【完結】未来から来たと言う双子の兄が俺を離してくれないんだが?

西海子

はじまり

X.現状維持のエピローグ


「だから言っただろ、お前は俺から離れられなくなるって」


 そう言って、悪魔の様な笑みをニタリと浮かべた自称・未来人は俺の腰を引き寄せた。

 ほら見ろ。やっぱり神なんていないんだよ。

 俺はため息を吐いて、抵抗を放棄した。



-1.疾走した兄の失踪


 手を繋いで歩いていた。

 俺と、双子の兄と。

 夕暮れの道を、公園帰りに。

 家に向かって他愛のない会話を交わしながら。

白夜はくや

 兄が不意に俺の名を呼んだ。

極夜きょくや?」

 不思議そうに名を呼ぶと、するりと俺の手を兄は離した。

 足を止めた俺のキョトンとした顔を眺めて、兄は沈んでいく夕日を背負い、影になって判然としない顔で……ニタリと口だけで笑って、囁くように言った。

「良い子で待ってるんだよ、白夜?」

「極夜……なに?」

「迎えに来るから」

 それだけ言い残して、兄は走り出した。

 ポカンとしたまま遠ざかっていく背を眺めていた俺は、今し方の出来事を飲み込めないまま、ぎこちなく足を踏み出した。

 手を繋いでいた。

 間違いなく、兄の手の熱が残っているのに。

 何もわからないまま家に帰る。

 母親にたどたどしく訴えた。

「極夜、いなくなっちゃった……」

 それを聞いた母の顔を、未だに忘れられない。

 母は、怪訝そうな顔で俺の頭を撫でたのだ。

「どうしたの、白夜? きょくや、って誰のこと?」

「え……」

「ほら、早く手を洗っていらっしゃい」

 スッと背を向けた母に、呆然としたのも束の間。

「……っ」

 極夜と共に過ごしていた子供部屋に急ぐ。

 ドアを開けた向こうの部屋。

 二つのベッドがあって、二つの学習机があって、二つのランドセルが放り出してあったはずの部屋。

「……なんで……?」

 俺の目に映ったもの。

 一つのベッド、一つの学習机、一つのランドセル。

 兄のいた痕跡が、何もない。

 俺の手に残っていた熱も、もう消えてしまった。

「極夜……」

 意味が分からない。

 生まれてからずっと一緒にいた、双子の兄がいなくなった。

 ただいなくなっただけじゃない。

 存在ごと、無くなった。

 ペタン、と廊下に崩れ落ちて、俺は何も飲み込めないままだった。


 その日、何の変哲もない放課後の夕方。

 俺、三冬みふゆ白夜は唐突に片割れを喪失した。



0.失ったものを失った日々


 中学、高校と過ごしていくうちに、俺は徐々に極夜のことを忘れていった。

 なにしろ、俺以外は三冬極夜という人間がいたことすら認識していないのだから。

 高校生の時に、イマジナリーフレンドという言葉を知った。

 それで「あぁ、極夜という双子の兄は、俺が作り出した幻想だったのかもな」と諦めがついた。

 そこから、加速度的に極夜との思い出は俺の中から消えていく。

 極夜と過ごした年月が、極夜がいなくなってからの年月に超えられた時、ふっと全てなくなった。

 名前すら思い出せない、ただ、何かを失ったのだということだけが理解できた。

 それからの日々は、まぁ、幾分気が楽だった。

 忘れていくことに罪悪感を持っていたのだろう、と気付いたのは聖職者を志したころだった。

 進路として神学科を選択し、受験のために勉強漬けの日々を送り、何とか合格をもぎ取った。

 その期間の思い出は、特にない。

 ただ、知識と引き換えに何かを忘れていっただけの日々。

 別に友人がいないわけでもないし、それなりに楽しい高校生活だったはずだ。

 それでも、それは俺の中に残っていない。

 大学で神と信仰を学び、その教えを自分の中の空白へとため込んでいく。

 この期間の事も、実を言えばあまり憶えていない。

 気が付けば俺は、寂れた教会の神父としての生活に身を置いていた。

 毎週ミサを執り行い、たまに訪れる人々の告解を聞き……後はなんだっけ?

 忙殺されるほどの日々のお勤めがあるわけでもなく、緩い信仰に身を捧げている不真面目な神父。

 それが現在の俺だ。

 もちろん、信徒を邪険にするわけではない。いや、この言葉は仏教のものだったか?

 それでも人々の悩みを聞き、神の教えを説き、寄る辺になるのが神父の勤めだ。それについては別に何の不満もない。

 問題は、俺の中にあった。

 何かを喪失したという理屈のつかない感情が、俺の神への信仰を鈍らせる。

 俺の指導をしてくれた司祭にそれとなく吐露したら、

「それを乗り越えて神に仕えるのが君への試練なんだろう」

と言われた。

 ――神の試練。

 必ず聞く言葉だ。それに関してはその時は「そうなのか」と受け入れた。

 ひょっとしたら向いていないのか、自分の信仰は誤っているのか、と真剣に悩んだ事もあったので、これは試練なんだと言われればなるほど、と納得してしまったのだ。

 それからは一層、神への祈りも熱が入った。

 一年程は、だったが。

 俺は祈りの果てに理解してしまったのだ。

 ――この世に神などいない、と。

 どうあっても埋められない喪失感と、そこへ澱が溜まるように積もっていく神の教え。

 こんなものが試練なのか、神の愛とやらは人の祈りには応えることはないのか、俺の喪失感の正体を知らしめてすらくれないのか。

 こうして出来上がった三冬白夜という神父は、「神などいない」と言い切る異端者になった。

 失くしたものを求めて彷徨い、神の愛すら認められなくなった哀れな子羊。

 寂れた教会で、うずくまるようにしゃがみ込み、居もしない神へと祈る滑稽な存在。

 その背に、ある日、声がかけられた。


「ようやく見つけた、こんなところにいたのか、白夜」


 逆光の中、神々しい光を背負っている男。

 影になって顔は見えない。

 記憶がうずいた。

 無い記憶が、次の光景をよみがえらせる。

 ニタリ、と口元だけで笑ったのが見えた。

「良い子にしてたか? 迎えに来たぞ」

 ぞわっと、背筋が震えた。

 知らない、知らない記憶だ。

 なのに。

「お前……誰だ?」

 かすれた声で問いかける俺に、男は言った。

「酷いな、俺はお前の双子の兄じゃないか、白夜。わざわざ未来から迎えに来たのに、そんな冷たいこと言うなよ」


 俺の日常が壊れた――あるいは、修復され始めた瞬間だった。

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