第39話 魔力循環炉
「これより我々はアストレア・ノヴァの半永久的動力炉――『
俺が天空の尖塔のバルコニーから完成したばかりの都市フォルトゥナを見下ろしながら宣言すると、三人の仲間たちはそれぞれ異なる反応を示した。
「マナ・リアクター……? 魔力を循環させる炉、だと? マスター、そいつは一体どういう代物だ?」
ボルガンが技術的な好奇心にその目をギラつかせる。
「魔力……。まさか生き物の命を燃料にするような、そんな非道なものではありませんよね?」
フィーネが生命を尊ぶ彼女らしい懸念を口にした。
「師匠の考えることですから、きっと、私たちの想像を遥かに超えるものなのでしょうね……」
セレスティーナだけが俺への絶対的な信頼を元に、これから始まる新たなプロジェクトに静かな期待を寄せていた。
俺は彼らの疑問に答えるべく、空中に投影していた設計図をさらに詳細な内部構造図へと切り替えた。
「非道なものではない。むしろ、その逆だ」
俺は炉心の部分を拡大して見せる。
「このリアクターの基本理論は『吸収』と『変換』、そして『循環』だ。大気中や地中に無尽蔵に存在する未分化の微細な魔素。それをこの炉心部で強制的に吸収・凝縮する。そして、フィーネ、お前に開発してもらう特殊な植物を触媒として純粋な魔力エネルギーへと変換する。生み出されたエネルギーは都市に供給されると同時に、一部は再び炉心へと戻り、次の魔素吸収の起爆剤となる。理論上、一度起動すれば外部からの供給なしに半永久的にエネルギーを生み出し続ける、完璧な永久機関だ」
俺の説明に三人は言葉を失った。
永久機関。
それはあらゆる魔術師や科学者が夢見た、究極の幻想。
それを、目の前の八歳の少年がまるで既存の技術であるかのように淡々と語っている。
「そ、そんなことが、本当に……?」
「可能だ。俺が可能だと言っている」
俺はボルガンへと視線を移した。
「炉心の建造はお前に一任する。コア部分には我が領地で採掘したオリハルコンとミスリル、そしてゴルゴンの邪眼を浄化・安定化させた『虚無の水晶』を使用する。お前の神業がなければこの炉は形にならん」
次にフィーネへと向き直る。
「フィーネ。お前の役目は燃料兼触媒となる古代種『エーテル・リリー』の栽培だ。極めて繊細で育成には高純度の聖属性魔力を必要とする。セレスティーナの全面的な協力を仰げ」
二人の天才は自らに与えられた名誉ある役割に、武者震いを抑えきれないといった様子で力強く頷いた。
こうして、世界の常識を根底から覆す神の心臓を造り出すプロジェクトが静かに始動した。
建造は、フォルトゥナの地下深くにゴーレムが掘削した巨大なドーム状の空洞で行われた。
ボルガンはまるで何かに取り憑かれたかのように工房に籠り続けた。
彼の指揮するドワーフチームと工業ゴーレムが炉の巨大な外殻を組み上げていく。
その槌音は、まるで新たな神話を鍛え上げる響きのように地下にこだました。
一方地上では、フィーネとセレスティーナが協力して『エーテル・リリー』の栽培に取り組んでいた。
フィーネが土壌を整え、古代種の種子に生命力を注ぎ、セレスティーナが光の精霊王の加護を受けた聖なる魔力で、その成長を促す。
正反対の性格に見える二人の間には、いつしか不思議な友情と互いの才能への深い尊敬が芽生えていた。
そして、プロジェクト開始から一年が経過した頃。
炉はその荘厳な姿を現し、エーテル・リリーもまた美しい光を放つ花を咲かせた。
ついにリアクターを起動させる日がやってきた。
地下の巨大な制御室。
俺と三人の仲間たちが見守る中、エーテル・リリーが炉心へとセットされる。
「――マナ・リアクター、第一次起動シーケンス、開始」
俺が宣言すると、炉心部が低い唸りを上げ始めた。
周囲の空間から目には見えない魔素が凄まじい勢いで吸収されていく。
制御盤の魔力計の針がぐんぐんと上昇していく。
「すごい……! マスターの設計図通りだ……!」
ボルガンが興奮に声を震わせる。
エネルギーの生成は順調。
全てが俺のRTAチャート通りに進む、はずだった。
その時だった。
ブウウウウウンッ!
