第32話 第一フェーズ完遂
二度目の謁見の間は以前とはその空気の質が全く異なっていた。
かつて俺たちを包んでいた侮蔑と嘲笑の囁きは影も形もない。
代わりに、畏怖と、嫉妬と、そして歴史の目撃者となったことへの興奮が渦を巻いて、謁見の間を満たしていた。
玉座の脇に控えるアードラー公爵はその顔をまるで仮面のように無表情にさせていたが、その握りしめられた拳が彼の内心の屈辱を物語っている。
対照的に、俺の隣に立つ父アークは、その得意満面な表情を隠そうとすらしていなかった。
やがて玉座の国王アルフォンスが、ゆっくりと立ち上がった。
その声は謁見の間の隅々まで朗々と響き渡る。
「――カイト・フォン・シレン。そして、聖女セレスティーナ・リーフェンよ。面を上げよ」
国王の声にはもはや俺を試すような響きはない。
そこにあるのは、偉業を成し遂げた者に対する純粋な賞賛と敬意だった。
「そなたたちは我がアステリア王国が五百年の長きにわたり抱え続けてきた悲願を成し遂げた。呪われし死の土地を生命溢れる恵みの地へと変え、数万の魂をその苦しみから解放した。この功績は我が国の歴史において永遠に語り継がれるであろう!」
国王はそこで一度言葉を切ると、高らかに宣言した。
「よって、ここに契約を履行する! 国王アルフォンスの名において、カイト・フォン・シレンに正一位『侯爵』の位を授ける! これより、そなたはカイト・フォン・シレン侯爵と名乗ることを許可する!」
侯爵。
それは王族を除けば公爵に次ぐ、最高位の爵位。
五歳の子供がその位に就くなど、まさに前代未聞。
だがこの場において、その決定に異を唱える者は誰一人としていなかった。
「さらに!」と、国王は続ける。
「浄化されしかの広大な土地の全てを、新たに『
その宣言にセレスティーナが隣で小さく息を呑んだのが分かった。
俺はわずか五歳にして、一つの国にも匹敵する広大な領地を持つ大貴族の頂点に立ったのだ。
さらに国王はセレスティーナへと、その慈悲深い視線を向けた。
「そして、この奇跡を可能にした光の聖女セレスティーナ・リーフェン。そなたの功績もまた、計り知れない。よって、そなたに『王家付き大司祭』の名誉職と、王都にそなた自身の神殿を建立する権利を与えるものとする!」
「わ、わたくしが、大司祭……!? そ、そんな、身に余る光栄です……!」
セレスティーナが狼狽して俺の方を見る。
俺はただ静かに頷きを返した。
(王家からの直接の官職と、活動拠点か。悪くない。セレスティーナというリソースの政治的価値を高める、有効な布石だ)
俺がそう分析していると、国王が俺に問いかけてきた。
「して、シレン侯爵。そなたはその広大で、そしてまだ何もないまっさらな領地を、これからどうするつもりかな?」
それは俺の統治者としての器を試す、王からの最後の問いかけだった。
俺は待ってましたとばかりに即答した。
「陛下。我が領地アストレア・ノヴァの発展のため、二つの権限をここに要求いたします」
「ほう、申してみよ」
「第一に、王国全土からの自由な開拓民の募集と、移住の許可。及び、移住者に対する最初の十年間の一切の納税を免除する、という王家からの布告。第二に、我が領地で将来的に発見されるであろうあらゆる特産品や鉱物資源に対する、独占的な交易権。この二つです」
俺の要求に、謁見の間が三度、震撼した。
金や兵を乞うのではなく、人を集め富を生み出すための根本的な『権限』を要求したのだ。
それは俺がその領地を一つの独立国家として本気で経営する、という意思表示に他ならなかった。
アードラー公爵の顔が絶望に歪むのが視界の端に映った。
国王はしばし黙って俺の顔を見つめていたが、やがて大きく頷いた。
「……よかろう。全て許可する。そなたがその新しき星をいかに輝かせるか、この余が楽しみに見届けさせてもらおう」
公式の謁見が終わり、俺たちは王宮を後にした。
シレン家の屋敷に戻ると、父アークは書斎で狂喜乱舞していた。
「クハハハハ! 見たか、カイト! あのアードラーの苦虫を噛み潰したような顔を! 我が息子が五歳にして侯爵! これでシレン家は建国以来の栄光を手にしたのだ!」
その狂気的なまでの歓喜を俺は冷徹な一言で断ち切った。
「父上。感傷に浸るのは非効率です。次のフェーズに移行します」
俺の言葉に父はピタリと笑いを止め、その鷲のような瞳で俺を見据えた。
「次の、だと?」
「ええ。俺は十年後、王立魔法学園に入学します。ですが、この『英雄』『若き君主』という評判は俺の計画にとって最大の障害物です」
「……どういうことだ?」
怪訝な顔をする父に俺は次の指示を提示した。
「そこであなたにシレン家の総力を使って二つの情報操作を行なっていただきます。第一に、アストレア・ノヴァ公国の君主の正体、カイト・シレン侯爵のその年齢や容姿などを、国家レベルの機密として秘匿してください。第二に、王都の貴族社会に向けて正反対の噂を流すのです――『シレン家当主の息子、カイト・シレンは、アストレア・ノヴァ公国と一切関係なく、ただの落ちこぼれである』と」
俺のあまりに突飛な要求に父アークはさらにきょとんとした顔をする。
意味が分からないといった表情だ。
俺はそんな父にさらに畳みかけるように言葉を続けた。
「王立魔法学園に入学する理由、俺自身の評判を下げる理由。それらは一切教えられません。しかし、それらが叶えば俺はより多くの名声をシレン家に与えることが出来るでしょう」
あまりにも曖昧な言葉。
普通ならこんな話、すぐさま一蹴されてしかるべきだ。
しかし父アークは『名声』という言葉に眉を上げ、その後すぐに彼の喉がクツクツと奇妙な音を立て始めた。
「……ク……ククク……ハァーッハッハッハッハッハ!」
屋敷中に悪魔的なまでの歓喜の哄笑が響き渡った。
「面白い! 実に面白いじゃないか、我が息子よ! それは私の器を試しているのだな! 上に立つものとしての器の大きさを! よかろう! 理由は問わん! この私が貴様の最高の舞台を整えてやる!」
隣で話を聞いていたセレスティーナが信じられないといった顔で口を挟んだ。
「し、師匠……! なぜ、そのようなことを……せっかく手に入れた名誉を……」
俺は狼狽する彼女に、ただ事実だけを告げた。
「これは将来的に必ず必要となる。いつしか『シレン家の無能貴族』という役割が、最高の隠れ蓑になるときが間違いなく来るはずだ。名誉など、任務を遂行する上では無価値なパラメータに過ぎん」
俺の視線は部屋の窓の外、遥か北東の俺自身の領地が広がる空へと向けられていた。
(よし。第一フェーズ:権力基盤の確保、完了。これより、第二フェーズ:領地開発、及び、資源の最大効率化、に移行する。世界で最も効率的な国家を作るためのRTA。その、本当のスタートだ)
無能貴族に転生した俺の物語は、個人としての強さを求めるステージを終え、一つの国を世界を自らのチャート通りに作り変えていく新たな章へと突入したのだった。
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