世界の管理者は人間の幸福を追求する〜神様の人助け記録〜

水坂鍵

第1章:救済の始まり

Prologue:妄想と真実の始まり

(前書き)

 少し長めのプロローグとなります。本編の前日譚です。

 なお、次話からでも話は分かるかと思います。


─────────────────────



「さぁ、御形ごぎょうくん。今日も困っている人を助けに行きますよ!」

「ああ。そうだな」


 大病院の会議室で、大人数人が準備をする。

 根回しに根回しを重ね、検討に検討を重ね。

 彼ら彼女らは困っている者たちを救うために、その力の全てを捧げる。


 それが、最高神石山芹いしやませりであり、石山病院いしやまびょういんであった。




***




 とある高校に、せりという男子学生がいた。彼はクラスの学級委員長で、クラス全員をまとめる優等生だった。


「よし、今日の授業はこれで終わりだ。さて……」


 そんな彼は今、他者が目で見ることができるほどの苦悩を抱えていた。


「ん?どうしたんだ、せり。お前が悩むなんて」


 芹の親友である御形ごぎょうが芹に話しかけると、話しかけてくることが分かっていたようにせり御形ごぎょうに意識を向ける。



「あ、御形!いや、実は少し悩んでいてね……」

 芹は彼の悩みについて話し始めた。話し始めたと言ってもそれは一言に過ぎないのだが。


「何で、人って、生き返らないのだと思う?」

「……ん?」

「何故、ここまで文明が発達して尚、人を生き返らせられないのだろうか」

「……お、おう」


 「それはそういうものだから」。誰もがそう答えるであろう問いを、芹は熱心に検討する。

 その熱弁に、親友である御形ごぎょうでも一歩後ろに引いた。


「アプローチが悪いのか?これではいつまで経っても不幸な死を遂げた人間が報われないじゃないか!!この世界の研究者たちは一体何をやっているんだ!?」

 せりはわざとらしく声を荒げた。

 やや胡散臭いほどであったが、御形ごぎょうせりが本気であることを悟る。


「…………まぁ、色々あるんだろ。俺たち素人には分からんことが」

「確かに、それはそうなのかもしれない。だが現実問題、このままでは埒があかない」


 ここでせりは、極めて真剣な顔で御形ごぎょうを見つめた。


「だからね、僕は研究医になろうと思うんだ。全ての不幸な人間を救うために」

「……なるほど。まぁ、頑張るんだな」

「ただね……できれば直接救う臨床医にもなりたいんだけどね」

「いや、欲張り過ぎるなって……。そもそもお前はこれまでどれだけの人の手助けをしてきたと思ってるんだ?これ以上欲張る方がどうかしてるってもんだろ。お前はお前がやりたいように人を助ければ良いだろ」

「……御形!ああ、絶対にやってみせるさ!!」


 そして芹は、そのままの勢いで教室から去っていった。どこへ向かおうとしているのかは誰にも分からない。


(……人生き返らせる、ね……)


 まぁ、流石にいつかはそれが無理だと分かって諦めるだろう。求めること自体は悪いことじゃない。

 この時、御形ごぎょうは確かにそう思っていた。


(……人を生き返らせるなんて、流石に有り得ない。どんなに頑張っても、この世の摂理だけは変えられない)


 だが、御形はそれを芹には言わない。

 幼いときからの付き合いだからだろうか。

 彼に悪意がないことを知っているからだろうか。



 石山芹いしやませりと言う人間は、聖人だ。

 彼はどんな人間であっても、助けようとする。

 それが例え、罪を犯した人間だとしても。

 自分が救える人間は全て救ってきた。

 

 そして、彼には何があっても諦めない頑固さがある。彼は、自分が決めた目標を諦めたことが未だ一度もない。

 また、彼の頭脳はかなりのもので、小さな発明も、大掛かりな製作も、たくさん行ってきた。

 これも彼の頑固さが助けになっているのだろう。




 ……ただ、彼はであったが、同時にでもあった。


 彼の思考は、時に全く感情のないサイコパス、あるいは機械のように、合理主義を形にしたように狂うことがあった。

 それはこれはずっと近くにいる御形ごぎょうだけにしか分からないような、一瞬ぞっとする感覚だった。


「ふ……ありえないとは思っても、あいつなら何故かやってくれそうな気がするのは何でなんだろうな」

 御形ごぎょうはそう呟いた後、芹と同じように教室から出て行った。

 彼はどこか、楽しそうにしていた。

 


