第5話 盗賊の襲撃と緊急生産の代償

『囁きの森』での魔物との遭遇から、さらに二日。旅は順調に進んでいた。

そう言いたいところだが、現実は甘くない。

相変わらず、馬車の揺れはひどいし、途中で立ち寄った小さな村の宿飯は、前世の社畜時代に食べた社食の方がマシなレベルやったわ。

(うぅ、早よ工房作って、美味しいもん食べたい……!)


うちは、寝落ちから目覚めると、すぐさま『栄養満点の携帯食パン』をライオスたちに渡した。

パンを食べるたび、彼らは目に見えて元気になる。

「ミオさんのパン、やっぱすげぇな!力が漲るで!」

ライオスが、パンを頬張りながら興奮気味に言った。

シエラは無言やけど、確実にパンを口に運ぶ。

フィオナは、パンを慈しむように見つめていた。

(このパンがあれば、旅の危険も乗り越えられる。きっとミオさんも、これを望んでくれたんやわ)

そんな彼女の優しい視線に、うちはちょっとだけ顔を赤うした。


御者のガンゼルさんは、相変わらず無口やった。

彼の視線は常に周囲を警戒している。

馬車の揺れが、少しずつ激しくなってきた。

道はさらに険しくなり、岩肌がむき出しの場所が増えていく。

切り立った崖が、左右に迫る。


「まもなく『嘆きの渓谷』に入ります」

ガンゼルさんの低い声が、響いた。

『嘆きの渓谷』。

(……なんだか、胸騒ぎがする。前世で読み漁ったあの手の物語には、こういう場所で決まって『悪いこと』が起きてたような……まさか、本当に何か起きるんやろか!?)


その時やった。

ヒューッ!

鋭い笛の音が、渓谷に響き渡った。

「来たぞ!何か来る!」

ライオスの叫び声が、渓谷に木霊する。


馬車の前方に、十数人の男たちが現れた。

顔には粗末な布を巻き、手には剣や棍棒、弓を持っている。

彼らの目は、私たちを獲物と見定めていた。

「止まれ!さもなくば命はないぞ!」

リーダーらしき男が、野太い声で恫喝する。

その男の顔には、古傷と邪悪な笑みが刻まれていた。

背後からも、別の男たちがじりじりと距離を詰めてくる。

完全に囲まれていた。

絶体絶命のピンチや。


「くっ!こんな場所で……!」

ライオスは剣を構え、フィオナは回復魔法の詠唱を始める。

シエラは身を低くし、隠密行動で敵の背後を狙う。

せやけど、男たちの数は多いし、連携も取れとる。

彼らは、私たちを逃がす気があらへん。


(どうしよう……これ、ヤバいよ。うちの能力で何とかせんとあかん!)

脳内素材リストが、フル稼働する。

男たち相手に、正面から戦うても勝てへん。

(相手の動きを止める、混乱させる……!)

頭の中で、前世の知識が高速で呼び出される。

麻酔薬、睡眠薬、幻覚剤……。

それらをこの世界の素材で再現する。

(せや!この渓谷に自生しとる『迷い草』と、魔物の『混乱の胞子』を組み合わせたら…!)

魔力と化学式の融合。

指先が震える。

集中する。

こんな状況で、眠気に襲われたら、洒落にならへんやん。


「ミオさん、危険よ!」

フィオナの焦った声が聞こえる。

彼女は、もうすでに男の一人に斬りかかられている。

(まずい!間に合わへんかもしれへん……!)


うちは、馬車の隅にあった小さな皮袋を手に取った。

中には、たまたま採取しとった『迷い草』と、前拾うた『混乱の胞子』。

これらを混ぜ合わせ、瞬時に小さな球体を生産する。

魔力を込める。

(頼むで!間に合おてくれ!)

猛烈な睡魔が、脳の奥から押し寄せる。

全身の血が逆流するような感覚。

(これ、前世で徹夜続きで脳がショート寸前やった時の感覚や……!)

