第5話:異世界支部の開業




「というわけで、ミーティングを始めたいと思います」


 新しく出来たばかりの病院のような施設(公共施設のようにも見える)の応接室にて、せりが少し大きめの声で叫ぶ。室内は防音仕様になっていた。

 現在応接室にいるのは、せり御形ごぎょう繁縷はこべら蘿蔔すずしろの四人だ。


「今回の議題は、この世界、第40神世界について。これからここでどのように活動するかについて、になります」




***




「──ではここではこのようにやって下さい」

「「「はい!!!」」」


 奴隷達を解放してから3日が経過した。元奴隷達の教育担当には蘿蔔すずしろが一任され、最低限の義務教育を施しつつ、仕事も教えている。

 全ての能力が平均して高く、器用にそつなくこなしてくれる彼女にだからこそせりは仕事を任せた。


「順調だな」

「やはりこの世界の貧しい子供たちは基本的な教育を受けられていないですからね。教育を施すことは重要です」

「そうだな」

「勉強は私も教えるのを手伝っていますから、かなりいい調子です」

「ああ、そういえば得意分野だったか」


 せり御形ごぎょうたちは、治療において必要だと思い、自身の世界における教員免許を取得したこともあった。

 せりは塾講師のアルバイトを昔やっていたこともあり、比較的教えるのは得意だった。


「この施設に、病院と言う名前ではありますが教育部門を設けても良いかもしれません」

「良いかもな。幸い金はこの前また稼いだし、しばらく仕事に専念できそうだ」

「お金は大事です」




***




 ──その日の夜。

 既にこの時間、ミラたちは授業などを終えてこの建物内にある宿舎にいる。なお、全員1人部屋である。



「──せり様、少々よろしいでしょうか?」

「おや、何でしょう?」

 せりが院長室で自作のパソコンをいじっていると、院長室に蘿蔔すずしろがノックをして入ってきた。


「1階に、『急患』です」

 彼女の表情は基本的に、常人にはどれも区別が付かないが、せりは少しの表情の変化から、彼女の僅かな焦りと僅かな自責の念を感じとった。


(彼女の真面目さがよく分かりますね。とは言え、真面目過ぎるのもあまり良くないとは思うのですが)


「私に言いに来たと言うことは、訳ありというわけですね。分かりました、すぐに向かいましょう」

「ありがとうございます」


 蘿蔔すずしろせりと共に1階へと向かう。

せり様、よろしくお願いします」


 1階に着いた彼女の視線の先には、まだ7歳ほどの子供を抱えた、ぼろぼろの服を着た獣人の姿があった。




***




「……え、フィア、どうしたの!?」


 糸くずが纏わりつくボロボロになった服を身にまとい、床に倒れた自身の子供を慌てて抱える獣人が居た。


 彼女は獣人であるため、モード王国のとある店で奴隷として働かされていた。

 そして彼女には訳あって子供がいて、子供の面倒も見なければならなかった。当然それにはかなりの労力が必要になったが、それでも子供の笑顔を見れることが心の支えだった。


 だが、今日はなにやら様子がおかしかった。

 彼女が帰ってくると、彼女の子供(名前はフィアという)が床に倒れていたのだ。


 彼女がフィアを抱えると、フィアは明らかに発熱しており息が荒い。

 しかも既に意識を手放していた。


「……っ」

 『早く治癒師の元にに連れて行かなければ』という、焦りの感情が彼女を襲う。

 彼女はすぐに主に許可を取ろうとした。


 しかし、そう上手くはいかない。

 彼女は奴隷だから。


「……あ?治癒師に見せてほしい?……何を言うかと思えば。ただの風邪だろう。貴様のような獣人奴隷の子供に払う金などない。働かせてやってるだけありがたいことなのに、それ以上を望むというのか?」

 彼女の主であるファンクション男爵は、彼女を睨みつけた。


「……し、しかし、フィアが……」

 しかし、それでも諦められていない彼女に対し彼は、憎悪の感情を向けた。


「五月蠅いわ、このゴミムシがぁぁぁ!!!!!」

 男爵は彼女の顔と腹を思い切り殴った。


「……っ!?」

 彼女は痛みと勢いに耐えきれず倒れた。常に空腹で、痩せ細った彼女はすぐに起き上がることができなかった。


「……はぁ。しばらく外でその中身のない頭をひやしてくることだな。獣人の分際で生意気だ」

「……ひ……申し訳……ありません」

「早く出ていけ!!」


 治癒師には診てもらえないことが分かった。

 仕方なく彼女はとりあえずフィアの元に戻る。

 あわよくば少しでも回復していることを祈って。


「……フィア!?」

 だが、その願いは叶わない。

 いつの間にか、フィアの体には『発疹』のようなものが多くみられ、容態は明らかに悪化していた。


「……っ!!」

(誰でもいい……誰か見てくれる人を探さなきゃ……!)

 彼女は夜の町を走る。

 子供を抱えて。



 一体どのくらいの時間、走ったのだろうか。

 町の治癒師がいる場所はどこももうやっていないか、もしくは奴隷である獣人を診ることはないという一点張りだった。


 だがそんな中、町から少し外れた場所に、見たことのないような明るい光を放つ建物を見つけた。

 その建物には、大きくこう書かれていた。──『石山病院』と。


 それを見た彼女は、すがる思いで子供を抱えながら、その中へと入っていった。




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