第2話 お菓子の家②

材料が尽きた頃には、それなりに見られるものができあがっており、カレンは汚れていない手の甲で顔を擦りながら、一歩下がって全体を眺めた。

手で組み立てた感は拭えなかったが、お菓子の家とはこういうものかと感じられるものが、皿の上に建っていた。

カレンは満足して、手を綺麗に洗い、作業部屋に本とペンとインク瓶を取りに行った。

しかし台所に戻って来て、いざ本を広げようとしたのにどこにも置き場所がないことに気づいた時点で、完成させた満足感とそれに引き続くやる気が萎む。

スペースを空けないと追加で何1つ乗せることはできない。

現実から逃げようと、皿を作業部屋に持って行く選択に飛び付こうとしたが、もっと狭い机にこの大きな皿を置いてしまったら、台所と同じく本の居場所はない。

それならば、テーブルを片づける方が明らかに建設的だ。

カレンはとうとう散らかった現状に屈し、しおしおと片づけを始める。

片づけながら、へらに付いたチョコレートを、指で取って舐めてみたところで、朝も昼も食事を抜かしてしまったことに気が付いた。

思えば今日は夜明け前から悪足掻きをし、ミス・コレットに教えてもらった店に、開店と同時に飛び込んで菓子を買い集め、帰宅してからずっと建築をしていた。

窓の外では既に日が傾き、景色はオレンジに染まりつつあった。

洗い流すのがもったいないと、チョコレートを、悪足掻きの残骸、味だけはクッキーでこそいで口に入れていく。

一度食べるとそれが呼び水になって、あっという間に完食してしまった。

食べるのを忘れ、適当に済ませてしまうこのパターンは、そろそろ止めないといけないなと反省しながら、洗い物を済ませ、粉なのか砂糖なのかで白くなっていたテーブルを拭く。

ようやく広々としたテーブルに、ようやくパン籠が椅子からの復帰を果たす。

その隣、テーブルの中央にお菓子の家の皿を据え、その前に、満を持して本を乗せて開いた。

それから、なお余ったクッキーをキャンディを口に放り込みながら、カレンは皿をごくゆっくり回してじっくり観察し、時折手を止めて、白紙のページにペン先を降ろした。



"菓子でできた家を設計してもらいたい"


あまり評判の良くない老魔女からの注文書は、達筆で美しい字なのにあまりにも舌足らずだった。

カレンが三読くらいした後まずしたことは、便箋が他に入っていないか封筒を逆さまに振ることだった。

当然何も落ちて来ず、念のため便箋を裏返したが追伸どころか汚れさえない。

菓子でできた家という着想には興味が湧いたものの、件の魔女が何を求めているのかこれでは全く分からず、カレンはクリーム色の便箋を取り出して、いつものように、誰に対しても調子を変えず、求める内容をはっきりさせるのに必要な質問を、丁寧に連ねた。

自分の説明不足が原因であるのに、何度もやり取りすると、こちらの理解不足だと責任転嫁する客は珍しくなかったため、とにかく手紙の通数を重ねないよう漏れなく、詰問にはならないように書き込む。

そうして尋ねてやったが、それでも二往復してやっと意図するところを把握し、ガラスの靴の魔女のような依頼人はなかなかいない、と改めて思い知ったところだった。


老魔女の注文は、結論としては素材が菓子で、かつ人が出入りできるサイズの家を欲しているというものだった。

部屋はリビング、台所、寝室の3室、2階はいらないが煙突を着けたい

家具を含めて菓子製にしたいが家としての最低限の強度は欲しい

菓子なので食べられるが、腐ったりカビたりせず長く保たせたい

建てて欲しいのではなく、建てる魔法の設計図が欲しい

見た目などは任せるが、その魔法を使う者がアレンジができる余地を残して欲しい、例えば地下室を増設するなど。


工夫が必要なオーダーだなと悩み、しかし他方で俄然やる気を出しながら、カレンは自作のお菓子の家を見て膨らませたイメージから、『概念の型』を作る。


・基礎は煉瓦積みにしたチョコレート、クッキーが壁として立ち上がり、丸いチョコレートがあしらわれている

・ドアは大きなクッキーにアラザンの飾りが付いて、ノブは飴細工が優雅なカーブを描いて煌めいている

・窓はとりどりの飴を溶かして玉虫色に光を弾く

・屋根は特に厚いココアクッキーが、はかま腰に沿ってぴっちりと規則正しく並び、その上にチョコレートを組み上げた煙突が伸びる

・家具もクッキーとチョコレート、柔らかいベッドにはケーキも用いられている

・その全てに、魔術的な強化と防腐が施されて、食べることはできるが、手入れをすれば長持ちさせることができる

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