第12話:黒幕の独白!レティシアを巡る真の思惑

「ふむ……この魔力反応は、やはりレティシア様のものか」


学園の地下深く、厳重に封印された書庫の一室。そこは、普段は誰も立ち入ることを許されない、古びた魔導書と禁書が眠る場所だ。その部屋の奥で、天才魔術師アリスは静かに魔力探知の魔法を発動させていた。彼の隣には、腕を組み、固い表情を浮かべる騎士団長レオナルドと、憂いを帯びた瞳で沈黙を守る生徒会長セドリックが控えている。三人の表情は、いつになく真剣で、重苦しい空気が漂っていた。


「やはり、彼女の魔力は、日に日に強くなっているようですね。このままでは……」


セドリックが、不安げな表情で呟いた。彼の言葉は、部屋に満ちる魔力探知の波動に混じり、震えているかのようだった。


「ああ。聖女として覚醒する速度が、我々の想定を遥かに超えている。このままでは、彼女自身の身体が、その強大な魔力に耐えきれなくなり、暴走する危険がある」


レオナルドが、固い声で同意する。彼の拳は、ぎゅっと握り締められていた。


レオナルドの脳裏には、初めてレティシアの魔力暴走を目の当たりにした時の光景が鮮明に蘇っていた。あれは、彼女が聖女修行を始めたばかりの頃だ。ほんの小さな光魔法を唱えようとしただけで、周囲の空間を歪ませ、近くにあった調度品が次々に粉々に砕け散った。あの時の彼女は、恐怖に顔を歪ませていたが、その魔力の輝きは、あまりにも純粋で、そして何よりも美しかった。


「(……なぜ、あの時、俺の身体が真っ先に動いたのか……。彼女の全てを、守りたいと、あの時、確かにそう思った)」


アリスは、魔力探知の魔法を解くと、静かに目を開いた。彼の瞳には、深い知性と、そして隠しきれない動揺の色が混じっていた。


「(彼女の魔力は、確かに美しい。だが、あまりにも無垢すぎる。このままでは、彼女は、この世界の闇に利用されてしまう。あの純粋な輝きが、穢されてしまうなど、断じて許容できない)」


アリスは、レティシアの魔力に触れた時の感覚を思い出していた。あの時、彼の指先から伝わってきたのは、純粋な光の魔力だった。その強大さに、彼は科学者としての探求心を刺激された。しかし、それ以上に、その無垢な魔力が、危険な世界に晒されることへの、言いようのない焦りを感じたのだ。


「(レティシア様は、この世界の希望だ。だが、その希望が、絶望に変わる前に、わたくしたちが手を差し伸べなければならない。彼女の笑顔を、永遠に守りたい……)」


セドリックは、レティシアの笑顔を思い浮かべていた。彼女の笑顔は、学園の生徒たちを、そして教師たちをも魅了する。だが、その笑顔の裏に隠された、彼女自身の苦悩に気づいているのは、彼ら三人だけだった。悪役令嬢として生きる運命に囚われていると信じ込んでいる彼女の、ひたむきな努力と、時に見せる寂しげな表情。それら全てが、セドリックの心を深く締め付けていた。


「彼女は、自分を『悪役令嬢』だと思い込んでいる。そして、我々を『破滅フラグを立てるための監視者』だと」


アリスが、静かに告げた。その言葉に、レオナルドとセドリックは、苦い顔をした。その勘違いが、時にコミカルで、時にいじらしく、そして、彼らの心を強く惹きつけてやまないのだ。


「まさか、ここまで思い込みが激しいとは……。我々が、彼女の魔力暴走を阻止し、聖女として正しく導こうとしているだけだというのに。彼女の努力は、私たちを、そして世界を救うためにあるのだと、どうして気づいてくれないのだ」


レオナルドが、深くため息をついた。あの純粋な輝きが、誤解と恐怖に囚われている現状に、彼は心を痛めていた。


「ええ。彼女は、我々の親切を全て『罠』だと解釈していますからね。バレンタインのクッキーも、感謝の気持ちだと伝えたのに、毒味済みだと強調されてしまいました。どれほど彼女の心を解き放ちたいと願ったことか……」


