばないでいただきたい。そちらに行くことは二度とないでしょう。それでは、失礼致します。」 


 最後の棘のある言い方の中に怒りが混じる。

 どうやら王は彼女の逆鱗に触れたらしい。

 悪女の逆鱗にだ。


 この事件で、悪女伝説に一つお話が追加されたのだ。

 娘のめでたい誕生日を強引に終了させた。

 喜ばしい出来事を、一瞬で喜ばしくない事に変える天才。

 悪い母親の典型例。

 エルヴィラは、歳を取っても我儘だと、噂されることになる。

 元からある悪評が、更に上へと。

 悪評は極まっていくのだった。



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