第四話「栄養?カロリー?なにそれおいしいの」

「今日は、魚だな……山椒の香り、最高」


日向めぐるは、リコリスの弁当箱を開けた瞬間に、思わず呟いた。


白米の横に、銀色の焼き魚。

焦げ目のついた皮からは、微かに山椒が香る。

その下には、ポテトサラダとオクラの和え物が彩りを添えている。


「……うん。こういうの、絶対静香が好きそう」


静香――乾 静香。

大学で同じゼミの子で、いつも冷静で、弁当を食べる前に成分表を調べるタイプ。

「脂質」「タンパク質」「食物繊維」のバランスにだけは誰よりもうるさい。


ピンポン。


「……まさか」


ドアを開けると、静香がいた。


「ちょっとだけ見せて。今日の、リコリス」


「……見事だね」


静香は黙って弁当を眺め、そして言った。


「山椒焼きって、意外と脂質低めなのに、香りで満足感高いんだよ。優秀」


「え、そんなに?」


「それにこのポテトサラダ、たぶんマヨネーズを控えめにして、粒マスタードでコク出してる」


めぐるは思わず笑った。


「食べる前から、満足しちゃってるじゃん」


「確認してるだけ。これはたぶん、総カロリー560kcal前後だね」


「……そういうの、どこで覚えるの?」


「楽しいじゃん。数値で味を想像するの」


ふたりで並んでご飯を食べる。


山椒焼きは、予想以上にふっくらしていて、風味が上品。

ポテトサラダはほんのりピリッとしていて、脂っこさがない。


「オクラの和え物、これ……ごまドレと醤油だね。あとレモン少し?」


「うん、酸味が効いてる……」


「これなら副菜で食物繊維5g超えてる。優秀」


「静香、今ご飯じゃなくてデータ食べてない?」


「ごはんも食べてる。でも情報も、味の一部」


めぐるは笑った。

この子は、きっと一生こうなんだろうなと思った。


食後、静香がスマホを取り出す。


「“ごはん日誌”ってアプリに、リコリス登録しておいた。

 たぶん来週のメニュー、先に予測できる」


「弁当を、先読みすな」


「先読みするから、楽しみが倍になるの」


静香は、ごちそうさまのあと、まっすぐめぐるを見て言った。


「この弁当は、ちゃんと考えてる。

 誰かが“栄養も、美味しさも、両方届けたい”って作ってる。

 そういう弁当、珍しいよ」


めぐるは静かに、うなずいた。


「わたし、こういう人に囲まれて、リコリス食べてるの、

 たぶん、すごく幸せなんだなぁって思う」


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