2.婚活悪女タカノゾミ-ナ現る

 パチパチパチパチ。


 結婚式の会場に拍手が鳴り響く。

 純白のドレスに身を包んだ友人が、新郎と腕を組みながらゆっくりとバージンロードを歩いていく。


 私はその光景を見ながら、手を叩いていた。

 それはもう人生で一番大きな拍手だったと思う。

 何しろ祝福と焦りと羨望と絶望が全部まぜこぜになった感情を、全力をもって手のひらに込めたのだから。


(うわー、結婚だよ。結婚。ほんとにしちゃうんだ)


 見ているだけで涙が出そうになるのは感動したから、というのもあるが。

 主に私だけ取り残されている感に起因している気がしてならない。


 私の名前は花ヶ崎みゆり。34歳。独身。魔法少女。

 そして友人たちは次々と普通の幸せを手にいれていく。

 まるでこの式場全体が「あなたもそろそろどうですか?」と問いかけてくるようだ。


(いや、そんなすぐには無理でしょ!)


 心の中で誰かにツッコミながら、グラスのシャンパンを煽る。

 すると隣の席の別の友人、すでに既婚者の勝田久美がふと話しかけてきた。


「すごいよねえ。あの子、すごく綺麗」


「うん。高校からの友達だけど、まさか先に行かれるとは……」


「そういうみゆりは最近どうなの?」


「え、私? まあ、マッチングアプリで年下の子と出会ったくらいかなぁ」


 そう言うと、久美はグイっと食い気味に聞いてきた。


「え、マジ⁉ それどんな人? 名前は? 写真見せてよ!」


「ちょ、ちょっと今結婚式中! あ、そんなこと言ってる内にブーケが!」


 くるくると飛んでくる花束が私の方に落ちてくる。

 それを空中でキャッチ、できたと思ったら後ろの方に飛んで行ってしまった。


 パシッと受け取ったのは後ろにいたメガネの女性。

 ワーッと歓声が上がるが、なんだか本人はうれしくなさそうなような。


「望! よかったぁ、受け取ったのがあなたで!」


 花嫁姿の友人が喜んでいる。

 友人の友人。

 私の知らない人だけど、どうやら仕事関係のようだ。


「……ありがとうございます」


 にこっと笑うその顔は理知的でとても素敵な人だな、と思った。

 そして盛り上がる式場で、かすかに舌打ちの音が聞こえてきた。


 