 ──だがその一年後、事態は急変した。




 ***




「────おいっ、しっかりしろ!………せり!!!!!」

「…………」


 御形ごぎょうは、全身から血を吹き出させ、今にも生き絶えそうなせりを見て、唖然とした。

 既にせりには意識がなく、半開きになった目が悲壮さを漂わせた。


「……くそがっ!……早く病院着かねえのか!!」


 救急車の中で、御形ごぎょうは歯を噛み砕くほどに硬く噛み締めた。


「……せり、お前はこんなことで終わって良いようなやつじゃねーだろ!!……クソッ」

 そして、御形は芹の状態を再確認する。


(……何でこうなる……誰よりも人のことを考えて……助けたやつが……)

 この時ほど、彼が運命というものに苛立ったことはないだろう。




 ──さて、時間は2時間ほど遡る。

 

 高校から2人で帰って来る途中のこと。

 せり御形ごぎょうはすぐ近くに住んでおり昔から仲が良く、かつ勉強も同じくらいできたため家に近い同じ高校に通っていた。

 その通学路で、ふとせりが反対側の歩道を見た。


「…………あ、そうだ、醤油ともやし買っていかないと」

「そうか、じゃあ俺も何か買って帰るか……って、一人暮らしとはいえ、またもやしだけで済まそうとすんなよ?」

「はは、分かっているよ。もやしは美味しいからね」

「わかってねぇだろ」

 こうして2人は、道の反対側のスーパーへと向かって行った。



─スーパーの店内─


「──さてと、じゃあこの辺で帰ろうかな」

「そうだな」

 野菜を揃え、そろそろ買い物を終えようとした、その時。


「キャァァ!!!!!!!!!!!!」

 どこからか、2人の耳に悲鳴ような叫び声が聞こえてきた。


御形ごぎょう、行ってみよう!」

「ん?あ、ああ……」


 せりは買い物かごをほったらかしにして、叫び声が聞こえた方へと駆けて行く。

 何かあると確認しにいくのが芹の癖だった。


「まじかよ……」

 そして、御形ごぎょうはその場所に着くなり呟いた。



「──オラァァァァ!!!とっとと店の金を出せやクソボケどもがぁぁぁ!!!俺らはこれからてめーら使ってたっぷりと身代金も貰う予定なんだよ!早くしやがれ!!」


 叫び声が聞こえた場所に行くと、銃を持った複数人が店員数人を人質に取り、レジ周辺に立て籠っていたのだ。

 銃を持った人間たちは、汚く、醜い声を撒き散らす。


「おい、逃げんじゃねーぞ!!ここから動いたやつは殺す!!!」

 そして周りにいる人間たちを武装した男たちが囲っていく。


 芹と御形は念のため大きな棚の後ろに隠れた。


「どうすれば……」

 芹は呟く。

「……おい、まさかと思うが、銃を持ったやつ相手に戦おうなんて思ってねえよな?」 

 その様子を見て、御形は不安になり芹に小声で尋ねる。


「……え?ま、まさかー……」

「おい……」

 芹の良くない部分が出ていると、御形は感じた。


(……でも、この状況少しまずいな……。相手はざっと20人ってところか?)


 御形は辺りを見回す。


(……相手が銃を持っている以上、下手すれば撃たれて即死だ。まぁ、それくらいなら何とかならなくはないかもしれないが………人質の命の保証は無くなってしまう。ここは素直に従うしかないか)


 御形ごぎょう単体であれば、武術の心得があるため良いところまではいくかもしれない。しかしそうなれば当然、他の人間の命の保障などなくなる。


「──御形、どうやら警察はもう動いてるらしい。『身代金を渡せばスーパーにいる人々を解放する』、と犯人は言っているようだ。それで今、警察の間でどうするか検討してるらしい。一気に突撃する案も出されているようだが、それだと人質の命が危ないから却下されてる」

「そうか…………………………………いや、何で知ってるんだ?お前もしかして」

「ん?何のことか分からないなーー」


(……堂々とハッキングしてんじゃねーよ)

 気付けば芹は自作のコンピュータをカタカタと操作していた。


「まぁ……良い。で、これからどうするんだ?」

「そうだね。とにかく犯人たちを刺激しないようにしないと……」


 芹と御形は、犯人を刺激せずに警察が動くのを待とうという決断をした。一般人である自分たちにできることなど、あまりなかったからだ。本来ならばそれが正しい。

 


