転生悪役令嬢ですが、これは恋じゃなくて破滅フラグですわ!

五平

第1話:悪役令嬢、覚醒!破滅回避は聖女への道から

「はぁ……はぁ……もう、無理……!」


ぜえぜえと肩で息をしながら、私はよろめいた。目の前には、見慣れない庭園が広がっている。色とりどりの花が咲き乱れ、噴水の水がキラキラと輝く。どこをどう見ても、私の知っているアパートのベランダではない。


そして、私の手足は、やけに細くて長い。白いフリルがたっぷりついた豪華なドレスを身につけ、足元にはヒール。鏡に映った自分の顔は、金色の巻き毛に青い瞳、そして、いかにも高飛車そうなツンとした表情。


「……これ、まさか」


私は、がく然とした。この顔、このドレス、この庭園。全てに見覚えがある。それは、私が前世で熱中していた乙女ゲーム『光と闇の聖女』の世界だった。そして、この姿は――。


「悪役令嬢、レティシア・ローズウッドじゃないのぉおおお!?」


思わず叫んだ。ゲームのヒロインをいじめ抜き、最終的には断罪され、破滅する運命の悪役令嬢。しかも、その断罪シーンは、ゲーム開始からわずか一年後という超スピード破滅ルートだ。


「嘘でしょ!? 私、昨日まで普通の女子大生だったのに! 徹夜でレポート書いて、ちょっと寝落ちしただけなのに、なんで悪役令嬢!?」


頭を抱える。ゲームの知識は豊富にある。どのイベントで、どんな選択肢を選べば、誰がどう破滅するか、全て把握している。しかし、私が転生したのは、その破滅ルートの真っ只中、ゲーム開始直後だった。


「このままじゃ、一年後には私、断罪されてしまう……! 国外追放か、最悪、死刑ルート!? いやあああ!」


震えが止まらない。どうすればこの破滅を回避できるのか。ゲームの記憶を必死にたどる。悪役令嬢レティシアの破滅ルートは、ヒロインをいじめることによって加速する。ならば、ヒロインに関わらなければいい? いや、それだけでは足りない。


そうだ、『光と闇の聖女』は、聖女候補生たちが魔物と戦い、学園生活を送るファンタジー学園ゲーム。ヒロインのセリアは、心優しく、誰からも慕われる平民出身の少女。対する私は、公爵令嬢として彼女をいびり倒し、陰湿な嫌がらせの限りを尽くす。そして、その所業が騎士団長や魔術師、生徒会長といった攻略対象の逆鱗に触れ、一年後の卒業パーティーで公開断罪される、という流れだった。


確か、ゲームには隠しルートがあったはずだ。それは、レティシアが悪役令嬢ではなく、「聖女」を目指すルート。聖女になれば、断罪どころか、むしろ崇められる存在になる。


「これだわ! 聖女よ! 私、聖女になる! この破滅フラグ、斬って差し上げますわ!」


私は決意した。破滅を回避し、平穏な第二の人生を送るため、最強の聖女を目指す! 恋愛? そんなフラグは立てている場合じゃない。聖女への道に、恋愛など不要!


その日から、私の聖女修行が始まった。


「はぁ、はぁ……あと、もう一周……!」


貴族令嬢にあるまじき姿で、私は庭園を走り回る。ドレスは邪魔なので、動きやすい簡素な服に着替えた。使用人たちは「お嬢様が急にお転婆になられた」と困惑顔だ。


「(ゲームでは、聖女は体力も必要って書いてあったわ! 魔力だけでなく、身体能力も鍛えなければ!)」


息を切らしながらも、私の脳内では“悪役令嬢マニュアル”がフル稼働している。


【警告!この地味な努力こそ、破滅フラグを折る唯一の道です!】

【ゲーム『光と闇の聖女』隠しルート「聖女の試練」開始!】


体力作りの次は、魔力訓練だ。誰もいない自室にこもり、ひたすら魔力を練る。手のひらから小さな光の玉を生み出すだけでも一苦労だ。


「うおおおおお! もっと、もっと光よ!」


集中しすぎたのか、魔力が暴走し、手のひらから放たれた光の玉が壁に激突。ドォン!という音と共に、壁の一部が焦げ付いた。


「ひぃっ!?」


私は飛び上がった。焦げ付いた壁を見て、青ざめる。


「(やばい! これも破滅フラグに繋がるのかしら……! 悪役令嬢が部屋を破壊したって、噂になったらどうしよう!? 反省文案件よ……!)」


慌てて魔法で焦げ跡を隠そうとするが、慣れない魔力操作ではうまくいかない。その焦りから、さらに魔力が暴走。焦げ跡どころか、壁にヒビが走り、小さな穴が空いてしまった。


「あああああ! 破滅ですわ! このままでは、悪役令嬢の暴挙として陛下に報告されてしまう!」


絶望に顔を覆う。これでは聖女になるどころか、自ら破滅を早めているではないか。頭を抱え、床にへたり込む私のもとに、たまたま通りかかった執事のセバスチャンが慌てて駆け寄ってきた。


「レティシアお嬢様!? 一体何がございました!?」


セバスチャンは焦げ付いた壁の穴を見て、目を丸くする。私は顔を上げ、涙目で訴えた。


「セバスチャン! これが、これが私の魔力訓練の成果よ! もう少しで壁をぶち破るところだったわ!」


まさかのレティシアの言葉に、セバスチャンはポカンとする。しかし、すぐに彼は顔を輝かせた。


「お、お嬢様が、ここまで魔力訓練に熱心でいらっしゃるとは……! そして、これほどの威力の魔力を操れるようになられたとは……! これは、まさしく聖女の器であらせられます!」


「え……?」


私の言葉を真に受けたセバスチャンは、感動のあまり膝をついた。


「お見事です、レティシアお嬢様! 壁の修繕はこちらで手配いたしますので、お嬢様はどうか、その素晴らしい才能をさらに磨かれることに集中なされてください!」


「(な、なんですって!? 失敗したのに褒められた!? これって、まさか……破滅フラグの新たな解釈!?)」


私は混乱した。ゲーム知識では、悪役令嬢の失態は全てマイナスに働くはずだった。なのに、まさか壁を壊したことがプラスに転じるとは。私の脳内にある“悪役令嬢マニュアル”に、新たな項目が上書きされていく。


【新法則発見!悪役令嬢の暴走は、解釈次第で『規格外の才能』フラグに転換可能!】

【ただし、使い方には要注意!】


座学も怠らない。聖女に必要な歴史や教養、神学について書かれた分厚い本を読み漁る。眠気と戦いながら、必死に知識を頭に叩き込む。


「(聖女は知識も必要! 無知な悪役令嬢なんて、破滅一直線よ!)」


ある日、あまりの眠気にうとうとしていた時、不意に肩をポンと叩かれた。ハッと顔を上げると、そこには家庭教師の先生が立っていた。


「レティシア様、少しお疲れのようですね。無理はなさらないでください」


優しい声に、私は内心で飛び上がった。


「(見張られてる……! 怠惰な悪役令嬢のレッテルを貼られるところだったわ!)」


私は「いえ! 大丈夫です!」と勢いよく立ち上がり、再び本に目を落とした。先生は苦笑していたが、私はそんなことには気づかない。


こうして、私の聖女修行は、破滅フラグを回避するための、必死で、そしてどこかズレた日々として幕を開けたのだった。


脳内会議の結論:「この地味な努力こそ、破滅フラグを折る唯一の道! 私は絶対に、破滅しないんだから!」

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