ゲーム序盤の悪役貴族に転生しましたが、チートスキル【錬金術】を極めて破滅フラグを回避します

月雲十夜

第一章:新たなるヴィトルム・アルトラス

第1話 転生


「――なっ」


 それは、部屋で朝の洗顔をしていた時のことだった。

 

 鏡に映った自分を見て、俺は異様な気づきを得る。

 この世界はゲームの世界だったのだ、と。


 鏡に映る、長い銀髪の鋭い目つきの少年。

 ヴィトルム・アルトラス。国民的アクションRPG『アーク・イリデッセンス』、通称『アイリス』に登場する悪役貴族だ。


 ……一気に血の気が引いていくのを感じる。

 ヴィトルム、たしかこの人物は――。

 そう考えていた時のことだった。

 

「ヴィトルム様、お部屋のお掃除に参りました」


 突如、メイドが扉を開け部屋に入ってくる。


「ん、あ、あぁ……」


 上の空ながら適当な相槌を返す。

 少し、状況を整理したい。と考えていたところ、何やらまた鬼気迫った足音がこちらに向かってくる。

 

「なっ、何をしているのですかっ!! すみません! ヴィトルム様! こ、この子はまだ新入りで! ヴィトルム様が私室にいる時は部屋に入ってはいけないと言っただろう!?」


 先輩と思わしきメイドが、最初に入ってきたメイドを鋭く叱りつける。


「す、すみません。この事態は私の指導不足でございます! ですので、なにとぞ――」


「い、いや。大丈夫ですので、一度落ち着いてください」


 と、うっかり自分が何者であるかも忘れて、口走ってしまった。

 声を荒げていたメイドの顔色が一気に青ざめていく。

 

「わ、私どもを相手にそのような、へりくだったお言葉遣いなど……! あ、あぁ……!」


 ……そうだ、自分はヴィトルムで、貴族。

 ここは、それらしく振る舞うべきだろう。


「少し取り乱した。……部屋に入ったことについてだが、このまま部屋を出ていけば、今回の事は不問とする。それでいいな」


「はっ、はい……! なんとありがたきお言葉。ほら、頭をお下げ!」


「あっ、ありがとうございます、ヴィトルム様……!」


 何度も俺に向かって頭を下げる二人。

 正直自分の感覚では、ただただ部屋の掃除をしに来てくれただけの人でしかないので、こちらが申し訳ない気持ちになってくる。


 とりあえず、改めてこのまま自分の状況を整理を――。

 と、そうか。このメイドの二人に聞けば。

 

「少し、尋ねたいことがあるのだが」


「はっ、はい! な、なんでございましょうか……?」


 部屋を出ようとしていたメイド二人が恐る恐る振り返る。

 ……そうだった、さっき部屋から出てくれって俺が言ってたんだったな。

 ここは簡単に。


「今日は、何年の何月何日だ?」


「ア、アーク歴1255年、6月13日でございます」


 アーク歴、1255年――。

 たしか、原作は1260年だったはず。となると、原作の五年前か。

 どうりで、ヴィトルムが少年なわけだ。

 

「呼び止めて悪かった、行って構わない」


「は、はい……それでは」


 そそくさと消えていくメイド二人。

 しょっぱな、随分と綱渡りをさせられた。ヴィトルムの口調は、なんとか徹底しておかないとな……。

 とりあえず、濡れていた顔をタオルで乱雑に拭いて、その辺にあった豪華な椅子に腰を落ち着ける。


(……この壁の装飾、たしかに見た記憶あるな。俺、本当に今『アイリス』の世界にいるんだ)


 『アーク・イリデッセンス』――もとい、『アイリス』と言えば、俺が狂ったようにプレイしていたゲーム。クリアしたのだって、一度や二度ではない。

 『アイリス』はマルチシナリオかつ、マルチエンディング。プレイすればするだけ、違ったプレイ体験がある。そんなゲームだ。 


 あれほどやり込んだ『アイリス』の世界に、今自分が生きている――。

 そう考えると、自然と口角が歪んでいくのがわかる。

 ……その事実だけ見れば、まさに気分は最高。


(――ただ)


 鏡に映るヴィトルムの顔を見て、現実に引き戻される。

 あぁ、黄色い声が聞こえてきそうなほど、この端正な顔つき――。


「くっ、何が悲しくて、ヴィトルムなんだ……っ!!」

 

 ――ヴィトルム・アルトラス。

 この世界でも、かなり歴史ある家系の貴族で、生まれながらのエリートオブエリート。

 そして、その生まれに違わず、本人自体も様々な才覚に恵まれている――のだが。

 

 それ故に、ヴィトルムは努力というものを一切しない。

 その恵まれた境遇は、ただただ彼の傲慢さを増長させるだけに終わってしまったのだ。


 そのツケというべきなのか、何なのか。

 ヴィトルムは、すべてのルートで死亡してしまう。この『アイリス』には、様々な脅威やイベントがあり、ヴィトルムはそれを報せるようにして死んでいく。

 

 多少死亡する時期がルートやイベントごとに違うとはいえ、膨大なルートがあるにも関わらずすべてのルートで死亡するというのは、ハッキリ言って開発者によほど嫌われていたのか、あるいはおかしな好意を持った人がいたのではないか、と思ってしまう。

 ……なんとなく後者な気がしてならない。いや、とにかく。

 

「――どうしたものか」


 『アイリス』の死亡レパートリーは豊富だ。

 このまま何もしなければ、俺は原作のルートのいずれかをたどり、死亡することとなるだろう。

 ……正直、たまったものじゃない。


「いや、まだ――何か、何かやりようはあるはず」


 必死で俺は思考を巡らせる。

 ヴィトルムの死因はいずれも、ゲーム内のイベントに起因するものばかりでプレイヤーなら回避可能なものだ。

 それなら、ヴィトルムだって回避が可能なんじゃないか。


(――俺だって、『アイリス』はやり込んでるんだ)


 それに、まだ原作の時系列にたどり着くまでは時間がある。

 もし、世界が原作通りに動くというのであれば、それまでは俺の命は保証されている、という事でもある。

 

 その時間を使って、十分な対策をすれば、十分に生き残ることは可能なはず――。

 よし。

 

「俺は生きる。生きて、この『アイリス』の世界を満喫してやる――!」


 こうして、俺の『アイリス』での生活が始まった。

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