第4話 病気との格闘
阿部中が、主治医である
「先生、格闘番組は観ます? 俺のこと知ってます?」
「はい、格闘技はあまり観ないのですが、格闘家の
「痩せちゃったけど、やっぱりわかります?」
「ええ、テレビの格闘技の大会で優勝されてますし有名です。でも、僕が知ったきっかけは、小児がんの支援をされている方だからですね」
「そうなんですよ、意外と知られてないけど、そういう活動もしてるんですよ。小児がんの子どもに勝利をプレゼントとか、それでホントにガンを克服したコもいるんですよ。元気になった姿の写真が添えられたファンレター嬉しかったなぁ。でももう、勝利をプレゼントなんて、言えなくなっちゃったなぁ。公式戦22連勝中だったのに、まさか対戦相手が病気でドクターストップとはね」
「次は、子どもたちが、
しかし、天中はそれ以上気の利いた言葉が出てこなかった。
「子どもたちの応援に応えたい! でも、俺の状態かなり悪いんですよね?」
天中は返答に苦慮した。
「変に患者に期待を持たせちゃいけないし、否定もできないですよね。まあ、身体が思うようにいかない。本能的にわかりますよ。身体が資本の仕事してますんで」
病室の扉がノックされ、阿部中の妻子がお見舞いに来た。
「おう、来てくれたんだ」
「主人がお世話になってます」
「こんにちは、
天中も妻子にお辞儀した。
阿部中の息子は幼稚園年少だった。無邪気に父親に声をかける。
「パパ、早く良くなってね。それから、いっぱい勝ってまた大きい金のやつもらってきてね」
おそらく優勝トロフィーのことだろう。
阿部中は、息子の頭を撫でながら言った。
「ああ、わかった。また、大きい金ピカのやつもらうよ」
阿部中は頭を撫でながら、ふと息子に尋ねた。
「なあ、
「お父さんみたいな、強い人!」
「だったら俺みたいにムキムキにならないとな」
「うん、なる!」
親子の会話が続く。しかし、天中の頭では、ある一文が繰り返されていた。
『お前、大きくなったら何になりたい?』
『お前、大きくなったら何になりたい?』
『お前、大きくなったら何になりたい?』
『僕、お父さんみたいなお医者さんになる!』
(若いころの父親と子どもの僕。なんだ? 今頭の中に流れた映像は?)
阿部中は、頭に手を添える天中に尋ねた。
「どうしました? 先生?」
「すいません、ちょっと考え事を」
天中は病院内の自席に戻ると、先ほど頭に浮かんだ映像を振り返った。
天中は今まで父親によって敷かれたレールに乗って、ただただ医者になる道を進まされていると思っていた。
(医者になりたいと言ったのは僕の方だったのか?)
子供のときの記憶か、阿部中と息子の会話を聞いて、別の記憶と混ざっただけなのか、天中は混乱していた。
子ども時代の将来の夢はコロコロ変わって当てにはならない。でも、自分と同じ道に進みたい。それを聞いたら、自分の仕事に誇りを持っていたら喜ぶ親が多いのもわかる。
(父親との不和は僕自身が原因だったのか? 僕が医者になりたいと言っておきながら、全然やる気を見せなかったから?)
天中は考え込んだ。
* * *
二週間後、阿部中は生死を彷徨っていた。
妻子も病室で見守っている。
天中が状況を説明する。
「今朝から、既に三回心停止を起こし、なんとか持ちこたえてらっしゃいますが、非常に危険な状態です。おそらく、ご主人は、気力だけでもっていると言っていいでしょう。目を覚ますかもしれませんので、とにかく今は、一緒にいてあげてください」
妻は涙を浮かべていた。
その時、阿部中の目がうっすらと開いた。
「
「ここにいるよ。
妻は阿部中の手を取った。
「俺の手を……、
妻は言うとおりに阿部中の手を息子の頭に乗せた。阿部中はゆっくり息子の頭を撫で始めた。
「
「うん、わかった」
「金ピカのやつもらうの……、めちゃくちゃ大変だぞ。できるか?」
「パパもやってたなら、僕もやる」
「だったら、毎日トレーニング……、かけっこするんだぞ。もう少しお兄ちゃんになったら……、筋トレもしろよ……、そうだなスイミング習わせようか……」
今日四度目の心停止。妻子の意向を確認し、
阿部中は、静かに目を閉じると、もう二度と目を開けることはなかった。
* * *
翌日、天中は休日だった。
家にある医学書の背表紙を見ながら考えていた。
親が自分と同じ道に進もうとするなら応援や助言、厳しいことも言うのはわかる。しかし、子どものころに言ったことをいつまでも真に受け、子どもの未来を決めるのは違うのではないか?
天中は、父親を否定したかったが、自分こそ否定されるべきことをしてきてしまったのではないかと……、そう考えることをできるのが怖かった。
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