第6話 圧倒
父アークから〈ゴブリンの洞窟〉の攻略許可を得た翌日、俺は屋敷の門前に立っていた。
その身体には、昨日アークに要求して用意させた最高級の装備が身につけられている。
子供の身体に合わせて完璧に仕立てられた、ドラゴンの幼獣の皮を使った〈幼竜のレザーアーマー〉。
動きを阻害せず、並の剣撃なら弾き返す逸品だ。
腰には、魔力伝導率が極めて高い〈ミスリルの短剣〉。
これは武器としてではなく、魔法の威力を増幅させるための杖代わりだ。
そして指には、所有者の魔力を微量ながら底上げする〈魔力増幅の指輪〉。
(序盤で手に入る装備としては、これ以上ない。RTAにおける初期装備の最適化は、数秒のタイム短縮が勝敗を分ける世界では常識だ)
俺が満足げに装備を確認していると、背後から重々しい声がかけられた。
「カイト坊ちゃま。準備はよろしいですかな」
そこに立っていたのは、屈強な体格をプレートメイルに包んだ、シレン家が誇る近衛騎士の一人。
名をギデオンという。
今回の俺の「お目付け役」兼「護衛」として、父がつけた男だ。
その顔には「なぜ俺がこんな子供の無謀な遊びに付き合わねばならんのだ」と、不満がありありと浮かんでいる。
(まあ、そう思うのも無理はない。5歳児が一人でダンジョンに挑むなんて狂気の沙汰だからな。だが、その常識は今日、ここで覆されることになる)
「問題ない。さっさと行くぞ、時間がもったいない」
「……承知いたしました」
俺はギデオンの不満を意にも介さず、用意された馬車に乗り込んだ。
ゴブリンの洞窟は、屋敷から馬車で一時間ほどの距離にある森の奥だ。
道中、ギデオンが何度も「洞窟内では決して私の側を離れぬように」「ゴブリンは狡猾です、油断なされますな」などと忠告してくるが、俺は全て右から左へ聞き流し、脳内で洞窟のマップと敵の配置、最適な移動ルートを反芻していた。
やがて馬車が止まり、目的の場所に到着する。
そこには、崖にぽっかりと口を開けた不気味な洞窟があった。
入り口の周りには、獣の骨や粗末な落書きが散乱している。
いかにも、といった感じのゴブリンの巣だ。
ギデオンが緊張した面持ちで剣の柄に手をかける。
「カイト坊ちゃま、ここから先は危険です。私の後ろに」
「いらんお世話だ。ギデオン、お前は黙って見ていろ。下手に動かれると逆に邪魔になる」
「なっ……!?」
俺は唖然とするギデオンを置き去りにして、躊躇なく洞窟の中へと足を踏み入れた。
ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。
内部は薄暗いが、俺の目には全てがクリアに見えていた。
レベルアップによって身体能力そのものが底上げされているのだ。
数メートル進んだところで、前方の曲がり角から複数の気配が近づいてくる。
(来たな。最初のポップ地点。ゴブリン×5の巡回パーティだ)
「キシャァァ!」
汚らしい雄叫びと共に棍棒や錆びた剣を手にした5体のゴブリンが姿を現した。
俺の姿を認めるや、涎を垂らしながら一斉に駆け寄ってくる。
背後からギデオンの焦った声が飛んだ。
「坊ちゃま、お下がりください! こいつらは私が!」
「だから、邪魔だと言っている」
俺は振り返ることなく両手を前に突き出した。
脳内で、四つの術式を同時に組み上げる。
〈
「――〈マナ・アロー〉」
瞬間、俺の両手から四条の光の槍が放たれた。
それは寸分の狂いもなく、それぞれ別のゴブリンの頭部を正確に撃ち抜く。
ズギュンッ! という貫通音が四つ重なり、4体のゴブリンが声も上げられずにその場に崩れ落ちた。
「キ……?」
残った最後の一体が何が起きたのか理解できずに立ち尽くす。
その眉間に、俺は追加でもう一発、寸分違わぬ〈マナ・アロー〉を叩き込んだ。
こうして、最初の戦闘はわずか数秒で終了した。
背後でギデオンが息を呑む気配がする。
当然だろう。
騎士である彼が剣を抜くよりも早く、戦闘は終わってしまったのだから。
(よし、経験値は美味い。一体あたりレベル2相当……5体でレベルが2つ上がったか。上々の滑り出しだ)
【魔力喰い】が死んだゴブリンたちから魔力を吸収し、消費した分が瞬時に回復していく。
俺は倒れたゴブリンには目もくれず、さっさと洞窟の奥へと歩き始めた。
「な……お待ちください、坊ちゃま! い、今の魔法は一体……!?」
「次だ、次。このルートなら、あと3分で第二の群れに遭遇する」
俺はギデオンの問いには答えず、脳内のマップに従って最短ルートを進んでいく。
そこからは、もはや戦闘と呼ぶのもおこがましい、一方的な「作業」だった。
罠が仕掛けられている場所は起動する前に〈マナ・アロー〉で破壊。
物陰に潜む伏兵は〈隠密〉スキルで見抜いて先制攻撃。
ゴブリンの群れに遭遇すれば、即座に〈多重詠唱〉で殲滅する。
ギデオンは最初こそ驚愕に目を見開いていたが、やがてその表情は畏怖に変わり、最終的には何もかもを諦めたかのように、ただ黙って俺の後ろをついてくるだけになった。
彼の役割は、護衛から、俺という災害が通り過ぎるのを見届ける、ただの観測者に変わっていた。
そして、洞窟に侵入してからわずか10分後。
俺たちは、洞窟の最深部、ひときわ大きな空間の前にたどり着いていた。
目の前には、獣の骨で装飾された禍々しい扉がそびえ立っている。
(原作プレイヤーの平均クリアタイムが約1時間。それを10分か……悪くないタイムだ)
俺は扉を見据え、ニヤリと笑った。
扉の向こう側から、他のゴブリンとは比較にならない濃密な魔力の気配が漏れ出している。
「さて、ギデオン。メインディッシュの時間だ。ここのボスは〈ゴブリンシャーマン〉。少しは歯応えがあるといいんだがな」
俺の言葉に、ギデオンは青ざめた顔で小さく頷くことしかできなかった。
彼にはもう、俺が「守るべきか弱い五歳児」ではなく、自分では到底太刀打ちできない「規格外の怪物」であることが、痛いほど理解できていたからだ。
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