第55話 正体不明の怪物
闘技場を支配していた、死んだような静寂。
それを破ったのは、何が起きたのか理解できずに固まっていた審判がようやく絞り出した震える声だった。
「……しょ、勝者、Fクラス代表チーム!」
その宣言が引き金となり、観客席は爆発的な喧騒に包まれた。
だがそれは試合開始前の嘲笑とは全く質の異なるものだった。
「おい、今のは一体何だったんだ……?」
「魔法じゃなかった……よな? 詠唱も魔力の輝きも一切なかったぞ」
「シレン家の秘伝の剣術か? だがあれは剣術というより……まるで物理法則そのものを無視しているような……」
畏怖、混乱、そして得体の知れないものへの純粋な好奇心。
俺の名、カイト・シレンは、この瞬間、「シレン家の落ちこぼれ」から「正体不明の怪物」へと、観客たちの認識の中で完全に上書きされた。
全ては俺のチャート通りだ。
俺は立ち尽くすアレンたちに一瞥もくれず、さっさとFクラス用の待機室へと踵を返した。
背後でミリーとトークがまだ砕け散った盾の残骸を信じられないといった顔で見つめている。
やがて我に返ったアレンが怒りと混乱に顔を歪ませながら、俺の後を追ってきた。
薄暗い待機室に戻るなり、アレンは俺の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「おい、カイト! さっきのは一体何なんだ! 説明しろ! お前、魔力測定では僕と大差なかったはずだろ!」
その瞳には助けられたことへの感謝など微塵もない。
あるのは、自分では到底理解できない力で勝利を「奪われた」ことへの深い屈辱と、裏切られたかのような怒りだった。
実に良い傾向だ。
この感情こそが彼の成長を促す最高の燃料になる。
「説明? なぜ俺がお前に説明する必要がある?」
俺は心底うんざりしたように、彼の問いを冷ややかに一蹴した。
「言ったはずだ。俺の家の『財産』、つまりは技術と知識の蓄積だ。お前のような才能だけでここまで来た平民には到底理解できんだろうがな。そもそもお前たちがもっと効率的に動いていれば、俺がわざわざ手を汚す必要もなかった」
「なっ……! お前、人が戦ってるのを高みの見物してただけじゃないか!」
「観察だ。お前たちの非効率な動きを分析し、最適な介入タイミングを計算していた。結果、最小限の労力で勝利した。何が不満だ?」
俺のあまりに人間味のないロジックに、アレンはぐうの音も出せずに唇を噛みしめる。
そのやり取りをミリーとトークが怯えたように、しかしどこかアレンを応援するような目で見守っていた。
この一件で、彼らの中にもただ俺に怯えるだけでなく、チームとしての一体感がほんのわずかだが芽生え始めていた。
そんな険悪な空気の中、待機室の扉が開きエルゼ先生が満面の笑みを浮かべて入ってきた。
「見事だったわ、落ちこぼれたち。まさか初戦をあんな形で突破するなんてね」
彼女は俺たちの奮闘を労うと、最後に俺にだけ共犯者のように片目をつぶって見せた。
「特にカイト、あんたの『ゴミ掃除』は見事だったわ。最高の効率で観客全員の度肝を抜くなんて、最高のエンターテイナーじゃない。――ねえ、監督さん?」
彼女の皮肉めいた賞賛に俺は肩をすくめて応じた。
この教師は俺の行動の裏にある意図をある程度は正確に読み取っている。
実に価値の高い『資産』だ。
***
一方Aクラスの豪奢なラウンジでは、今の試合のリプレイ映像が魔導ディスプレイに繰り返し映し出されていた。
ガレス・ヴォルフィードが忌々しげにその映像を睨みつけている。
「くっ……まぐれだ! あのような大道芸のような技、騎士の戦い方ではない! 卑劣な小細工だ!」
「本当にそうかしら?」
静かに紅茶を飲んでいた王女クリスティーナが、その言葉を否定した。
彼女の紫紺の瞳はディスプレイに映る俺の動きをミクロン単位で見逃すまいと、分析するように細められている。
「見て、ガレス。彼の動きには一切の無駄がない。相手の攻撃を避ける軌道、歩幅、そして盾を砕いた一撃の角度。その全てがまるで精密な機械のように計算され尽くされているわ。あれはまぐれでも小細工でもない。むしろ、その逆……」
クリスティーナはカップを置くと、確信に満ちた声で続けた。
「彼は自分の持つ規格外の何かを、意図的に『ただの超絶技巧』に見せかけている。魔力を使わずに鋼鉄の盾をガラスのように砕くなんて、物理的にありえないもの。彼は私たちには感知できない、全く別の『理』で動いている。カイト・シレン……あなた一体、何を隠しているの……?」
彼女の分析はカイトの意図の本質を、かなり正確に突いていた。
この王女は、カイトのRTAチャートにおける最高の『変数』になりそうだった。
***
その夜、俺はシレン家の自室のベッドで今回の戦闘結果を分析していた。
(よし。『魔力なしの無能貴族』というカバーストーリーは、『魔力はないが正体不明の超絶技巧を使い、性格は最悪な謎の男』へと完璧にアップデートされた。魔力測定の結果と実際の戦闘能力が矛盾するため、俺の力の正体を誰も正確に分析できない。アレンの敵愾心も最高潮。次の成長イベントへの最高の起爆剤になる。全てが完璧なチャート通りだ)
俺の思考に耳元の通信機からセレスティーナの澄んだ声が響いた。
『師匠、初戦突破、誠におめでとうございます! アストレア・ノヴァでもその話題で持ちきりです』
「ああ。だがこれはただのチュートリアルだ。本番はこれからだ」
『はい! 次の試合も、ご武運を!』
俺は通信を切ると、トーナメントの組み合わせ表を思い浮かべた。
俺たちの次の対戦相手はEクラスの代表チーム。
大した相手ではない。
だがその次の準決勝で十中八九、クリスティーナとガレス率いるAクラスのチームと当たることになる。
(最高の舞台だ。主人公アレンとメインヒロインであるクリスティーナを直接ぶつけ、互いの成長を促す。その最高のイベントを俺がすぐ隣で最高の効率でマネジメントしてやる)
俺が次のチャートを組み立てていると、部屋の扉が乱暴にノックされた。
「おい、カイト! いるんだろ!」
アレンの声だ。
俺が無視していると、今度はミリーの遠慮がちな声が続く。
「あの、カイト君……。エルゼ先生が明日の二回戦に向けて作戦会議をするって……」
どうやら俺の孤立を良しとしないアレンが、ミリーたちをダシに無理やり俺をチームに引き込もうとしているらしい。
実に非効率だが、彼の主人公らしい行動だ。
「……チッ、面倒だな」
俺はわざとらしく舌打ちすると、ゆっくりと扉を開けた。
扉の外には、アレン、ミリー、トークの三人がどこか決まり悪そうに、だが、確かな意志を持って立っていた。
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