第48話 防壁
「さて、そしたらやるべきことは――」
コートの裏のポケットから設計図を取り出す。
鉱山に行く前にしたためていたものだ。この街を取り囲む防壁――その基本設計。
(古代――いや、アルバイリスの増産はできてないが、できることはある)
まずはそこから手を付けてしまおう。
俺は、街の外周付近にやってくる。
ただ、街の外周といっても、ほとんど柵も何もなく、ただ数本の木の棒が突き刺さっているのみ。そこを超えるとほぼいきなり民家であり、人も魔物も侵入し放題、といった感じだった。
(……よくこれで原作はこの街残ってたな)
まぁ、スタンピードの中心地からはかなり離れていたので、ハルティバほど壊滅的な被害は受けなかったのかも知れない。
一応、原作だとブラズニールは鉱山街として栄えてはいたが――ただ、元の住民は別の街に移り住んだという話があったり、それこそヴィトルムが鉱山で刑罰で領民を強制労働させていた、という話があったのは覚えている。
鉱脈が見つかり栄えたのは後の話で、スタンピードの影響はかなりあった――のかもしれない。
「……さて、そしたら防壁の基礎から始めるとするか」
見取り図を眺め、防壁の開始地点を見極める。
「ピースゴーレム! ……お前は右の位置。そして、お前は左だ」
――ゴゴ!
――ゴ、ゴゴ。
二体のピースゴーレムが指示を受け、俺の指さした場所へ歩き、その場に留まる。
なるほど、動くピンとして結構便利かもしれない。
(そしたら、この感じでピースゴーレムたちを配置して、距離感を調整――)
俺は、さっそく今目の前にいるピースゴーレムたちの間に手をかざし。
かざし。
(――ゴーレム)
ふと、俺の脳裏に電撃が走った。
そうか、あるいは……!
「クロゴ! 馬車から錬金釜を俺の元に!」
――ジジ。
クロゴが命令を受け、反応する。クロゴがぐねぐねと動いたかと思うと、黒い羽を体から生やして羽ばたき、そのまま空を飛んでいく。
砂鉄の羽というとなかなか飛びづらそうな響きだが、思いの外軽やかに飛んでいき――しばらくして錬金釜を背中に背負ったクロゴが帰ってきた。
――バッ、バサァ……!
ただバルジール鋼製ということでわりと重たかったようで、帰りぎわは少々フラフラとしていた。
飛べると入っても耐荷重はあまり高くないようだ。
「ご苦労、よく頑張ったな」
クロゴから錬金釜を回収する。
「――よし、やってみるか」
……それから、錬金を繰り返すことしばらく。
ひとまずこれで必要な分は十分に作れたと思う。
(ただ【シェイプ】で基礎を作るだけでは足りない。だから、バルジール鋼や古代合金で補強しよう、と考えていたが――)
それでも、脆い部分は生まれる。そこは、メンテナンス性を上げて襲撃ごとに壁を修復する――という考えでいたが。
(――メンテナンス性を高めることができれば、事情は大きく変わってくる)
そして、そのメンテナンス性は『これ』で解決できるはずだ。
「――さぁ、生まれ出でよ!」
ピンとなり立つ、ピースゴーレムの間――そこに向かって新たなゴーレムコアを投げつけ。
「――――【シェイプ】!」
ゴーレムコアに、働きかける。
すぐに、ゴーレムコアは青い光に包まれ――周囲の土を巻き上げて変化していく。
(普段なら、ここで止めるが――今回は違う)
ゴーレムコアには本来【シェイプ】の魔力を受けることで、ゴーレムコア側が自らゴーレムとしての基本形態を形成するが――ここは俺の【シェイプ】で基本形態を指定する。
かなりの量の土が巻き上げられ、空高くまでゴーレムの体は伸びていく。
「よし――ここでいい!」
俺は【シェイプ】を解除する。
出来上がったのは――巨大な土壁。
――グ、ググ。
土壁の表面が幾重にも波打つ。
「うまく行った――!」
目の前に生まれたのは土壁の姿をしたサンドゴーレム。
いうなれば、サンドウォールゴーレム。まぁ、ウォールゴーレムというほうが呼びやすいか。
(家を解体する時、クロゴが壁になれていたからな。行けるとは思っていたが)