「みゆりさん。みゆりさん!」


 呼ばれてハッとする。

 私の家のパソコン机。


 そこに座っているアキラくん似の彼、荒木晃一こういち君が私の方をじっと見ていた。


「ここの部分どうするのか聞いてるんですけど」


「あ、ごめんね。ちょっとブーケの亡霊に引っ張られてた……」


「なんですかそれ? 現実に戻ってきてください」


 現実の私は34歳独身、じゃなくてディスプレイにこの間の戦闘シーンが映っている。

 火を噴く怪獣、そこへ飛び込んでいく私、爆発のエフェクト。

 ド派手な必殺技の直前で一時停止されている。


「で、ここ。『ミラクルラブビーム!』って叫ぶとこ、字幕どう入れます? ルビ振ります? ハート記号入れます? フォント爆発させます?」


「全部盛りで!」


「でしょうね」


 晃一くんは苦笑いしつつも、器用な手つきで編集を進めていく。

 魔法少女活動の合間に始めたYouTubeチャンネル。

 そしていつの間にか、戦闘記録を一緒に編集してくれる相棒ができていた。


「ほんと君がいてくれて助かるよ。今まで自撮りで頑張ってたから、動画がブレッブレでさあ」


「はぁ。それでよく登録者1000人行けましたね……」


 私の部屋に響く軽快なキーボードの音。

 晃一くんはプロじゃないけど、魔法少女オタクの熱意と動画編集へのこだわりは人並み以上だ。


「ところで、なんでそんなに魔法少女の事が好きなの?」


「いや、それは、その……」


 彼は急に口ごもる。


「ははーん。さては私の美貌に惹かれたな」


「いえ、そういうわけではないです」


「またまたー。そんなに照れなくてもいいんだよ?」


「ほんとにそういうわけでは無いので」


 はっきり断言するな。それはそれで傷つくから。


「じゃあ、なんで?」


「それは……。とにかく、これで動画アップしますよ! いいですね?」


 私が頷くと、晃一君は赤い投稿ボタンを押した。

 動画のクオリティは良くなっている。あとは反応を待つだけだ。




 と、突然ピロリンとスマホが鳴った。

 画面には「結婚式場にてトラブル発生。魔力反応確認」の文字。


「事件だ! 行くよ晃一君!」


「え、今動画投稿したばっかなのに!」


「魔法少女に暇はないの! 早くカメラの準備して!」


 私は上着を脱いで、魔法少女コスチュームに変身する。


「チェンジ! ミラクルラブハート‼」


 魔法少女になった私はハートの杖を掴み、バタバタと玄関に急いだ。


「あの、ずっと聞きたかったんですけどいつも上着の下にコスチューム着てるんですか⁉」


「そうだよ。だって着替えるの面倒でしょ」


「それって、夏場とかどうしてるんです?」


「公衆トイレとかで着替えてる。そんなことより早く!」


 晃一君を抱えて玄関を出て、一気に空を飛んで目的地へ。

 現場の華やかなはずの式場は、まるで冷房が壊れたように空気が重く張り詰めていた。


「きゃあああああああっ!」


 新婦の叫びが響き渡る。

 そして黒いドレスのような影が舞い降り、祭壇の前に立ちはだかった。


 その姿は花嫁を模したかのような、ねじれた純白のレースと血のように真っ赤な薔薇。

 頭にはティアラの代わりに禍々しい角の飾り。全身が緑色をした凶悪な魔物。


「結婚なんてくだらない。どうせその愛もいつかは冷めるのに……」


 取っ手がブーケの形をしたトゲトゲの鞭をパシンパシンと地面に打ち付け、口元に不敵な笑みを浮かべている。

 式場の空気は一変し、誰もが凍りついたように動けなくなる。


「ふふふ。幸せそうな女を見ると、つい壊したくなっちゃうのよねぇ!」


 彼女が花嫁のもとへ飛びかかるその直前。

 ステンドグラスを突き破り、キラキラの魔法エフェクトをまとって颯爽と登場する。


「そこまでよ! 魔法少女ミラクルラブハート、参上!」


「魔法少女? いい年してそんな痛々しい格好をして恥ずかしくないの?」


「あなたに言われたくないよ! って、その声はもしかして」


「許せない。許せないわ……。他人の幸せが許せないいいいいいい!」


 婚活悪女タカノゾミーナ。

 結婚式場で私の後ろにいたメガネの女の人。

 彼女もまた、魔物に心を蝕まれてしまったのだ。


「望さん、どうして……? 元に戻してあげなきゃ! 晃一くん、カメラ録れてる?」


「は、はいっ! バッチリです!」


 彼は会場の後方から、震えながら三脚を構えていた。


「愛なんてくだらない。結局人間はすぐに裏切るの。だから、私が壊す!」


 タカノゾミーナの怒号と共に、黒い花弁が舞う。

 その中心から、無数のトゲ付きブーケが弾丸のように飛んできた。


「ミラクルラブシールド‼︎」


 私はステッキを振って、ピンク色のハート型バリアを展開。

 ガラスのような音を立てて、ブーケの雨をはじき返す。


「今度はこっちの番だよ! ミラクルラブビーム‼︎」


 ステッキの先から放たれる、ピンク色のハートビーム。

