一蹴

第1話『仮面の男、異世界にとぶ』


 今日も、俺は俺のエゴで、血と泥にまみれ続ける。

 たとえこの身が業火に焼かれようとも、もう迷わない。





 ———とある廃工場。


 錆びついた鉄骨と崩れたコンクリートの隙間から、熱風が吹き抜け、被っていたフードが外れた。


 刺々とげとげしい黒の仮面マスク強化外骨格パワードスーツを身にまとい、その上にボロボロのコートを羽織はおった男——『仮面の襲撃者マスクドレイダー』こと、『真雲零マクモ レイ』は、十数という戦闘員の屍を踏み越え、佇んでいた。


 地面には血が広がり、足には脳漿のうしょうがべっとりとこびりついている。


「チッ、雑魚共めが。この程度の数で俺をどうにかできるとでも思ったのか?」


「見事なり…マスクドレイダー…」


 真雲の視線の先には、蜘蛛モチーフのマスクをした怪人がコンクリートの壁にもたれていた。

 右足が半分に潰れ、膝から金属製の義骨がむき出しになっている。

 えぐられた腹部もショートした部品が飛び出し、バチバチと火花を散らしていた。


「なんだ、まだ生きてんのかよ。しぶといなお前、ゴキブリ怪人に改名したらどうだ」


「………ゴフッ」


 それでも蜘蛛怪人は痛みを一切感じさせず、赤い眼光で真雲を睨みつける。


「やはり切り捨てるには惜しい……お前は最高傑作……最強の……怪人だ……」


 弱々しい声でありながらも真雲に敬意を表し、言葉を続ける。


「だが……我々は裏切り者を許さない…キサマの戦いは、まだ……始まったばかり——」


「じゃあ、いつ終わんだ?」


 真雲が、食い気味に割り込む。


「……へ?」


「だーかーらー」


 声のトーンからして明らかにイライラしていた。


「いつになったら終わるつってんだよッ!!」


「ちょっ、ちょっと、ま——」


「てめェら一度俺に組織ごと潰されてんのに、うじみたいに湧いてきやがって、しつけぇんだよ!何が再建だ、何が復讐だ!毎週ッ、毎週ッ、訳の分からんクソ怪人けしかけて来んのやめろあれ! オマエらアレだろ? 俺が暇だとでも思ってんだろ?」


「いや、そんなことは………わ、我々には崇高なる——」


「はいはい、いつもの『世界救済』だろ?もう聞き飽きてんだよ、今どきの特撮番組でも、もっとマシな設定考えるわっ!!」


「せ、せってい………」


「そんなしょーもない目的のせいで俺の人生めちゃくちゃしたのお前ら自覚してんのか?こっちは、ガキのおもちゃみたいな変身ベルト体に埋め込まれた挙句、1年間も組織の犬として働かされたんだぞ!?しかも無給ッ!! やっと洗脳が解けたと思ったら、通ってた大学は単位足りなくて退学、LI◯E確認してもお袋以外誰からもメッセージきてねぇ、家賃滞納で住んでたアパートも追い出されて、怪人倒しても『仲間だろ』って通報されるし、さっきだってバイトの面接中だったのに、お前らが絡んできたせいでクビ確定だ!なぁ、どうしてくれる?どうしてくれるんだッ!な゛ぁ゛ッ!!」


 真雲は拳を握りしめ、生々しい過去話を、怒りにまかせて叫ぶ。


 一方、蜘蛛怪人はというと——。


「……………………」


 完全に萎縮していた。


「なんか…ごめん…」


 終いには怪人らしからぬ言葉を口からこぼす。


「でも、LI◯Eに関しては、そっちの交友関係に問題があるというか——」


「あ゛んッ!?」


「……なんでもないです。ほんっと、すみません」


「テメェの謝罪なんかいらねえんだよ! 俺の人生を返せ!」


 パワードスーツの右脚が金色に発光し、激しい駆動音とともにエネルギーが集中する。


「………はぁ……もういい、どうせ話したところで無駄だし……さっさとすませてやる」


 ゴ゛ゴ゛ッ……ァ゛…アァァ


 雷鳴の如き轟音が、廃工場全体を震わせた。


「歯ぁ、喰いしばれ」


 一歩踏み込み。

 跳躍する。

 特撮ヒーローなら、ここで技名を叫ぶところだが、彼は違う。


「イねやぁぁあああああああああああああああああああッ!」


 技名などない。

 あるのは、殺意のみ。

 正義という大義名分を装った、『飛び蹴り』である。


「か、回避―――――」


 ブシ゛ュァァア゛ッ


 蜘蛛怪人の胴体が木っ端微塵こっぱみじんに弾け、細かくなった肉片が背後の壁に飛び散った。


 唯一形を保っていたマスクが宙を舞っている。


 ゴトッ グジュゥ


 地面に落ちた衝撃で、熟れた果実が潰れるような音がした。

 マスクの中を覗き込む。

 首の断面が見えた。


「あんの蜘蛛野郎。わざと頭が残るように避けやがって」 


 次に起こることを察した。

 怪人の脳内に埋め込まれたチップにマスクが連動し、内側から強烈な光が漏れ出す。


 ……はいはい、自爆ね。


 ズガガガガガァァアアアアアア゛ッッ


 迫りくる爆炎。

 うんざりしながら、それを静観する。


 別に……俺だって好き好んで戦ってるわけじゃない。

 物事を解決するのに最も手っ取り早い手段、それが暴力なだけだ。

 殺しに快感を覚える連中に、この気持ちは一生分かりっこねぇだろう。

 そんなクズの命を奪わねえと、救えない命はたくさんある。

 そして、その命を救えなかった時の吐き気がするほどの後悔を、俺は知っている。


 けどよ………。


 あっつ。

 はぁ、いつまで続くんだよ、この戦い。

 熱ッ。

 どっか別の世界で、こんなクソみたいな人生から解放されてぇ……。


 すべてが終わり、辺り一帯が焦土と化した後もその場で物思いにふける。


 いつも通りのありふれた結末。

 そのはずだった。



 だが、その日は違った。



「ん?」


 熱のせいか。

 眼前の空間が不自然に揺らいでいる。

 始めは、陽炎かげろうかと思った。

 しかし、徐々にそれは、奇妙な光を放ちながらゆがみだす。


「!?」


 身構える間もなく、真雲はその光に飲み込まれていった。



×××××××××××


【あとがき】

近況ノートに『真雲の強化外骨格パワードスーツのイメージ画像』貼ってます!

めっちゃカッコいいですよ!ぜひ見に来てくださいね!

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