ミオの視界が、ぐにゃりと歪む。

目の前が真っ暗になる。

「ふぁ~あ……」


「ライオスさん!シエラさん!これです!『混乱の煙玉カオススモーク』!効果時間は短いけど、一瞬の隙は作れるはずです!」

(前回の『閃光玉』とは違うタイプや。音も混ぜて混乱効果を強化してみたけど、どうやろかなぁ……?)

脳の片隅で、ミオは自分の開発を分析していた。


完成したばかりの球体を、叫びながら投げつけた。

その時、ミオの視界が、ぐにゃりと歪んだ。

(あ……限界かも……)

目の前が真っ暗になる。


ライオスが受け取った球体から、紫色の煙が噴き出した。

煙は瞬時に男たちを包み込む。

「ぐわぁ!なんやこりゃ!目が、目がぁ!」

「頭がぐらぐらする!敵が、二重に…」

男たちは、次々と剣を取り落とし、同士討ちを始める者まで現れた。

「今や!一気にカタをつけるで!」

ライオスが咆哮する。

シエラも煙の中に飛び込み、混乱する男たちを次々と無力化していく。


うちは、その光景をぼんやりと見ていた。

(よっしゃ……成功や……)

そう思った瞬間、意識は深い闇の底へと沈んだ。

馬車の床に、泥まみれのまま、うちは倒れ込んだ。


「ミオさん!?」

フィオナの焦った声が聞こえる。

うちはそのまま、馬車の座席にぐったりと倒れ込んだ。

「また寝とる……って、なんでこんな時にやねん!?」

ライオスの呆れた声。

やけど、その表情には、呆れだけやのうて、ミオの能力への驚嘆と、無事を喜ぶ安堵が混じっとった。

「しゃーないわ。ミオさんの能力の代償よ。でも、おかげで助かったわね」

フィオナの声が、優しく響く。

(この子、ほんま守ったげたい……前回よりも、もっと守りたい。この子の力は世界を変えるかもしれんけど、その分、危なっかしい。うちが、傍におったげなあかんわ)

フィオナの心に、温かい決意が深く刻まれていく。

フィオナは、すやすやと眠るミオの寝顔をそっと見つめる。

その寝顔は、ひどく幼くて、無垢やった。

「あの子、寝顔で魔物すら癒すらしいで」

遠くで、ガンゼルさんの冗談めいた声が聞こえた気がした。

ライオスもシエラも、ふとミオの寝顔に目を向ける。

「確かに可愛ええ寝顔やけどな……俺は起こすのに躊躇せーへんかったで?」

ライオスが、片目を閉じながらニヤリと笑った。

シエラは無言やけど、僅かに口元を緩めたように見えた。

(……寝ながらも、すごいもん作るんやなぁ。いつか、寝言で設計図でも呟いてくれへんかな)

その時、ミオの口元が、わずかに動いた気がした。

「……んぐ……きゅ、究極の……パン……」

寝言に、シエラが思わず吹き出した。


「せやけど、こんなチートアイテム、見たことあらへんぞ……まさか、これが『眠り姫の魔道具』ってやつか?」

シエラが、キラキラと光る魔力灯を見つめている。

倒れた男たちの脇で、ライオスが装備を剥ぎ取り、シエラが金目のもんを探している。

「よっしゃ、稼ぎになったな!ミオさんの煙玉とパンのおかげやで!」

彼らの会話を遠くで聞きながら、うちは深い眠りについた。

夢の中で、うちは、最高品質のフカフカのベッドで、ぐっすり眠っとったわ。

(……夢の中で、新しいパンのレシピが浮かんでくる。今度は、もっと美味しくて、体力を回復させる上に、微弱な解毒効果も持たせられへんかなぁ……よっしゃ、いけるで!)

うちの意識は、眠りながらも次なる発明へと向かっとったんや。


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次回予告


危険な渓谷を乗り越え、いよいよ王都が目の前に!?

せやけど、うちのチート能力は、王都の厳しいギルドで通用するんやろか!?

そして、王都で出会うんが、友達か、それとも新たな敵なんやろか!?

うちの引きこもり生活は、果たして実現するんやろか!?

次回、チート生産? まさかの農奴スタート! でも私、寝落ちする系魔女なんですけど!?


第6話 初めての町と商業ギルドの洗礼


お楽しみに!

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