第5話 痛みを楽しむ

「貴方がテリル殿か?」


 テリル達が冒険者ギルドで今日の依頼を吟味していると声をかけられた。

 テリルが振り返るとそこにはテリルと同じくらいの背で髪を肩の位で揃えた女性が立っていた。どこか自信のなさそうにオドオドとした態度のその女性はチラチラとテリルを見て目があっては目をそらすことを繰り返していた。

 テリルにはその素振りに既視感が合った。

 過去の自分だ。


「はい、自分がテリルですが、貴方は?」


 今のテリルはまっすぐと彼女の瞳を見つめそう問い返した。

 すこしビクッとしながらも女性が答えた。


「か、回復術師なのにパーティと一緒に冒険しているって本当ですか……?」


「ええ、こちらのトールの一撃のパーティメンバーとして一緒に戦っています」


「……ですか?」


「え?」


「なんでですか? そんなこと、許してくれる人がいるなんて、なんでですか!?」


「……まずは落ち着いて、君がどんな目にあってきたかは良く分かるから。俺もそうだった」


「すみません……」


「ごめん、こんな事を言ったら怒ると思うけど、俺がうまく行っているのは、ただの運が良かっただけなんだ」


「運ですか……?」


「ああ、トールの一撃のメンバーに出会えたという縁、運が良かったんだ」


「それだけ……?」


「ああ、俺がなにかしたからじゃない。申し訳ないけど、それが答えだ」


「そ、そんな、それじゃあ私は、救われないってことじゃない!」


 震える手が唇に触れると、女性の瞳からポロポロと涙が溢れていく。


「落ち着いて、君は運をもっている」


「私が!? 私に運なんてなかった! 冒険に連れて行ってもらっても役立たずだ、痛い、ポーション以下の価値しか無いと罵倒され続けてきた!

 冒険に出る治癒師がいるって聞いて来てみれば、運だなんて!

 私は最高に不幸よ!!」


「いや、君は運が良い。そうじゃないな、行動したから運を掴んだんだ」


「だから、どこが運がいいのよ!」


「ここに来たことがさ、この街の冒険者は、治癒師の治療を理解して受け入れている! 周りを見てごらん、みんな君を狙っているよ?」


 女性は泣くのを止めて周囲に目を配る、戦士風の男は目が合うとウンウンとうなづき、弓手の女性は勧誘に一歩前に出て他のメンバーに止められる。その場にいる冒険者たちが彼女を見る目は軽蔑や侮蔑を含んでおらず、親しみと機体に溢れている。周りにいる冒険者たちはテリルと話す女性が解放されるのを今か今かと待っているのだ、もちろん自分たちのパーティにいれるためにだ。

 

「今、この街で回復術師を馬鹿にする冒険者はもぐりだ。

 皆自らの肉体を鍛え、高みへと挑むために回復術師を求めているよ」


「そうですよ回復術師のお嬢さん、お名前を伺っても?」


 ヘイリーが割って入る。


「あ、はい、すみません、私は、アイリスと言います」


「アイリス、君が回復術師ならたしかにこの街で引く手あまただろうけど、君の実力を見て適切なパーティに入らなければ、パーティのメンバーだけでなく、君自信も危険な目に遭う。君はうちのテリルを頼ってきたわけだから、ひとまずうちが預かって君に会うパーティを見極める、ということでいかがかな諸君?」


 ヘイリーがよく通る声でギルドで総宣言すると、他のパーティも納得するしか無い。今やこの地でトールは顔になっている。

 そして、そんなトールの躍進に憧れ教えを請うているパーティが多く、リーダーであるヘイリーの言に説得力もあったので首を横にふるメンツは存在しなかった。


「君は行動して最初のチャンスを手に入れた。幸運の女神の後ろ髪を掴んだ。

 あとは、振り向かせるだけだ。出来るよね?」


 テリルはアイリスに優しく声をかける。


「私、良いんですか?」


「アイリス、君が決めるんだ、他人に決めさせてはいけない。

 君を変えられるのはいつでも君自身だけだよ」


「……やります、やらせてください!」


 こうしてトールは一時的に回復術師ダブルパーティになった。


「もっとだアイリス、もっと強く!」


「は、はい!」


 冒険に出て、治療をする。アイリスに与えられた仕事はそれだけだ。

 ただ、トールのメンバーが行う冒険の強度は高い。

 アイリスは毎日くたくたになりながら日々を過ごしていく。


「もっと絞り出せ、限界を自分で決めるな! 自分に負けるな!」


「はいっ!!」


「いいぞぉ!! 昨日の自分より成長していることを感じるだろう!」


「はいっ!!」


 厳しい環境に自らを置き、そして限界まで自分を追い込んでいく、冒険についていくためには回復魔法だけでなく肉体も作り変えていかなければいけない、その過程でアイリスの精神も生まれ変わっていく。


「……昨日の自分に、勝つ!!」


 冒険で限界まで絞り出して倒れることもあったが、そんなときは目が覚めるとトールのメンバーが全員笑顔でこう言ってくれる。


「よくやった!!」


「アイリスは最高だ!!」


「泣きたいときもあったろう、強くなったな!」


 その言葉一つ一つがアイリスの傷ついた心を癒やし、そして強くしてくれていった。

 

 数カ月後、ギルドに立つアイリスの顔は、初めて訪れたときとは別人のようだった。そして、その身体には自身が満ち溢れ、薄汚れたローブでコソコソと歩いていた面影はすっかり消え、美しい自信あふれる表情と肉体で堂々と立っていた。


「私の名前はアイリス、回復術師です!!

 私が欲しいパーティを、一番輝かせてみせます!!」


「うおおおおおおおっ!!!」


「これが本当の回復術師だ!!」


 ギルドに歓声が響き渡る。


 この日、新たな冒険者、回復術師アイリスは生まれ変わるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る