 ────────のだが。



「………ん?待て、何か様子がおかしい」

 御形が、芹に注意を促す。

「あれは…………まずいな」


 2人の視線の先には、犯人グループのリーダーであろう男の前で、泣き出してしまった幼い子供と、中学生くらいと思われる(おそらく)その姉の姿があった。


「……あ゛?何だこのクソボケどもが!!!早くそのガキを黙せねぇか!!!」

「……は、はい!」


 少女は子供を泣き止まそうとする。

 だが、うまくいかない。

 子供にはこの場の空気が悪すぎた。



「───はぁ……俺はなぁ、ギャーギャー喚くガキが大嫌いなんだよ。だからよぉ……二度は言わねえぞ!!!!」

『バンッ』

「……っ!?」


 リーダーと思われる男が、銃を天井に向けて打った。

「───オラ!!!!どうせだったらお前ら全員泣きやがれ!!!!」

 そして男は、更に天井以外にも銃を乱射する。

 彼の動機は意味不明だった。


「オラァ!!お前ら!!お前らもやれ!!!」

 男の合図で、仲間も銃を乱射し始めた。

 それにより、辺りは悲鳴に包まれる。



 そんな中、その隙に先程の少女が子供を連れてその場から逃げようする。

「……!」

 しかし、そう上手くはいかない。いとも簡単に近くにいた男に気づかれ、再びその場に拘束されてしまった。


「はぁ……?なんだなんだ、お前。頭悪いのかぁ?俺らから逃げられるわけねーだろうがよ!!!!」

「あ゛がっ!?」


(………なっ!?)