突如、炉心から甲高い警報音が鳴り響き、リアクター全体が激しく振動を始めた。
「な、なんだ!? 魔力計の針が振り切れるぞ!」
「炉心温度が危険領域に! このままでは暴走します!」
ボルガンとフィーネが悲鳴のような声を上げる。
俺は目の前の制御盤に表示されるエラーコードの羅列を冷徹な目で見つめていた。
(なるほど。フィーネが育てたエーテル・リリーの質が原作知識のデータを遥かに上回っていた。さらに、セレスティーナの聖属性魔力が触媒として加わったことで予測不能な化学反応を起こし、想定の二百パーセント以上のエネルギーを生成しているのか。リソース同士のシナジーがバグを発生させたか。面白い)
仲間たちが絶望的な状況に動揺する中、俺の思考はすでに最適解を導き出していた。
「セレスティーナ! お前の聖なる力で外部から炉の冷却を! フィーネ、エーテル・リリーの活性を抑制しろ! ボルガン、万が一に備え隔壁の強度を最大に!」
俺は矢継ぎ早に指示を飛ばすと、自らは制御盤の前から一歩踏み出した。
「師匠!? どこへ!」
「原因の根本を叩く。俺が直接炉心に介入する」
俺は仲間たちの制止を振り切り、荒れ狂うエネルギーの奔流が渦巻く炉心へと続くメンテナンスハッチへと向かった。
「正気か、マスター! 中は高密度の魔力の嵐だ! 生身で入れば一瞬で原子分解されますぞ!」
「問題ない。俺にとってこの魔力の嵐は、ただの『食事』だ」
俺はニヤリと笑うと、躊躇なく炉心へと身を投じた。
そこはまさに地獄だった。
暴走した魔力が稲妻のように走り、空間そのものが悲鳴を上げている。
だが、俺はその奔流の中心で静かに両腕を広げた。
「――【魔力喰い】、最大展開」
俺の身体がブラックホールと化した。
荒れ狂う魔力の全てが俺の身体へと凄まじい勢いで吸い込まれていく。
身体が内側から張り裂けそうなほどの膨大なエネルギー。
それでも、俺は耐える。
RTAで鍛え上げた精神力で、その激痛をねじ伏せる。
そして、暴走エネルギーを吸収しながら、俺はその核にある制御術式へと自らの魔力でハッキングを仕掛けた。
システムのバグを修正し、新たなパラメータを入力し、制御プログラムそのものを想定外のエネルギー量に合わせてリアルタイムで書き換えていく。
それは、暴風雨の海の上で羅針盤も海図もなく船を修理しながら航海を続けるような、神業的なアドリブだった。
一体、どれほどの時間が経っただろうか。
ついにリアクターの激しい振動が、ふっと収まった。
甲高い警報音は止み、代わりに静かで力強い安定した鼓動のような稼働音がドーム内に響き渡る。
暴走は完全に鎮圧された。
俺はボロボロになった身体を引きずるようにして炉心から帰還した。
その姿を見て、セレスティーナたちが泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
「師匠! ご無事で……!」
「当たり前だ。全て計算通りだと言っただろう」
俺はいつものように嘯いてみせた。
だが、仲間たちの心からの安堵の表情を見て、俺の胸にこれまで感じたことのない、わずかで確かな温かい感情が灯ったのを自覚していた。
こうしてアストレア・ノヴァ公国は、神の心臓とも言うべき無限のエネルギー源を手に入れた。
世界の歴史がまた一つ、大きく塗り替えられた瞬間だった。
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