第70話 炙り出し
数日後、アストレア・ノヴァ公国の南の境界線に王都から派遣された魔術師ギルドの特別調査団が到着した。
彼らが馬車から降り立った時、その目に映ったのは想像していたような未開の荒野ではなかった。
そこにはミスリル銀を練り込んだ美しい白線が引かれた街道がどこまでもまっすぐに伸び、一定間隔で配置された自律稼働型の警備ゴーレムが静かに彼らを監視していた。
「……なんだ、これは。道が魔力で舗装されているだと?」
「見てください、ギルドマスター。あのゴーレム、我々の魔力をスキャンしています。王都の近衛騎士団が配備しているものより遥かに高性能ですぞ」
調査団の魔術師たちが目の前の光景に動揺を隠せないでいる。
団長であるギルドマスター、オルベリウスは、その老獪な顔に浮かんだ驚きを隠し、内心で舌を巻いていた。
(噂以上か。建国からわずか数年でこれほどのインフラを……。あの童、やはりただ者ではない)
彼らの前にアストレア・ノヴァの案内人として現れたのは、フィーネだった。
彼女の神秘的なエルフの佇まいと、その身にまとう穏やかだが底知れない自然のオーラに、オルベリウスはさらに警戒を強める。
「ようこそ、アストレア・ノヴァ公国へ。魔術師ギルドの皆様。我が主、カイト・シレン侯爵がお待ちです。こちらへ」
フィーネに導かれ、彼らが乗り込んだのは馬車ではなかった。
都市『フォルトゥナ』へと繋がる駅に停車していた、流線形の美しい乗り物――『マナ・レール』だった。
音もなく滑るように走り出した乗り物は、窓の外の景色が霞むほどの信じられない速度で彼らを首都へと運んでいく。
やがて、白亜の城壁に囲まれた神話に出てくるかのような壮麗な都市が、その全貌を現した。
「ば、馬鹿な……」
「これが……フォルトゥナ……? 王都アステリアよりも、遥かに……美しい……」
無限のエネルギーが都市の隅々まで行き渡り、活気と幸福に満ちた民衆が笑顔で行き交う光景。
それは調査団の魔術師たちが抱いていた「北の成金国家」という傲慢な先入観を根底から粉々に打ち砕いた。
彼らの瞳の色が侮りから畏怖と、そしてこの富と技術を我が物にしたいという強欲な光へと変わっていくのを、俺は天空の尖塔の司令室から全て監視していた。
やがて調査団は都市の中心にそびえ立つ俺の居城『天空の尖塔』へと通された。
最上階の謁見の間で俺は十五歳の君主として彼らを丁重に迎え入れた。
俺の脇には聖女として神々しいオーラを放つセレスティーナが控えている。
「ようこそ、オルベリウス殿。遠路はるばるご苦労だった」
「はっ……。こ、これはカイト侯爵様。この度のご依頼、ギルドの名誉にかけてお力添えいたしますぞ」
オルベリウスは俺のその幼い見た目と、その背後にある国家の異常なまでの発展レベルとのギャップに、完全にペースを乱されていた。
俺はそんな彼の動揺を楽しむように、無邪気な子供の顔で話を切り出した。
「感謝する。早速だが問題の『遺物』を見てもらおう。ついてきてくれ」
俺は彼らを尖塔の地下深くに極秘で建造した最新鋭の魔導研究所へと案内した。
その中央には、幾重にも張られた魔力障壁の中心で一つの禍々しくも美しい黒い水晶が静かに脈動していた。
「これが我々が発掘した『神の遺物』だ。我々の技術ではその内部構造はおろか、放出される未知の魔力パターンを解析することすらできない。そこでギルドが誇る最高の魔術師の皆さんの知恵を借りたいのだ」
もちろん、それは俺とボルガンが作り上げた真っ赤な偽物。
裏切り者の魔力署名にのみ特殊な共振反応を示すよう設計された、完璧な『探知機』だ。
オルベリウスたちはその未知のアーティファクトを前に、魔術師としての探究心を隠しきれないといった様子で目を輝かせている。
「素晴らしい……! これほどの魔力密度、見たことがない!」
「この術式構造、古代帝国期のものか? いや、さらに古い……!」
俺は彼らの興奮を促すように、にこりと微笑んだ。
「さあ、皆さん。どうかその力を存分に発揮してこの謎を解き明かしてほしい」
俺の言葉を合図に、オルベリウスを含む十名の魔術師が一斉に遺物の解析を開始した。
彼らはそれぞれが得意とする探査魔法や解析術式を、黒い水晶へと向ける。
その全てのデータは研究所の壁や床に仕込まれた無数のセンサーを通して、俺がいる隠し司令室へと送られていた。
俺の隣ではフィーネとセレスティーナが、息を殺してモニターに表示される魔力の波形を見つめている。
「……来ます、マスター」
フィーネが、呟いた。
モニター上では、ほとんどの魔術師の魔力波形が遺物の魔力に弾かれ、安定しない軌道を描いている。
だがその中で、三つの波形だけがまるで引き寄せられるかのように、遺物の魔力パターンと、微かな『共振』を始めていた。
それは彼らの魂の根幹に刻まれた、第一魔将と同質の魔力を持つ者だけが示す、致命的な反応だった。
「三人……。オルベリウス、そして幹部のガザールとミレイア。ビンゴだな」
俺が冷徹に告げると、隣で目を閉じていたセレスティーナが静かに目を開いた。
「はい、師匠。あの三人からだけ、北の地で感じたものと同じ……冷たくて禍々しい魂の匂いがします。巧妙に隠されていますが、間違いありません」
物理的な証拠と、聖女の直感。
二つの情報が完璧に一致した。
俺のモニターには、アードラー公爵が送り込んだであろう『スパイ』の冷静に状況を観察しているだけの全く異なる波形も表示されていたが、そちらは今は無視する。
俺は立ち上がると、司令室のマイクに手を伸ばした。
「検証完了。対象は三名。これより粛清RTA、最終フェーズ『駆除』に移行する」
俺の静かな声が、尖塔の各所に配置された『
「――研究所を完全封鎖。対象三名を抵抗の暇も与えず無力化し、確保せよ」
俺の言葉を合図に、研究所の全ての出入り口に分厚いオリハルコン製の隔壁が轟音と共に降下した。
何も知らずに遺物の解析に夢中になっていた魔術師たちは、その音に驚いて顔を上げる。
だが、その時にはもう全てが手遅れだった。
彼らの背後の影から音もなく現れた捕縛用のゴーレムたちが、ボルガン特製の『魔力封じの枷』を手に襲いかかっていた。
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