第四幕:あなたの腕のなかで、罪を眠らせて

「……少し、横になりましょうか」


 そう言ったのは、魔王だった。


 朝の光がまだ淡くベッドを照らしている中、リリアは頷くことしかできなかった。


 さっきまで交わされた言葉の余韻が、まだ胸の奥に残っていて、何も喋れそうになかった。


「二度寝は、“ちゃんと話を聞いてくれた良い子”へのご褒美よ」


「……そんなの、ずるいです……」


「ふふ、ずるい魔王でごめんなさい」


 そっと布団がめくられ、リリアは魔王の横に身を沈めた。


 シーツの感触。隣から伝わるぬくもり。

 あたたかく、落ち着くのに、どこかくすぐったい。


 さっきまで泣いていたのが嘘のような、やさしい静けさだった。


 リュシアは、リリアの細い肩にそっと手をまわす。


 彼女はほんの少しだけびくっとして――でも、すぐにその手に身を預けた。


 それから、ふたりは何も言わず、静かにまどろみの中に落ちていった。


 ***


 昼が近づいても、リリアは眠っていた。


 ただし、眠りは浅く、断続的だった。


 夢の中、リリアはまた“あの焚刑”を見た。


 炎の中で笑っていた少女の顔が、徐々に自分のものに変わっていく。


 「――やめて……」


 寝言のように小さくもがくリリアに、魔王はすぐ気づいた。


 そっと彼女の体を引き寄せ、腕の中に抱え込む。


「だいじょうぶ。ここにいるわ、リリア」


 唇を寄せ、額にキスを落とす。


 すると、リリアの眉がわずかに緩み、再び深い眠りに戻っていった。


 しばらくして、またリリアがうなされる。


 今度は何も声を出さなかった。ただ、喉をかすかに震わせ、指先を強張らせていた。


 リュシアは、彼女の髪をゆっくり撫でた。


「もう見なくていいの。ここは、燃えていないから」


 その言葉は、魔王としてではなく、

 誰よりも“失った者”としての、祈りに似たささやきだった。


 そのたび、リリアは少しずつ深い眠りへと沈んでいった。


 まどろみと、悪夢と、ぬくもりの繰り返し。

 それはまるで、罪の眠りの中にほんの少しの赦しを混ぜていくようだった。


 ***


 昼過ぎ。


 静かな寝室。カーテンは半分ほど引かれ、柔らかな光が差していた。


 リリアは、魔王の腕の中で、穏やかな呼吸をしていた。


 眉間にあった緊張は消え、頬にはわずかな赤みが戻っていた。


 ようやく訪れた、安らかな眠り。


 彼女はもう、焚刑の夢も、焼かれる叫びも見ていなかった。


 ただ静かに、あたたかく、ぬくもりの中にいた。


 リュシアは、彼女の髪に顔を寄せながら、小さく囁いた。


「……ありがとう。今日、あなたがここにいてくれて」


 その言葉は、眠るリリアには届かなかったかもしれない。


 でも、リリアの指先が、ほんの少しだけ布を握りしめたのを――

 リュシアは、確かに感じていた。


 ふたりは、何も言わず、何も求めず、ただ一緒にいた。


 それは、“愛”よりも静かで、“祈り”よりも深い何かだった。


 ――第5章:完。

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