第2話:狂気
〜イテラの村〜
「……あれ、今日はみんな少し遅いな」
今日の農作業を終えたリーハは、いつも通りメルたち狩猟組の帰りを待っていたのだが、いつもならもう帰っている時間にも関わらずまだ遠くの姿すら見ることができなかった。
(……大丈夫かな?何もなければ良いけど……)
リーハの脳裏に、トラウマがよぎった。「もしかしてメルたちに何かあったのではないか?」という激しい不安がリーハを襲う。
「……っ」
リーハは胸を掴み、無理やりひっぱるようにして心臓の鼓動を抑えようとした。
そんなものは気休めにしかならないと分かっていても、心の動揺を鎮めようと奮闘した。
「ん?……大丈夫か、リーハ!」
「……あ……お父さん……」
そんな中、リーハの父が彼女のもとにやってきた。娘が苦しそうにしゃがみこんいるのを見たためだ。
「……今日、みんな遅いから……もしかして何か……あったんじゃないかって……」
「そうだったか……確かに少し遅いな。よし、俺が見てくるから、もう今日は部屋で休んでるんだ。リーハは何も心配しなくていいからな」
「うん……ありがとう」
父が村の入口のほうへと向かっていくのを確認すると、少しして、リーハは家に戻る。
「……はあ……いつまでもこんなんじゃ、ダメだよね……」
自室のベッドに寝転がるリーハの右目から涙が零れ落ちた。
(自分が情けない……)
リーハは盗賊に母が殺されてから、成長するにつれてこの世界の不安定さが怖くなった。
この世界では、戦争・略奪・飢え・差別などは日常茶飯事であり、差別もなく平和を維持しているイテラの村は奇跡に近いものであった。
何かあったら自分の身は自分で守らなければならない。
リーハは宗教を信じていないから、縋るものもない。
お金がないから、病気になっても村の診療所で治療が無可能であるならば諦めるほかない。
「……頑張らなきゃ……頑張らなきゃ……」
ベッドのシーツは既にかなりの量の水を吸っていた。寝ようにも寝られないような感情のまま、リーハは目を瞑ろうとした。
だが──
「………え?」
突如として鳴り響いた『サイレン』によって、リーハの心臓はさらに早く脈を打つことになった。
***
リーハの父は、村から少し離れた休憩地点へとやってきていた。この場所には、普段狩猟に行っている者たちが休むスペースがある。
「……遅いと思ったが、ここにもいないのか?」
普段よりも1時間は帰るのが遅いので誰か怪我などをしてここで休んでいるのかと彼は思ったが、誰もいない。
「……嫌な予感がするな」
「──あれ?こんなところに村人さんーん?」
「……っ!?あ゛っ……」
父は背中に鈍い痛みを感じた。
後ろを向くと、男が背中にナイフを突き刺していた。
「何だ……お前……!」
「へー、タフだね。でもね、流石にもう村人はいらないかな。奴隷にしても売れなそうだし」
「……村人?……まさかあいつらに……手を出したのか?」
「うん、多分そうだね。じゃあ、これから村に略奪しにいくから、あの世で見守っててよ。じゃーね」
「村に……?リーハ……っが!?」
男は心臓を抉り、リーハの父の命を削り取る。
父は倒れ、もう起き上がることはなかった。
「さてぇ、村に向かいますかー」
***
リーハがサイレンが気になって外に出た時には、既に村はほぼ占領されていた。
村長は一人の男の前で土下座させられ、男はそれを見て嗤っていた。
「……なに……これ」
「あれれ?まだ女の子が残ってるじゃん?ちゃんと奴隷にしないとダメでしょ」
「……ひっ………ひゃ!?」
「待て!来るな!」
リーハは危険を感じてその場から逃げようとしたが、背後から近づいてきたもう1人の男に呆気なく取り押さえられてしまう。
「へへ、大人しくしな。嬢ちゃんは可愛いから、きっと高級奴隷になるぜ」
「奴隷……?」
リーハには、盗賊たちが何を言っているのかが分かってしまった。
想像力もあり、頭が良いからこそ、彼女は悩んでいたのだから。
「──よし、大体金になりそうなもんは回収したなー。お前ら、女は丁寧に外にいた連中と同じ馬車に乗せてけよ。傷がついたら安くなるからな。男は労働用だから多少傷ついても構わないから」
「…………」
リーハには、状況は理解できた。
しかし、それを受け入れ、判断する土壌はない。
(……逃げなきゃ……逃げなきゃ……逃げなきゃ)
恐れは、判断を鈍らせた。何が正解なのか、リーハには分からなかった。
「………あ」
だが、そんな中でもあることを思い出す。
「……お父さんとメルは?」
嫌な予感がして、リーハの顔は真っ青になった。
「おら、行くぞ」
結局動くことができなかったリーハは男に連れられ、村の入り口から出て少し離れた場所にある馬車まで向かわされた。
そして前方に馬車が見えたくらいのとき、彼女は
彼女の道のりに、男性が倒れていた。
「…………ぁ」
首と背中から大量の血を流し、男性は絶命していた。その表情は、一度見たら忘れられないほどに歪み、血は道を染め上げていた。
「……い………いやぁぁぁぁぁ!!!?」
リーハは、生まれてから一度も発してないような叫びをあげた。
「んー?あー、もしかしてそれ君のお父さんだったの?ご愁傷様」
盗賊の男は、リーハの絶叫に対してほとんど興味を示さない。むしろ盗賊にとってはよくある風景でしかなかった。
「………ああああああああ!!!」
だがリーハにとっては、かけがえのない家族が死んだのだ。
感情の操作ができなくったリーハは怒りに身を任せ、男に殴りかかった。
「……へぇ!動きのセンスはあるね。でも、今までまともに戦ったことなんてないでしょ?すぐ分かるよ」
「……ぶぐっ!?」
男は、リーハの拳を容易くいなすと、そのままリーハを蹴り飛ばした。
「欠陥品にならないように、これでも凄い加減してるんだからさ。大人しくしときな」
リーハは動かない。
いや、動けなかった。
動く体力も、気力も残っていなかった。
「いっそ、このまま死ぬことができたらどんなに幸せだろうか」と思いながら、男の方を見た。
「…………………え?」
その時だった。
たった今自らを蹴り飛ばした男の後ろに、何やら真っ白な服をきた集団がやってきたのだ。
盗賊の男たちは、その集団に気づけなかった。
一瞬にして、場の空気が変わる。
「──あ、こんにちは!盗賊退治に来ました、冒険者の
この場にそぐわない、能天気としか言いようのない、けれども全員の耳へとすっと入っていくような、全くブレのない声が、辺りに響き渡った。
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