第9章 祈りを超えて、火の名を呼ぶ

第一幕:焚刑場、再び火の地となる

 朝靄にけぶる平野を、重い鉄と祈りの行列が進んでいた。


 神聖国家から伸びる軍列。

 白金の鎧をまとった神官兵たちの後ろには、祈祷師たちが練り歩き、

 その中心を進むのは――純白の祭衣を着た神官長その人だった。


「目標地点、焚刑場跡へ進路を固定」

「前衛、戦列展開。補給部隊は第二梯団へ」

「旗印、神火の印に差し替え!」


 次々と伝令が走り、火を象る赤い旗が掲げられていく。


 その旗の下で、誰かが低く呟いた。


「また……あの火を、灯すのか……」


 そのつぶやきはかき消された。

 祈りの声と、号令の重さが、それを許さなかった。


 焚刑場跡――


 かつて“異端の火”が燃えたこの地に、今ふたたび“審判の火”が運ばれようとしていた。


 ***


 一方、魔王領側――焚刑場跡の丘に築かれた砦。

 そこでは、リリアたちが守りの陣を築いていた。


 石を積み上げた簡素な防壁。

 騎士団の若者たちが盾を運び、子どもたちが水を汲み、

 魔族の職人が手早く火薬を埋めていく。


 その中心で、リリアはひとり、火の焦げ跡を見つめていた。


 焦げた礎石。

 その上に、今は小さな囲炉裏が築かれている。


 子どもたちが集まり、石を鳴らし、火を囲んでいた。


(またここに、“火”が来ようとしてる)


(でも、もう……焼かせない)


 セリアが静かに背後から歩み寄る。


「……教会軍、明朝には接触するとの報が入りました。

 目標地点は、明確にここ――焚刑場跡です」


「……知ってます。見えました。あの旗……“神火の印”でした」


 リリアの声は落ち着いていた。

 震えも、怯えもなかった。


 ただ、決意だけがあった。


「“火にくべることで赦す”。あの人たちは、そう信じてる。

 そのために、わたしを――もう一度、この火に入れようとしてる」


「……ですが、我々は――」


「誰も、焼かせません」


 リリアはゆっくりと立ち上がった。


 鉄球を引きずる音が、砦の石の上に響く。


「私がここにいる意味は、“罰を受ける”ためじゃない。

 “火を止める”ために、ここにいます」


 セリアは、一歩後ろで深く頷いた。


 その姿は、かつての副団長ではない。

 今はただ、ひとりの“盾”として、リリアの背を守る者。


 遠くの地平から、白い祈祷歌が聞こえはじめた。


 神官たちが焚刑を“赦しの儀式”に仕立てようと、祈りを編んでいるのだ。


 だが、リリアはそれを見据えて、ただ静かに言った。


「火を灯すのは、あの人たちじゃない。

 私の中にある火が――“まだ生きてる”って、それを見せてあげるだけです」

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