第16話 試行錯誤

「――よし。こんなものか」


 館にある使えそうなものを適当にかき集めて机の上に乗せる。

 一見してガラクタやゴミでも、錬金術にかかれば素晴らしい道具に変わることもある宝の山といっていい。

 こういう事を言うと少し浅ましいが、貴族の家だとガラクタやゴミでも結構良いものが多くてそういう意味でも期待は高い。


(……エンチャントを検証する、となるとまずは武器や防具というより道具とかのほうが良さそうか?)


 できるだけ、すぐに使ってしまえるアイテムがいい。

 となると――。


「ポーション系、だな」


 洗面台にある魔石を小突くと、魔石が反応し水が染み出してきてボウルいっぱいに水が貯まってく。

 万能の錬金素材、水。ポーション系ではだいたい使う。……誰かが、そういえば万物の根源は水であるとか言っていたような気がするな。


(水、様々だな)


 といっても、この世界の水は水道のようなものはほとんど整備されていないので、無限に水を引き出すことは出来ない。

 あくまで洗面台につけられている魔石はもともと魔石に貯められていた水を放出するものなので、ポーション無限製作! というようなことはあまりしないほうがいいだろう。


「まずは適当にあったレッドペッパーと、水で……」


 食堂から拝借した赤い唐辛子的なものと、水。

 錬金釜の蓋を取り、その二つを放り込む。

 

「――合成シンセシス!」


 即座に錬金を発動。

 すると。


 ――キィン。


 発動するや否や、錬金釜は薄く光っただけで終わってしまった。

 

(……なんか、さっきと違わないか?)


 一応、出来上がったような音はしたので、蓋を開け中身を見てみる。


「一応、物としては出来上がっている……っぽいか?」


 先ほどまであったレッドペッパーと水の代わりに赤い液体が溜まっている。


(――『ウォーム・カクテル』だよな、多分)


 錬金釜から推定ウォーム・カクテルをコップに移してみる。

 こちらは、ポーション系アイテムで、聖水とは異なり飲んで発動するタイプだ。


 効果としては、身体が芯から温まり寒さ耐性がつく。

 効果時間はそれほど長くはないものの、寒冷地や氷を使うモンスターに対して結構有用なアイテムだ。


「……さて、飲んでみるか?」


 真っ赤な液体。

 それも、魔法で作られた液体。……正直、元の世界でなら、唐辛子を溶かした水なんて飲む気にはならない。

 何より、エンチャントのことを考えると。


(……飲んだら、燃えたりしないだろうな?)


 先ほどの聖水のこともある。

 アレが腹の中で起こったとしたら、ちょっとそのまま息を引き取りかねない。

 ヴィトルムの死因リストを更新するのはさすがに遠慮したい。


(とはいえ、効果の実証は大切――)


 ゲーム中のキャラは飲んでいるわけで、問題はないはず。

 それに、今後の『アイリス』を生き抜くためにこのデータは必ず必要になるはずだ。


「よし――」


 コップに口をつけ。



 ――ほんの少しだけ。



 ――コップを傾けた。



 

 舌の上に、ウォーム・カクテルの一滴が乗る。

 ……味はほんのりと、塩辛い?


「これだけだと、何もわからないな……」


 一番良くないパターンだ。

 ……さすがに、我ながらチキンになりすぎたかな。

 仕方ない、覚悟を決めよう。


「どうにでもなれ――ッ!」


 一気にコップを傾け、喉の奥までウォーム・カクテルを流し込む。

 意外と美味しいかもしれない……!

 さて、効果は――!


「……む? お、おぉ。身体がポカポカしてきた気がする」


 ゲーム中の説明通り、身体が芯からじわじわと暖かくなってくる感じだ。

 説明してみるならば、血管がほんのりと熱を持つような、そんな感覚。


「それで他は――」


 適当に腕をふるってみたり、足を上げてみたりするが、特になにも感じない。

 ただ、ポカポカしているだけだ。

 これは、おそらく。


「――エンチャントされていない」


 ゲーム通りの効果だ。これ以上なく。


「……明らかに、さっきの聖水は普通じゃなかった」


 そもそも、聖水を錬金した時は、青白い電気が溢れ出てきていた。

 対して、今回はほぼそのまま錬金されて出てきた。となると――エンチャントが発動したパターンとエンチャントが発動していないパターンの二つと考えて良い。

 エンチャントがされたが、効果がなかった、というよりもそもそもエンチャントがなされていないと見るのがそれらしいだろう。


(なにか方法を間違えた……?)


 一瞬そんな考えがよぎる。

 しかし、聖水を作る時になにか特別なことをしたかと言えば、何もしていない。

 同じように釜に適当に入れて、【シンセシス】と唱え発動させただけだ。


「……もう一度、聖水について試してみるか」


 もう一度、植木鉢からディバイン・リーフを拝借し、水と一緒に錬金釜に放り込む。

 入れ方は変わらない――。

 錬金釜に手をかざし、魔力を込め。


「――合成シンセシス!」


 キィン、と即座に完成の音が響く。

 先ほどの空のインク瓶に注いでみると、空色の液体。

 おそらく、聖水。


「……ただ、これは光っていない」


 それに、電光もなし。


「一応、試してみるか」


 インク瓶の中にある聖水を散布してみる。

 すると、聖水は空気と混ざりキラキラと光ったかと思うと霧散していった。


「む……」


 間違いない。俺が普段ゲームで良く見ていた聖水はこっちのものだ。


「聖水が特別エンチャントを確定させるわけではない、ってことだな」


 同じ聖水、同じ錬金釜であっても効果が違う。

 その上で作り方も同じ。何も変わるとは思えないんだが――。

 と、そこであることを思い出した。


 ――そうだ、錬金術には『工房レベル』がある。


 『アイリス』では、魔導師やクラフト系の職業には隠しデータとして『工房レベル』が存在する。これは、施設の設備などが整えば整うほど上昇する独自のレベル概念だ。

 この『工房レベル』が高ければ高いほどより良いものができる――そして、それはエンチャントなどにも影響がある、と聞いたことがある。


(……たしかに、単に貴族の自室だと、『工房レベル』は低いだろうな)


 そもそも、元々のヴィトルムも錬金術には一切興味もなかったはずで、錬金術に関わる設備が存在するはずもない。

 となると、エンチャントは現状まだ不安定なまま、ということにはなるだろう。

 おそらく数をこなせば、エンチャントされたものもできるだろうが、狙ってやるのは難しいかもしれない。


 まぁ、当分しばらくはエンチャントは出たらラッキー、といったところだろう。


(『工房レベル』を上げるのにも、今すぐに設備を揃えるのも難しいしな……)

 

 一応、大掛かりな設備以外にも『使い魔』等々で上げることもできるが、あいにくとそういった魔物や動物は――。



(……いや!)



 突如、俺の頭に閃きが降ってくる。

 そうだ、今すぐに『工房レベル』を上げる方法が一つだけある。

 こういう用途でこれを使うのは初めてだが。


 ――そうだ、ゴーレムを作れば良いんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る