 リーダーと思われる男は、なんと拘束されていた少女の腕を銃で撃った。少女の腕から鮮血が流れる。

 ここで泣き喚くことなく耐えた少女は、銃を持った男よりも遥かに理性に満ちていたと言える。


「……おいおい、これマジでまずい流れになってきたぞ……どうする芹…………ん?」


 御形は、悪化する事態をどう対処するか芹に意見を求めたのだが……


「おいせり!?」


 気づいた時には、せり御形ごぎょうの隣から消えていた。


「あ、あいつ!?」

 御形の視線の先には、少女の前に立ち塞がる芹の姿があった。


「あ゛?何だてめぇ?」

「……人を銃で撃つなんて、正気か?これ以上続けると言うのなら、容赦はしない!!」


 リーダーの男の前で、芹は言い放った。


「はぁ?」

 それを聞いて男は、しばらくポカンとした表情を浮かべた。

 だが、数秒後に当然というべきか突然嗤い始める。


「ハッハッハッ、あ─、そうかよ。じゃあお望み通り死にやがれ!!!!!」

「───ぐはっ!?」

 そして、男はそのまま芹を銃で撃った。


「芹!?」

 それを見て、御形は芹の元へと全速力で向かって行く。


「ぐばっ……ふふっ、ふふふ!残念だが、僕にだって考えくらいあるのだよ!!」

 せりは両手を振り上げた。


「?………っ!?」

「さぁ、ここから本番だ!!」


 その瞬間、辺りは『闇』に包まれた。


「……さて……取り敢えず」

「…………っ!?………ぐ!?」


 せりは、特製の黒い煙幕によって、この場にいる全員の視界を遮ると、そのままリーダーの男へと拳を打ち込んだ。

 今彼の手には、殴った時にかなりのダメージを与えられる装備が施されている。彼特製である。


 なお、彼は眼鏡を付けているのだが、これも視界が悪くとも良く見えるように改造されたものだった。


「……ふう!!!」

 芹は、リーダーの男の急所を狙う。


「あ゛がぁぁ!!!?!!!?…………」

 それにより、男は倒れ込む。

 気絶したようだった。


 そして、煙幕が少しずつ晴れてくる。


「……よし、後は……。『ピーーーーー!!!!』」


 そのタイミングで芹は、懐に忍ばせておいた笛を鳴らした。

 すると急に外から足音が聞こえてくる。


「な、なんだ……!?」

 犯人たちは、「ようやく視界が戻ったと思ったら今度はなんだ」、とさらに動揺する。

 しかしもう遅い。



「───警察だ!!!!大人しく武器を捨てて投降しなさい!!!」




***




 せりの企みが成功し、非常に良いタイミングで警察が突入した。

 それにより、犯人たちは全員拘束されたのである。



「やれやれ、危ないところだった。……うっ」

 せりは、少しふらふらしながら御形ごぎょうに近づいた。


「お前、何やってんだ!!口から血、吐いてんじゃねーか」

「仕方ないだろ、あのままじゃ人が死ぬところだったんだからな」

「だからってな、お前が死んだら本末転倒だろうが……」

「あはは、ごめんごめん。でも、急所は外れてるから大丈夫だよ。多分」

「多分って……」


 芹の体の一部から赤黒い血が流れ出ていたのだが、本人はそれほど気にしていないようだった。

 ただ彼は本当に気にしていないようで、御形ごぎょうは少し怖かった。



「あ、あの……ありがとうございました!!……て、えっ!?大丈夫ですか!?」

 そして、2人が話していると後ろから先程の少女が子供を抱えて走ってきた。

 少女は血まみれになっている芹を見て明らかに動揺する。


「あー、別に良いですよ。僕は大丈夫なのでお気になさらず。人助けは趣味ですから」

 せりは、少し口に血のあとを残しながらも微笑む。見る人が見たら悪魔のようにも見える。


「で、でも!!早く救急車を!?」

「はは、本当に大丈夫ですよ。僕は、大抵のことは気合で何とかなると思っているので。この程度の傷、大したことじゃありません」

「いや、本当に大丈夫なんですか!?」

「ははは」

「ははは、じゃねーよ……」


 3人は、早くも打ち解けていた──が、そんな中の出来事だった。


「っ!!!どけやっ!!!!!!」

「……!?こ、こら、お前!?」


 犯人グループの1人が、警察を振り払って3人の方へ走ってきたのだ。


「くそがぁ!!!てめぇらのせいで、こっちは台無しなんだ!!」


『バンッ』!!!!!!!!

 犯人は、最後の抵抗とばかりに、隠し持っていた銃を放った。

 その弾丸は、真っ直ぐ少女の方へと向かって行く。

 ──だが。


「えっ………?」

「ぐ…………あ゛あ゛あ゛!!!」


 その弾丸を受けたのは、少女ではなくせりだった。彼はぎりぎりで少女を庇ったのである。

 当然と言うべきか、それにより、芹はちょうど心臓のあたりに弾丸を受け取った。当然のように体からは血が吹き出した。


「あ゛あ゛!!!!」

 しかしせりは、血が噴き出し、頭が回らなくなるのを無視し、男へ手持ちのカッターを投げつけた。

「……っ!?痛!!」

 そのカッターは男の手に刺さり、男は銃を落とす。


「……くそが!!」

 その隙に、御形ごぎょうは得意の体術で男の動きを止めた。それが数秒を稼ぐことになり、再び警察は男を拘束した。




***




「───い────おい─────しっかりしろ!」



 どこかから声が聞こえる。

 目が見えない。


 なんだ?

 何がどうなったんだ?


 ────ん?


 何か光のようなものが上の方へと伸びている。

 それはとても優しく、しかしどこかを感じるような光だ。


 ああ、なるほど。これが、そうなのか。

 これが──私の




***




「くそが……早く病院着かねえのか」


 御形は、救急車の中でそう嘆いた。

 唯一と言っても良い親友が死にそうになっているのだ。誰だって焦るだろう。


「──これ……は……」

 しかし救急車の中で、救急救命士がボソッと呟く。ベテランである彼は、せりがこのままでは死ぬことを、経験上悟ってしまった。


「……せり、お前はこんなことで終わって良いようなやつじゃねーだろ!!……クソッ」

 御形は必死に、芹に語りかける。

 芹は既に意識を失っていた。


 ……だがこれが、『全て』の始まりだったのである。






「──くそが!!おいせ」


「……なるほど」

 せりは、目を開けて、そう言った。


「り……?」


「少なくとも、死後の世界は──」



「……おい……お前……?」


 彼はほんの一瞬だけ、「」という言葉をこの世に放ちそうになった。

 喋ったのは、間違いなくせりだった。しかし、思えばそれは御形がと表現したもの、そのものだった。



「ああ、御形ごぎょう!!ついにやりましたよ!!はこれによってたくさんの人を救えるのかもしれません!!」


 芹は御形に向かって笑顔で語りかける。そしてその瞳は、何故かいた。


「君、意識が戻ったのか!?信じられない!あっ、もうすぐ病院だから安心──」

「──いえ、もう大丈夫です」

「なっ……!?君、安静にしていないと!!」


 せりは、救急車のベッドから起き上がる。それを見て、救急救命士は慌てて止めようとした。


「ああ、すみません。でも、もう本当に大丈夫なんですよ。なぜなら私は────」

「病院に到着しました!!直ちに患者を運んでください!!」

「……おや」


 芹が言い終わるより先に、芹を乗せた救急車は、病院へと到着した。

 血を垂れ流す芹を見て医療従事者たちは焦ったものだが、その後病院で検査を受けた芹は、たった1日入院したのち、日常へと戻ることになる。


 この日こそが、彼にとってすべての始まりであり、妄想という幻想が真実になった日である。

 すべての救済は、ここから始まった。

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