第13話 瞬殺

 目の前で金髪の貴族が騎士たちに何か喚いている。

 その視線の先では魔力切れ寸前の少女がふらついている。

 全くもって非効率な光景だった。

 俺が内心で舌打ちした瞬間、状況はさらに悪化した。

沼地の多頭蛇マーシュ・ヒュドラ〉が、その七つの顎を大きく開き、致死性の毒ブレスを吐き出そうとしていたのだ。


(チッ……面倒なことになった)


 俺の目的は、あのヒュドラを狩って経験値とドロップアイテムを回収すること。

 だが、あのブレスが直撃すれば騎士団は壊滅。

 ヒュドラも消耗し、得られる経験値が減る可能性がある。

 何より、あの【聖女の慈悲】を持つ少女――セレスティーナ・リーフェンが死んでしまうのはチャートにおける大きな損失だ。

 彼女は、俺の今後のレベリング効率を飛躍的に向上させる最高の〈支援リソース〉になり得る逸材。

 ここで失うわけにはいかない。


 結論は一瞬で出た。

 最小限の労力で邪魔な障害を排除し、目的を達成する。

 全てが毒の奔流に飲み込まれる、その刹那。

 俺は、ゼノンたちの前に音もなく転移していた。


「……邪魔だ」


 俺が冷たく呟いた一言はヒュドラの咆哮にかき消された。

 だが、背後の連中が息を呑む気配は感じ取れる。

 当然だろう。

 彼らの常識では、5歳ほどの子供が死地に飛び込むなど自殺行為にしか見えないはずだ。


 俺は迫りくる絶望の濁流を前に、ただ億劫そうに右手を軽く突き出した。


「――〈シールド〉」


 騎士見習いが最初に習う、初歩的な防御魔法。

 俺の掌の前に現れたのは頼りないほど小さな光の膜だ。

 案の定、背後から「馬鹿め! そんなもので!」という金髪貴族の罵声が聞こえてきた。


 しかし次の瞬間、彼の声は驚愕に変わる。


 ゴオオオオオッ!


 凄まじい轟音と共に猛毒の奔流が俺の〈シールド〉に激突した。

 だが、俺が展開した光の壁はピクリとも揺らがなかった。

 まるで、巨大な滝が小さな岩にぶつかってただ流れを変えられているかのように、ブレスはあっけなく左右に霧散していく。


「ありえん……」

「なぜ、ヒュドラのブレスを……?」


 背後から聞こえてくる騎士たちの動揺した声がSEのように耳を通り過ぎていく。

 彼らの常識では、この現象は理解不能だろう。

 だが、俺にとっては単純な理屈だ。

【魔力喰い】によって無限に供給される魔力を極限まで凝縮して一点に集中させる。

 ただそれだけ。

 俺の〈シールド〉は見かけこそ初級魔法だが、その実態は国宝級の魔道具にも匹敵する防御力を秘めていた。


「グ……ギシャアアア?」


 攻撃を防がれたヒュドラが七つの頭を傾げて不可解そうな声を上げる。

 その隙だらけの姿を見て、俺は心底面倒くさそうに呟いた。


「さて、作業に戻るか」


 俺はヒュドラに向き直ると、静かに左手を掲げた。

 詠唱は不要。

 俺の思考そのものが、術式だ。

 脳内で十の思考を並列に展開する。


〈多重詠唱〉――十重起動。


 俺の身体を中心に、周囲の魔素が一斉に収束を始めた。

 空間が、俺一人に集まる膨大な魔力に耐えきれず、悲鳴を上げるように軋むのが分かる。


 一本、二本……。

 神々しいまでの光を放つ槍が俺の背後に次々と生成されていく。

 その数、十本。

 一本一本が、この湿原の生態系の頂点に立つモンスターを塵芥に変えるだけの破壊力を秘めている。


「な……なんだ、あれは……」


 金髪貴族――ゼノンの震える声が聞こえる。

 彼の顔が恐怖に引きつっているのが視界の端に映った。

 さっきまでの傲慢な態度は見る影もない。

 まあ、どうでもいいことだ。


「――消えろ」


 俺の冷徹な一言を合図に、十条の光の槍が一斉に放たれた。

 音すら置き去りにしてヒュドラへと殺到した光の奔流は、その七つの頭と巨大な胴体を、寸分の狂いもなく、寸分の時間差もなく、同時に撃ち抜いた。


 ヒュドラに抵抗という概念は存在しなかった。

 断末魔の叫びを上げる間もなく、その巨体は光の柱に貫かれ、存在そのものが世界から消し去られていく。


 ――ピロンッ


【経験値を獲得しました】

【ボス討伐ボーナスを確認しました】

【カイト・シレンのレベルが27から34に上がりました】


 脳内に響くシステム音を確認しながら、俺は静寂に包まれた戦場を見渡した。


 カラン、と乾いた音が響く。

 見れば、ゼノンが手から剣を取り落とし、膝から崩れ落ちていた。

 他の騎士たちも、武器を放り出してへたり込んだり虚空を見つめていたりと、完全に戦意を喪失している。

 あの少女、セレスティーナだけが、なぜか涙を流しながら呆然と俺のことを見ていた。


 だが、そんな彼らの様子など俺の興味を引くものではない。

 俺は彼らに背を向け、ヒュドラが消滅した場所に歩み寄った。

 そこには一際強く輝く紫色の宝珠――【ヒュドラの毒腺珠】が残されている。

 貴重な錬金素材だ。

 悪くないドロップだろう。


 俺はそれを拾い上げると、懐にしまった。

 そしてこの一連の作業を振り返り、率直な感想を口にした。


「なんだ、この程度のボスか。時間の無駄だったな」


 俺にとっては、ただの事実を述べたに過ぎない。

 この程度の相手に貴重な時間を数分も費やしてしまったのだから。


 俺の言葉に背後でゼノンがビクリと体を震わせたのが分かったが、そんなことは知ったことではなかった。

 問題は次だ。

 あの少女を、どうやって俺の所有物にするか。

 それこそが今回のRTAにおける、最も重要なチャート分岐点だった。

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