第10章 鉄球と蜜月
第一幕:祈りの剣が迫る
朝霧の中に、金属が軋む音が重なっていく。
盾がぶつかり、軍靴が地をならし、祈りの詠唱が風に乗って届く。
神聖国家の軍勢が、焚刑場跡の丘を囲むように広がっていた。
赤金の十字旗が林立し、白布をまとった祈祷師たちが火を掲げて練り歩く。
その中心――神官長の姿を中心に、兵たちの動きが整然と組まれていく。
「総勢、千二百。正面は主力部隊、側面に詠唱支援。
陣形は“信槍陣”、祈りでの突破を狙ってくるでしょう」
報告を受けたセリアは、鋼鉄の盾を強く握った。
「全員、最前線へ。リリア様の道を守る盾の列を築く」
隊士たちが無言で頷き、各々の持ち場へと走る。
そして――
砦の中央、火の焦げ跡に立つひとりの少女。
鉄球を地に置き、目を閉じていた。
短く息を吸い、静かに吐き。
そして、目を開いたとき――そこにあったのは、迷いのないまなざし。
リリア・ノクターンは、鉄球の鎖を引きながら、歩き出す。
火刑の地に、もう一度立つために。
その姿を、セリアが振り返る。
「リリア様……!」
鉄球の音は、祈りの鐘よりも静かで。
しかし確かに、誰かの命を守る意志の音だった。
「リリア様! ご命令を!」
その声に、リリアは小さく頷いた。
「殺さないでください。
彼らは“火を信じている”だけです。
でも、その火が誰かを焼くなら……止めなきゃいけない。
私は、“そのためだけに”ここにいます」
「了解!」
「リリア様のために!」
「火は、照らすだけでいい!」
騎士団の盾が、一斉に掲げられる。
神聖国家軍が、進軍を開始した。
前列の兵士が突撃槍を構え、
その後ろでは祈祷師たちが炎の詠唱を唱え始める。
セリアが指を振る。
「――開け!」
盾の列が開き、その中心を――リリアが駆け出す。
鉄球が、風を裂く音をたてる。
最前列の兵士たちが動揺する。
「接近……!? 単独!?」
「止めろ――!」
だが、リリアは槍を振る兵の脚を正確に狙い、
鉄球を地面に叩きつけるようにして**“無力化”する**。
骨を砕かず、血を流さず。
ただ、戦えないようにするだけ。
彼女の姿に、祈祷師たちがざわつく。
「……なぜ殺さない!? 何をしている……!」
リリアは答えない。
ただ、次の敵の盾に回り込み、手から武器をはじく。
兵士が倒れる。その顔に驚きと恐れ。
「殺されない」と気づいた瞬間、その手が震え出す。
祈祷の火が、空に舞い上がる。
だが、リリアの鉄球はそれを打ち落とし、燃え尽きる前に粉砕した。
彼女は進む。
焼かず、斬らず、ただ――止めるだけの強さで。
神官長が遠くからそれを見つめていた。
「……やはり、生かしておくべきではなかったな」
その声は、冷たい鉄と同じ音だった。
「何を犠牲にしても、あの娘を捉えろ。
生きてはおけぬ」
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