第22話:天下の安寧、残された問い

劉備との戦いが終わり、公孫瓚の天下統一は、いよいよ名実ともに現実のものとなった。中原、華北、江東。中華の主要な地域は、彼の旗の下に集結した。残るわずかな反抗勢力は、もはや組織的な抵抗力を失い、掃討されるのも時間の問題だった。しかし、勝利の歓声の中、公孫瓚の心には、新たな問いが生まれていた。


劉備が敗れてから数日後。公孫瓚は、投降した劉備軍の兵士たちを前に、彼らの処遇について話していた。兵士たちは疲弊し、その顔には敗北の絶望が色濃く浮かんでいる。


「殿、彼らは最後まで劉備殿に忠誠を尽くしました。処断すべきかと」


法正が、冷徹な声で進言した。彼の目は、乱世の常識に則っていた。


しかし、俺は首を横に振った。


「いや。彼らは、劉備の『義』に殉じたに過ぎない。彼らには、罪はない」


俺は、投降した兵士たちを見渡した。彼らの瞳には、恐怖だけでなく、行き場のない悲しみが宿っていた。


「私の治める地では、民は飢えず、争いもない。お前たちが望む『安寧の世』を、私は必ず実現する。お前たちの剣を、今度は民を守るために振るってほしい」


俺は、兵士たちに語りかけた。俺が目指すは、武力による恐怖の支配ではない。民が心から安寧を得られる世だ。


兵士たちは、最初は戸惑っていたが、やがてその目から、光が失われていなかった者が数人いた。彼らは、劉備の「義」に殉じた者たちだ。その中の一人が、ゆっくりと前に進み出た。


「殿……我らを、信じてくださるのですか?」


その兵士は、震える声で尋ねた。


「うむ。私の言葉を信じよ。この公孫瓚は、嘘は言わぬ」


俺は、その兵士の目を見て、きっぱりと言った。


兵士は、その場で膝をつき、深々と頭を下げた。そして、それに続くように、他の兵士たちも次々と頭を下げた。彼らの心には、新たな希望の光が灯ったのだ。


「殿は、やはり慈悲深いお方だ」


蔡文姫が、静かに呟いた。その目に、喜びの色が浮かんでいる。


趙雲もまた、その光景を静かに見つめていた。彼の瞳には、安堵の色が浮かぶ。


「これで、民を救うという殿の『善政』は、完全に天下に浸透します」


荀彧が、満足そうに言った。


しかし、その勝利の余韻の中で、俺の心には、ある疑問が残っていた。


この天下を統一した後、俺は、どうすればいいのだろうか。


夜の執務室で、俺は地図を広げていた。中華全土が、公孫瓚の白き旗で覆われている。もはや、戦うべき敵は、ほとんど残っていない。


「終わった、のか……」


俺は、小さく呟いた。長年、俺を突き動かしてきた「天下統一」という目標。それが、今、達成されようとしている。しかし、その先に、何があるのだろう。


そこに、趙雲が静かに入室してきた。彼の顔には、疲労の色が見える。


「殿、夜更けに何を?」


「子龍か。天下統一の先にあるものについて、考えていた」


俺は、趙雲に言った。


趙雲は、静かに俺の言葉を聞いていた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「殿は、民安寧の世を築くと誓われました。その誓いは、今、まさに実現されようとしております」


「うむ。だが、その安寧を、誰が守っていくのか。私の命は、いずれ尽きる。その後、この理想が、永続するものとなるのか」


俺は、問いかけた。これは、転生者である俺が、最も恐れることだった。俺の死後、再び乱世が訪れるのではないか。


趙雲は、静かに首を横に振った。


「それは、殿が、この世に残す『遺志』にございます。殿が、いかに次の世を導く者を育てるか。それが、残された問いとなるでしょう」


その言葉に、俺はハッとした。そうだ。「天下統一」は、始まりに過ぎない。真の目標は、その後の「永続的な安寧」なのだ。


その頃、公孫瓚の治める地では。


「なあ、知ってるか?あの公孫様は、賊を捕らえても、きちんと罪を償わせた後、畑を耕させているらしいぞ」


「ああ、俺の親戚も、曹操様のところから逃げてきて、こっちの村で新しい畑をもらったんだとよ。公孫様は、まさしくこの世の仏様だ」


民の間に広がる声は、公孫瓚への絶対的な信頼と、揺るぎない支持を示していた。彼らは、公孫瓚の統治こそが、真の安寧をもたらすと信じていた。


夜空には、満月が輝いていた。


白馬のたてがみが、安寧の夜風に、静かに揺れていた。それは、新たな時代の到来を告げる、希望の光のように見えた。


天下は、安寧を得た。しかし、その先には、より深く、より本質的な問いが残されていた。

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