学校の七不思議 ~オカルト研究部、夏の一夜の物語~

よし ひろし

序章

 夏の夜特有の、湿り気を帯びた生暖かい空気が校舎には満ちていた。窓から差し込む月明かりが、誰もいないはずの廊下をまだらに照らし出し、見慣れた学び舎の風景を不気味な異世界へと変貌させている。こすれる衣類の音だけが、やけに大きく響いていた。


「よし、全員いるな」


 低い声で言ったのは、私立狭山高校オカルト研究部部長、榊原莉奈さかきばら りなだ。長い黒髪をきっちりと後ろで束ね、その表情には最上級生であり、リーダーでもある責任感と、未知への探求心が浮かんでいる。

 私は副部長として、彼女の隣で静かに頷いた。私たちオカルト研究部員七名は、夏休みを利用したこの無謀な計画――『学校の七不思議・完全制覇』のために、深夜の校舎に忍び込んだのだ。


「うへぇ、やっぱ夜の学校って雰囲気あるな……」


 背の高い二年生の斎藤拓哉さいとう たくやが、おどけたように肩をすくめる。手にした一眼レフカメラのレンズだけが、月光を鈍く反射していた。ムードメーカーの彼がいると、不思議と場の緊張が和らぐ。


「斎藤先輩、怖がりなくせに。――大丈夫、何かあっても、あたしが守ってあげる!」


 そう言って胸を張るのは、小柄な一年生、山本香織やまもと かおりだ。ツインテールがぴょこんと揺れる様は、この不気味な状況には不似合いなほど愛らしい。


「データ上は問題ない。各怪異の出現時刻、場所、条件はすべてインプット済みだ」


 壁に寄りかかりながらタブレットを操作しているのは、黒縁眼鏡の鈴木健介すずき けんすけ。二年生で、オカルトマニアであり、この計画の頭脳だ。


 彼の隣では、スポーツマンらしくがっしりとした体格の三年生、水谷亮みずたに りょうが、


「まあ、何か出たら俺がぶん殴ってやるよ」


 と頼もしいんだか物騒なんだかわからないことを言って豪快に笑った。


 静寂を保っていたのは、もう一人の一年生、井原千尋いはら ちひろだ。文学少女といった風情の彼女は、黙って窓の外の闇を見つめている。だが、その瞳には恐怖ではなく、何かを確かめるような強い光が宿っていた。きっと彼女の鋭い直感は、この校舎に満ちる尋常でない気配をすでに感じ取っているのだろう。


 そして、私――副部長の、影山かげやま


 私はいつも傍観者だ。この仲間たちの中に、自分という存在が当たり前のように溶け込んではいるが、どこか薄い膜一枚を隔てた場所にいるような奇妙な感覚があり、静かに、ただ見つめているのが役柄だ。もちろん、必要なら、副部長として、部長を支え、この無謀だが魅力的な計画を成功に導く手助けをするつもりではいる。


「さて、みんな」


 莉奈が、懐中電灯の光で一枚の古いプリントを照らした。それは、彼女の祖母がこの学校の生徒だった頃から伝わるという、七不思議のリストだ。


「これから私たちは、このリストを一つずつ検証していく。これはただの肝試しじゃない。未知を探求する、私たちの研究活動よ。心して臨んで」


 凛とした声が、しんと静まり返った昇降口に響き渡る。全員の表情が引き締まった。プリントには、震えるような古風な文字でこう記されていた。


『我が校に伝わる七不思議


 一、誰もいない音楽室で、月夜に鳴り響くピアノ

 二、十三段しかないはずの、十四段目の音がする階段

 三、夜中に内臓を求め歩き出す、保健室の人体模型

 四、声をかけると中に引きずり込まれる、三階女子トイレの花子さん

 五、標本が不気味に笑い、命を数える理科室

 六、読む者を取り込む、図書室の開かずの魔書

 七、――校舎に棲みつき、すべてを騙す影


「七つ目だけ、少し印象が違わないか? 特定の場所の指定がないし……違和感があるな」


 拓哉が首を傾げたが、莉奈は静かにプリントを畳んだ。


「だからこそ、検証する価値があるの。『学校の七不思議』の実地検証を行って、これまで先輩方が残してくれた記録を参考に、それぞれの現象が実在するかどうかを科学的に調査するのが目標よ」

「科学的って言っても――結局はお化け探しでしょ?」


 拓哉がにやにやしながら言うと、莉奈は真面目な顔で首を振る。


「違うわ。私たちは真実を求めているの。もし本当に超常現象があるなら、それを記録に残す。もしただの噂なら、それを証明する。どちらにしても価値のある研究よ」

「部長、かっこいい!」


 香織が拍手し、千尋も小さく頷く。亮は同意するようにサムズアップをし、健介はデータを確認するようにタブレットに目を落とした。

 私は仲間たちの顔を一人ずつ見回す。それぞれ何か覚悟があるような引き締まった表情。今夜は特別な夜になりそうだと皆感じているようだ。


「さあ、まずは一つ目、音楽室へ向かうわよ」


 莉奈のその言葉を合図に、オカルト研究部員たちの夏休みで最も長く、そして最も恐ろしい夜が、幕を開けた。誰も、この時はまだ知らない――私たちに起こる恐怖の出来事を。この七人という前提そのものが、最も大きな呪いであるということも……


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