セドリックが、自嘲気味に笑う。あの時、レティシアが差し出したクッキーは、確かに美味しかった。だが、彼女の「毒味済み」という言葉に、彼らは複雑な気持ちになったのだ。彼女が、自分たちの純粋な好意を、一切受け取ってくれないことへの、やるせない思いが募っていた。


「彼女は、自分を『悪役令嬢』として、破滅を回避しようと必死になっている。その結果、聖女としての才能を、驚くべき速度で開花させている。これは、我々が彼女を守るために、最も危険な状況でもある」


アリスが、冷静に分析する。レティシアの能力の覚醒は、喜ばしいことであると同時に、彼女自身がその強大な魔力に耐えきれなくなるリスクを伴う。


「皮肉なものですね。我々が彼女を『守ろう』とすればするほど、彼女は『破滅フラグを回避しよう』と努力し、結果的に聖女としての能力を高めている。まるで、我々の行動が、彼女を追い詰めているかのようだ」


セドリックが、自嘲気味に笑った。その言葉には、レティシアへの愛情と、そして自分たちの無力さへの諦めが混じっていた。


「だが、このままでは、彼女の魔力は、やがて彼女自身をも飲み込んでしまうだろう。我々は、彼女の魔力暴走を、何としても阻止しなければならない。そして、彼女に、真の聖女としての道を歩ませるのだ」


レオナルドが、固い決意を込めて言った。彼の瞳には、レティシアへの深い想いと、未来への強い覚悟が宿っていた。


「ええ。そのためには、彼女の『悪役令嬢』という思い込みを、解いてやる必要がある。彼女が、自分はもう破滅に怯える必要などないのだと、心から理解させるために」


アリスが、静かに頷いた。彼らの目的は、彼女を救うこと。それだけだった。


「しかし、どうすれば……。我々が真実を伝えようとしても、彼女は『罠だ』としか思わないでしょう。これまで、どれだけ言葉を尽くしても、無駄だったのですから」


セドリックが、困惑した表情で呟く。彼らの努力は、全てレティシアによって「監視」や「罠」として解釈されてきた。その事実は、彼らの心を深く傷つけていた。


「……彼女に、真実を理解させるには、ある程度の『衝撃』が必要だろう。彼女の頑なな心を、揺さぶるような、決定的な出来事が」


レオナルドが、静かに言った。彼の瞳には、何かを決意したような、強い光が宿っていた。それは、レティシアのためなら、どんな困難も乗り越えるという、彼らの揺るぎない覚悟の表れだった。


「そして、その『衝撃』を与えるのは、我々だけでは、難しい。彼女の心に、直接語りかけるような存在……」


アリスが、レオナルドの言葉を引き継ぐように呟いた。彼の視線は、書庫の奥、古びた地図の一点に向けられている。


「ええ。もうすぐ、学園に転入してくる『あの人物』の出番です。彼女こそが、レティシア様の心の鍵を握る存在となるでしょう」


セドリックが、意味深な笑みを浮かべた。彼の顔には、一筋の光明が差したかのようだった。その「あの人物」とは、本来の乙女ゲームのヒロイン、セリアのこと。彼女の存在が、レティシアの破滅回避の鍵となるだけでなく、イケメンたちの計画の最終ピースとなるのだ。


三人のイケメンたちは、レティシアの「悪役令嬢」という思い込みを解き、彼女の魔力暴走を阻止するために、密かに、そして周到に計画を進めていた。彼らの真の目的は、レティシアを破滅させることではなく、彼女を守り、真の聖女として覚醒させることだったのだ。彼らの心には、レティシアへの深い愛と、彼女を救いたいという切なる願いが満ちていた。


「(レティシア様。貴女は、この世界の希望なのだから……どうか、我々の想いに、気づいてほしい)」


彼らの視線は、学園のどこかで、今日も元気に「破滅フラグ回避」に奔走しているレティシアへと向けられていた。彼らの計画が、いよいよ動き出そうとしていた。

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