第7話:猛き矛、制御なき暴威
荀彧と郭嘉が公孫瓚の元に加わってから、俺たちの戦略会議は、かつてないほどの熱を帯びていた。現代知識を持つ俺の未来予測を基に、荀彧が堅実な大局戦略を練り、郭嘉が常識外れの奇策を編み出す。その智の連鎖は、まさに水を得た魚のようだった。
「董卓は、長安への遷都を画策しているはずです。その準備で洛陽の守りが手薄になった時こそ、我々が動くべき時」
荀彧が、緻密な情報分析の結果を報告した。
「遷都は、民衆をさらに疲弊させます。その混乱に乗じて、我々は董卓の背後を突く。洛陽を完全に奪還し、民を救い出す」
俺は、洛孫瓚の地図を指し示した。前回の苦い経験があるからこそ、今回はより慎重に、しかし大胆に動く必要がある。
郭嘉が、不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。しかし、董卓はただの愚鈍な豚ではありません。彼には呂布という最強の盾があります。あの一騎当千の武を、どう突破するかが鍵となりましょう」
郭嘉の言葉に、俺は頷いた。そうだ、呂布だ。史実では、董卓の養子となり、その武力で多くの群雄を圧倒する。彼こそが、董卓の最大の武器だ。そして、同時に、最も制御不能な猛獣でもある。
「呂布は、我々が動く前に、私が直接接触する」
俺の言葉に、荀彧と郭嘉の表情に驚きが走った。特に荀彧は、わずかに眉をひそめた。
「殿、呂布奉先は、まさに人中の呂布、馬中の赤兎と称される武の極み。しかし、その忠誠心は烏(からす)よりも劣ると聞きます。安易に接触するのは、あまりにも危険かと」
荀彧が、懸念を表明した。彼の言うことはもっともだ。呂布の裏切り癖は、歴史が証明している。
「わかっている。だが、彼は間違いなく天下最強の武を持つ。その力を敵に回すのは愚策。ならば、味方につけるしかない」
俺は、確信を持って言った。現代知識チートがあるからこそ、呂布の心境をある程度予測できる。彼は、自身の武を高く評価してくれる者を求め、そして、常に「最強」の座を欲している。
その夜、俺は密かに洛陽近郊の董卓軍の陣営へと忍び込んだ。趙雲には同行を禁じた。この交渉は、俺一人で挑むべきだと判断したからだ。
闇の中を音もなく進み、呂布の天幕を探す。やがて、ひときわ大きく、周囲を精鋭が固める天幕を見つけた。
「中にいるのは、呂布奉先か?」
俺は、天幕の前に立つ兵士に、低い声で問いかけた。兵士たちは、突然現れた俺に驚き、警戒の目を向ける。
「何奴だ!無断で立ち入るな!」
「私は公孫瓚。呂布奉先と、話がしたい」
俺は、悠然と名乗った。兵士たちがざわめく。公孫瓚の名は、すでに天下に知れ渡り始めている。
その時、天幕の中から、獰猛な声が響いた。
「公孫伯珪だと?ほう、面白ぇ。通せ!」
兵士たちが道を開け、俺は天幕の中へと足を踏み入れた。
天幕の中央には、巨大な体躯の男が座っていた。顔には猛々しい髭が蓄えられ、その眼光は鋭く、まるで猛禽類のようだ。隣には、史実の通り、妖艶な美貌を持つ女性が寄り添っていた。
呂布奉先。そして、貂蝉。
「貴様が公孫伯珪か。この呂布に、何の用だ?」
呂布が、嘲るような笑みを浮かべた。その圧倒的な威圧感は、並大抵の人間ならば、その場で膝を屈するだろう。だが、俺は転生者だ。そして、公孫瓚の肉体には、呂布にも劣らぬ「武」が宿っている。
「単刀直入に言おう、呂布。私と共に、天下を統一せぬか?」
俺は、真っ直ぐに呂布の目を見て言った。呂布は、一瞬呆れたような顔をした後、大声で笑い始めた。
「ハハハハ!面白い!貴様のような若造が、この呂布を誘うだと?身の程を知れ!」
呂布が、手に持っていた酒盃を叩きつけるように卓に置いた。貂蝉が、心配そうに呂布を見上げている。
「貴様は、今の主である董卓に、心から従っているのか?」
俺の言葉に、呂布の笑いが止まった。その顔から、一瞬にして表情が消え失せる。
「董卓は、お前の武を真に理解していない。彼は、お前を単なる道具としてしか見ていないだろう。お前が真に天下無双と称される武を、遺憾なく発揮できる場所は、彼の元にはない」
俺は、たたみかけた。呂布の瞳の奥に、わずかな動揺が走るのが見えた。
「私の元に来い。お前には、天下最高の武具と、最強の戦場を与えよう。誰にも邪魔されず、お前は真の天下無双として、この乱世に名を轟かせるのだ」
呂布は、腕組みをしたまま、沈黙した。彼の脳裏で、董卓の暴政と、俺が提示した「最強の武」という言葉が、激しく交錯しているのだろう。
「だが、呂布」
俺は、一歩踏み出した。
「私は、お前を飼い慣らせるとは言わぬ。いや、飼い慣らすつもりはない。お前は猛獣だ。だが、その猛獣の力を、私は最大限に引き出すことができる。私の元でならば、お前は真に自由になれる」
呂布の目が、鋭く俺を睨みつけた。その殺気に、周囲の空気が凍り付く。
「この公孫瓚は、お前より弱いとは言わぬ。だが、お前より強いとも言わぬ。しかし、お前が天下無双の武を持つならば、私にはそれを受け止める器がある。お前の暴威を、天下を治めるための『矛』として振るわせてみせよう」
俺は、呂布の殺気にも動じず、言い放った。呂布の口元が、わずかに歪む。
「……面白い」
呂布は、そう呟いた。そして、不意に立ち上がり、俺に向かって歩み寄ってきた。その巨体から放たれる圧迫感は、まるで壁が迫ってくるようだ。
「俺より弱い奴が、俺に何を語るかと思えば……貴様、胆は据わっているな」
呂布の手が、俺の肩に伸びてきた。その手が、俺の肩を掴む寸前、俺はわずかに体を捻り、その手の届かない位置へと移動した。
「私が弱ければ、お前の言葉など聞く必要もあるまい。だが、私の武は、お前が決めることではない」
俺は、呂布の目をまっすぐに見つめ返した。その瞬間、呂布の表情が、わずかに変わった。彼が、俺の武を、一瞬とはいえ警戒したのだ。
「フン……」
呂布は、鼻を鳴らした。そして、天幕の奥に視線をやった。
「よし、公孫伯珪」
呂布が、再び俺に向き直った。その顔には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「貴様の誘い、受けて立ってやろう。だが、もし俺を満足させられぬならば……その時は、俺が貴様の首を掻き切る」
その言葉は、脅しであると同時に、彼なりの「契約」の言葉でもあった。
俺は、わずかに微笑んだ。
「望むところだ、呂布奉先。この公孫瓚は、お前の武に、最高の舞台を用意しよう」
その夜、呂布は、董卓の陣営を騒がせた後、静かに俺の元へとやって来た。董卓は激怒し、洛陽中に呂布を追う兵を放ったが、すでに遅い。
この天下最強の矛を、俺は手に入れた。
しかし、その矛は、常に暴威を孕んでいる。
白馬のたてがみが、夜空の月光を浴びて、妖しく揺れる。
制御なき猛獣を操ることは、時に己の身を焼くことにも繋がる。その危険を承知の上で、俺は呂布を受け入れたのだ。
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