俺は、目の前のウォールゴーレムに手をつき、体重をかける。
――ググ。
ウォールゴーレムは俺の手を受け止め、壁の姿をじっと保っている。
【シェイプ】の結びつきの力もかなり強めておいた。最初期は【シェイプ】もただ手でおせば砂が崩れてしまう程度の軟弱なものだったが――今となっては少なくともちょっとしたモンスターの攻撃を防ぐことくらいはできるようになっている。
「……ウォール・ゴーレム。俺の手が通り抜けられる大きさの穴を作れ」
――ググ。
俺の言葉を受け、ウォール・ゴーレムの表面が波打ち、拳大の穴が空く。
サンドゴーレムたちは、基本的に砂粒を自由に移動させて自由自在に姿形を変える。それはつまり、多少傷を受けたとしても自ら修復できる、ということ。
(……もっとも、物理的に吹き飛んでると難しいみたいだが)
クロゴがルサルカに襲われた際は、片腕まるごと吹き飛ばされて消失していたので、後から新しく砂鉄を集め【シェイプ】で繋ぎ直したが。
基本的にサンドゴーレムには斬撃のような攻撃はコアを攻撃されない限り効果がない。今回は、大きな魔石を使ってゴーレムコアの魔力量も増やした。扱える砂のキャパシティもかなり大きいはずだ。
「これに、古代合金――アルバイリスが加われば」
サンドゴーレムの粘り強さと、古代合金の防御力、その両方が手に入る。
スタンピードを耐えきる上で、この防壁は非常に効果的に機能するはずだ。これをブラズニールの外周に取り囲めば。
(――最硬の要塞都市が完成する!)
ウォール・ゴーレムは見た目こそ壁だが、中身はサンドゴーレム。
そう考えれば、将来的にブラズニールが大きくなっても彼ら自身を移動させればいいし、将来を考える上でもこの試みはかなり効果的なはずだ。
「……ふふっ、これで『防壁』についてはほぼクリアされたも同じ。後は実際に作って数を増やしていけばいい」
古代合金も実際に製作までいったわけで、増産も基本的には可能と考えていいだろう。
となれば、後は単に時間の問題になる。
(なら、次に考えるべきは)
撃退能力については、デクラウスが自警団を育成し指導しているはず。
そうなれば。
「生活基盤の拡充――か」
堅牢な要塞都市も、糊口をしのげねば意味がない。
快適とまでは行かなくとも、スタンピードの期間中だけでもしのげるだけの生活基盤が確保できなければ。
「そしたら、まずはブラズニールの状況を改めて確認するべきだな」
俺は、そばにいたクロゴに声をかけ。
「クロゴ。防壁を築く場所に、線を引いていってくれないか」
俺は木の棒をクロゴに差し出し、設計図を見せる。
線を引いておけば、スキマ時間で防壁を築くのもだいぶ楽になる。
しかし。
「クロゴ?」
――……。
クロゴは、俺の言葉に反応しない。
その姿はサンドゴーレム形態ではなく、なぜかフィアー・アイ形態。
あの特徴的なレンズはこちらを向いておらず――どこか別の方向を見ている。
「その方向に、何かあるのか……?」
――ギロッ!?
俺がもう一度声を掛けると、クロゴは振り返りじっとこちらを見つめる。
しかし、そこからは動きは一切なく、クロゴは沈黙したまま。
クロゴが見つめていた方向を一応確認してみるが、何か特別気になるものも特になかった。
(……こうなると、話せないのは結構不便だな)
シロゴは『忠誠』やら何やらあって、意思の疎通ができそうな感じなのだが。
『忠誠』のエンチャントが今後つけられるなら、クロゴにも付与したいところだな。
「クロゴ、もう一度言う。この設計図通りに、街の外周に線を引いてきてくれ」
――バサバサッ!
足らしき部位で俺の持つ木の枝を掴み、クロゴは空を飛んでいく。
今度はまぁ、とりあえず命令がしっかり通ったようだ。
まぁ、少し気にかかるが、当初の予定通りこのままブラズニールの状況を改めて確認しにいくとしよう。
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