傲慢侯爵令息は、報われる世界で本気を出す
ちゃま
第1話「才能さえ、あれば――」
世界は、努力を笑う。
積み重ねた時間も、流した汗も、砕けた骨も、
“才能”という言葉ひとつで無意味にされる。
それでも、彼はあきらめなかった。
名を残したかったわけじゃない。
名声が欲しかったわけでもない。
ただ、強くなりたかった。
生まれつき、剣の才能はなかった。
魔法の素質も、平凡以下。
何をやっても中途半端。
だがそれでも――彼は努力し続けた。
日の出より早く目を覚まし、剣を振った。
膝が砕けても、手の皮が剥けても、
魔力制御に失敗して吹き飛ばされても、
どれだけ負けても、どれだけ見下されても、
歯を食いしばって、立ち上がった。
そして、ようやく気づく。
どれほど努力を重ねても、“天才”には届かないという事実に。
ほんのわずかな時間、ほんのわずかな訓練。
それだけで、自分が十年かけて積み上げた技をあっさり越える連中がいた。
悔しさなど、とうに通り越していた。
焦燥も、嫉妬も、怒りも、憎しみも、すべて呑み込んだ上で――
それでも努力をやめなかった。
やめたら、負けだったからだ。
だが、その“努力”の果てに彼が辿り着いたのは、
名誉でも勝利でもなく――血まみれの戦場だった。
何十人目かの“天才”と剣を交え、そして、敗れた。
膝を折り、剣を落とし、魔力は尽き、身体はもう動かない。
見上げた空は、どこまでも青く澄んでいて、
死に際の男には、あまりに優しかった。
「……才能さえ、あれば」
たったそれだけの願いだった。
自分の人生を笑っていた者たちを、黙らせたかった。
自分を見下していた世界に、ただ一太刀、爪痕を残したかった。
せめて、“報われる世界”に生まれていれば――。
次の瞬間、世界が崩れた。
目の前が、真っ白に染まっていく。
身体の痛みも、重さも、すべてが霧散していくような感覚。
ああ、ようやく終わる。そう思った。
……だが、終わりではなかった。
⸻
目を覚ますと、そこは見知らぬ――いや、どこか“懐かしい”空間だった。
天蓋付きの豪奢なベッド。
壁には金装飾のタペストリー、調度品はどれも高級品。
そして、自分の身体は――明らかに若い。
十一歳程度の少年の手。肌は滑らかで、骨の節々に痛みもない。
思考が追いつかぬまま、扉が静かにノックされた。
「……お目覚めですね、レオン様。お水をお持ちしました」
銀髪の少女が、優雅に一礼しながら水差しを差し出す。
彼女の名は――リリア・グレイス。
幼い頃から側に仕えてきた、専属の侍女。
その姿を見た瞬間、頭に焼けつくような激痛が走る。
手が勝手に額を押さえるほどの衝撃。
それと同時に、“記憶”が洪水のように流れ込んでくる。
侯爵家の嫡男。
名門ヴァルドレット家。
剣と魔に恵まれながら、訓練を放棄し、傲慢に育った“問題児”の人生。
内心で、呆れ笑いが漏れた。
……クズ野郎じゃねぇか。
だが、むしろそれが好都合だ。
この身体は、まだ“何者でもない”。
けれど――その器は、とんでもない。
生まれついての剣才、圧倒的な魔力量。
何より、まだ誰からも“本気”を期待されていない。
かつて敗れた努力の亡霊が、
ようやく手に入れた“天才の身体”。
あとはただ、やるだけだ。
才能が努力を知ったとき、世界がどう変わるのか。
それを証明するのは――この俺だ。
リリアの視線が、ふとこちらをよぎる。
何かに気づいたように、わずかに目を見開き――すぐに、静かに一礼した。
⸻
もう“負けたまま”終わるつもりはない。
この才能を、限界の先まで使い切る。
レオン・ヴァルドレットの第二の人生が、ここから始まる。
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