 直撃したタカノゾミーナは地面にバウンドして転がる。

 がしかし、まだ浄化されていない。


「ふん、ただの痛い女じゃなかったってことね……」


「チクチク言葉はやめて! 望さん、一体何があったの⁉」


「あれは、一年前の事だった……」


 突如語られるタカノゾミーナの過去。

 彼女の身にいったい何があったというのか。


「29歳の誕生日の事。大学生のころから付き合っていた彼が、私を捨てたの。他に好きな人ができたといって、10年間付き合っていたこの私を……!」


 想像していた5割り増しくらい悲しき過去だった。


「それは、うん、かわいそうだけど……。だからって他人の幸せを壊していいわけない!」


「それから私は必死に婚活したわ! なのに私より年収の高い男がいない! 彼より魅力的な男がいないのよぉ!」


 悲痛な叫びがこだまする。

 彼女もまたこの婚活時代によって悪に染められてしまった、哀れな犠牲者なのだ。


「タカノゾミ-ナ……いや、望さん。あなたの心、私が救って見せる! 晃一くん、ズームお願い!」


「りょ、了解ですっ!」


 タカノゾミーナの身体が急激に変化する。

 黒いドレスは花弁のように舞い、巨大なツタと棘が体を覆ってゆく。


「くらえ! マリッジ・フラストレーション・ノヴァ!」


 積もりに積もった結婚への焦りと怒りが魔力に変わって爆発。

 邪な念が強力な悲しみエネルギーとなって、こちらに向かって降り注ぐ。

 私は、それを全力で受け止めた。


「……誰だって不安になるよね」


「何⁉」


「誰かに選ばれないことが怖くて、比べられるのが怖くて、理想ばっかり追いかけて。でも、それじゃ自分がかわいそうでしょ?」


「黙れぇ!」


 ハートステッキの先に光の花が咲くように魔力が集まり、私の最強浄化技を放つ。


「もう他人の不幸を望むのはやめて、自分が幸せになることを見つめて! 届けこの愛、ミラクルラブ・ハートブレイク!」


 ピンクと白の光が敵を優しく包み込み、魔力の暴走を鎮めながら心の闇を粉々に砕く。

 タカノゾミーナの高すぎる理想と拗らせた心を真正面から抱きしめ、魔法少女の愛と優しさで抱擁する、限界突破の必殺技である。


「30歳までに、結婚したかった……。ぎゃああああああああ!」


 タカノゾミ-ナの体が爆発。ばったりとその場に倒れ伏す。

 戦闘終了を見て、晃一君が駆け寄ってきた。


「やりましたね、みゆりさん! ……みゆりさん?」


 私は倒れた彼女の元へ行き、その頭にそっと手で触れた。


「望さん、あなたはたとえ傷つけられても誰かを恨んで終わるような人じゃない。その証拠にあなたは前の結婚式の日、花嫁さんのことをちゃんと見てたでしょ?」


「……」


「本当は心のどこかで祝福していた。だからあのブーケを無意識に受け取ったんだよね」


 その言葉に、彼女の魔物の仮面がわずかにひび割れる。


「もう一人で泣かなくていい。私も34歳独身で、婚活10連敗中で、将来不安で焦ってて……。でも、それでもあきらめないで愛を信じてる」


 ゆっくりと、私は彼女の頭をなでた。


「一緒に帰ろう。望さん」


「……っ! う、うううううぅぅぅぅぅぅ!」


 その瞬間、黒い花弁がパアッと散りツタが消えていく。

 タカノゾミーナの姿も消え、代わりに一人の女性が静かに床に崩れる。

 そしてトゲトゲのムチがあの日のブーケに戻り、ぽとりと地面に落ちた。












「なんだか、切ない話でしたね」


 晃一君がパソコンのモニターとにらめっこしながらぽつりとつぶやいた。

 あれから望さんは警察に引き渡され、魔力の影響による精神状態の回復を待って、更生プログラムに入るらしい。

 私はというと、晃一君と一緒にあの戦いの動画編集に追われていた。


「でもほら、最後は人間に戻れたし。あの花嫁ブーケ、まだ持ってたの素敵だったよね」


「え、素敵ですか?」


「だってそれが本当の望みだったんでしょ? だったらさ、きっと望さんはもう一度やり直せる。そう思うんだ」


「はぁ。だといいんすけどねぇ……」


 晃一君は半信半疑でマグカップのコーヒーをすすった。

 みんな誰かに選ばれたくて、愛されたくて、でもうまくいかなくて。

 それでちょっとだけ、道を間違えちゃう。


「でも魔法少女みゆりは、そんな人たちの心も救ってみせる!」


「お、良いですねそのキャッチコピー。動画のサムネに入れましょうか?」


「それだ! いいね晃一君! よっ、敏腕編集者! 魔法少女のイスの人!」


「なんすかそれ……」


 彼が肩をすくめて笑う。

 私は画面の中の自分を見つめる。


 34歳、独身、現役魔法少女。

 それが私だ。


 また誰かの心の闇が魔物になって現れた時、私のラブハートで撃ち抜いてやるんだから!



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