第6話

……最近、レオン様は訓練場に通っておられるそうで」


それは、ほんの偶然に耳にした使用人たちの会話だった。


読書の合間、紅茶を口にしようとしていたセリナ・ヴァルドレットは、

思わずカップをテーブルに戻す。


「……兄様が?」


兄・レオンは昔から、訓練など嫌いだったはずだ。

剣の稽古も、魔法の講義も、退屈といってすぐに放り出すような人だった。


(そんな兄様が、訓練に“通っている”?)


胸の奥に、ざわつくものを感じながら――

セリナは足を向けていた。

訓練場へ。確かめずにはいられずに。



静かな中庭。陽光が差し込む訓練場の奥。

その中心に、レオンはいた。


汗まみれの背中。

模擬剣を手に、じっと標的に向き合っている。


(……本当に、兄様)


そう思った瞬間だった。


「《ウィンド・リープ》」


足元に淡い緑の魔法陣が展開され――

レオンの身体が、ふわりと空へ跳ね上がる。


風をまとった身体は、空中でさらに跳ねるようにして横へ滑る。

空中機動。

重力すら騙すような、流れるような加速。


(なっ……!)


次の瞬間、剣が一閃。


風を乗せた斬撃が、標的を遥か先から斬り裂いた。

その軌道は鋭く、まるで斬風の矢のように走る。


「《スラッシュ・ゲイル》」


風魔法による加速からの、超高速斬撃。

地上に戻ったレオンはすぐに魔力を練り直し、続けざまに踏み込んだ。


「《ステップ・バースト》」


踏み出す一歩に風の反動。

レオンの身体が視線から一瞬、消える。


(速すぎる……!)


突き抜けるような風音のあと、模擬標的が真っ二つに裂けていた。



セリナは呆然と立ち尽くしていた。


剣の腕、魔法の精度――それだけではない。

レオンの戦い方には、“風そのもの”のような自由さと、凄まじい鋭さがあった。


これまで彼女が知っていた“怠惰な兄”とは、まるで別人。


(……いつの間に、あんな力を……)


混乱と、衝撃と、感嘆がないまぜになる。

息を呑み、胸の奥がざわめいて止まらない。


(兄様は、もう……私の知っている兄様じゃない)


でもそれは、恐れではなかった。

むしろ、眩しさだった。


地に縛られず、空を駆けるように戦う兄の姿は、

どこまでも自由で、力強くて――


(……綺麗)


誰にも聞かれぬほどの小さな声で、セリナは呟いた。

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