神主の嫁

相田イオ

第1話

 帝都からほど近く、まだ完全に都市化が進んでいない山や川に囲まれた村に葉山家の屋敷はある。

周りの民家とは一線を画す和洋折衷のモダンな佇まいからは、同家の財政事情が豊かであることは明らかだ。


 その屋敷の主は葉山利一といって、士族を祖とする大地主である。

 都市化に伴う幹線道路の建設や区画整理のために、帝都に有していた広大な土地を国が買い上げた。それにより、葉山家はさらに莫大な富を得たのだ。


 大金を手にしてさぞ優雅な暮らしを謳歌しているであろうという周囲の想像とは裏腹に、利一は気が小さく、粘着質な男であった。

 先祖が築いた資産を減らすことも増やすこともすまいとしているようで、豪奢な建屋からは想像がつかない質素な暮らしを家族に強いていた。


 今日も屋敷内には、利一の神経質な声が響いている。

「おい、千代! どこにいる!」

 慌ただしく台所から飛び出し、利一の自室兼書斎の襖の前に千代はひざまずいた。

「お呼びでしょうか。利一様」

 すぱんと勢いよく開いた襖から、怒号が飛ぶ。

「部屋が埃だらけではないか! 朝餉の間に全て拭き上げろ!」

「……申し訳ありません」

 ふん、と鼻をならし、利一はどすどすと出ていった。


 遠巻きに見ていた他の使用人たちは、また始まった、と顔を見合わせる。利一はどんな些細なことでも千代に言いつける。

 そのくせ、千代が養子であることを利用して賃金は与えていない。

 千代が幼い頃は葉山家の令嬢のように育てられていたが、十年足らずで使用人としての満足な処遇も受けられないようになってしまった。


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