Ⅳ 魔物研究課
事務所を後にし、再び廊下を進んだ突き当たりにあるドアを潜ると、中は不思議と甘酸っぱい匂いが充満する実験室だった。
部屋の四方には大きな棚が設られており、種類も数も豊富な材料や薬品、大小様々な器具が所狭しと並べられている。床の上には小型の魔物や魔獣の剥製が複数体置かれ、書籍ばかりが詰め込まれていた書庫とはまた方向性の違う混み合い具合だ。
部屋の中央には大きなテーブルがあり、その隅にはガラスパイプとチューブ、フラスコで組み上げられた装置が置かれて、何らかの実験が進められていた。
装置の後ろに屈み込み、フラスコの中に溜まっていく琥珀色の液体を眺めていたのは、ピンク色の髪をツインテールにしている若い女だった。フラスコを真剣に覗き込む目元は、眼球を保護するための無骨なゴーグルで覆われている。
彼女はドアの開く音に視線を上げ、実験室の中へと入ってきたロズとディーの姿を認めると、ゴーグルを額の上に上げながら弾けんばかりの笑顔を浮かべた。
「おーっ、ロズさんじゃないっすかー、お元気してました? 最近事務所で見かけないから、心配してたんすよー」
両手を頭上でブンブンと振りながら軽い調子で言う彼女は、若者特有の明るさを纏っていた。
「ああ、相変わらずな。お前も元気そうだな、ココ」
「えへへー、もう元気元気ー。で……おー、この人、
ロズがココと呼んだ女は、ディーの顔を見上げながら、派手な髪を揺らして笑った。
「遺物憑霊?」
自分の容姿を人から言及されることには慣れているディーだが、『遺物憑霊ばりの顔面をしている』などという形容をされたのは初めてだった。聞き馴染みのない単語を繰り返すと、ロズが簡単に説明をしてくれる。
「古代遺物に憑依した、強力な魔物のことだ。名前に『霊』とついちゃいるが死霊とは全くの別種で、古の魔術師が作り出した存在ではないかと考えられている。未だ謎多き魔物だな」
「その魔物と俺が似てるんですか?」
「いや、遺物憑霊は憑依する物によって見た目も特性も大きく異なる。ただ、遺物に魅入った人間を、死ぬまで使役するっていう習性は共通しててな。お前の顔は魅入られそうなくらい綺麗だって、ココなりに褒めてんだよ」
解説を聞いても、いまいち喜んでいいのかわからない独特な褒め言葉である。複雑を浮かべるディーだが、ロズは続けてディーとココを両者に向けて紹介する。
「ディー、こっちがココ・ルレアリンだ。魔物研究課に所属する職員の一人で、日夜この実験室に籠って、よくわからん研究に明け暮れてる。歳は二十六になったんだっけ?」
「そうでーす」
ココはピースサインを作った右手を高く上げた。外見と実年齢にエイム程のギャップはないが、ココも見た目や雰囲気だけで言えば、ティーンエイジャーと名乗ってもおかしくはない。
「で。こっちが先日から新しく魔物被害調査課に入ったディー・ソーヤだ。お前より四歳下になるはずだ」
「わーい、初めての年下だぁ。ディーね、今後ともよろしくー」
「よろしく……王立ギルドの職員には変わり者しかいないのか?」
「給料も低けりゃ仕事内容も地味な王立ギルドの職員になろうとする奴なんて、そうそういないからな。お前もその変わり者の一人ってわけだ。さて、じゃあ自己紹介は切り上げて、早速本題に入るぞ」
ディーのぼやきにロズは軽い調子で返事をしてから、オアシス消失事件の概要と調査の進捗を、ココへ向けて手短に説明しはじめた。
「つまりー、永氷石を溶かせる炎を生み出せるのは、どんな魔物なのか聞きたいってことですねぇ?」
「話が早くて助かる」
ココは笑顔でうんうんと頷いていたが、ふと表情を切り替えると、ぶつぶつ言いながら歩き出し、壁に設えられた物で溢れる棚を覗き込む。
「えーっと、永氷石永氷石……どこに置いたっけな。あ、これだ。それとー……あーっ、これこれ。残り少なくなっちゃったなー」
彼女は取り上げたいくつかの器具と材料を両手に抱え、中央のテーブルに戻ってくる。
「ロズさんすごい運が良くってー、永氷石について、実はあたしも三年前に詳しく調べてたんですよ。永氷石は絶対に溶けない鉱石って言われてるじゃないですかぁ? あれってある意味では正しくて、ある意味では間違ってる。結論から言うと、高温になれば溶けるってもんじゃないんですぅ」
テーブルの上に保持台を置き、台から伸びる支持棒二本の上に透明な小さな欠片をセットしながらココは説明する。
「どういう意味だ? 物質によって変化する温度は変わるが、この世の理では、物は温度が高ければ個体から液体になり、さらに高温になれば気体になるもんなんじゃねぇのか…まあ、永氷石が絶対に溶けない鉱石と言われていることはもちろん知っているが」
「正しく言えば、永氷石を溶かせるほどの高温を発する魔物はまだ見つかってないし、そこまでの高温を発生させられるほど火焔魔術を高められた人もまだいない、って感じですかねぇ。今発見されてる魔物で、最も高温の炎を発生させるのは、オブライ山の頂上を棲息域としている
楽しげに話すココの説明を聞き、ロズは困惑の表情を浮かべる。
「だが実際、俺たちはオアシスのあった場所で、永氷石で作られていた像が、何らかの要因で溶けたという痕跡を目撃している」
「そう! 問題は『度を越した高温でなら溶ける』ってもんじゃないってことなんですよ。これを見てください」
ココは楽しげに指をパチリと鳴らすと、保持台にセットした透明な欠片を指差す。
「これは永氷石の欠片です。炎で熱してみますね? このランプの中に入ってるのは普通のアルコールです」
説明しながら、ココは実験用のランプの蓋を開け、魔道ライターで芯に火を灯す。そのままランプを保持台の下に持っていくと、永氷石の欠片はランプに灯る小さな炎に包まれることになる。それからしばらく様子を見ても、永氷石の欠片にはいっさいの変化がない。
「ね? 溶けないでしょ?」
真面目な表情で言うココに、ディーは呆れ返る。
「そんなの、当たり前だろ。その程度の火じゃ、永氷石どころか、そこらに転がってる普通の石だって溶けやしない」
ロズは小さく唸っただけだが、ロズもディーと同意見であることがわかるほど渋い表情を浮かべている。
一方、ココは『その言葉を待っていました』とばかりに笑顔を浮かべると、チッチッチと舌を打ち鳴らし、再度手を動かしはじめる。
使い終わったランプに蓋をして消火してから脇にどかすと、今度は、もう一つ用意していた二つ目のランプを手にした。
芯を外し、空のガラスタンクの中に、別の瓶に入っていた液体を注ぎはじめる。ランプの中に注がれていく液体はとろみがあり、黒みがかった半透明の状態だ。
「それは?」
液体を詰め終え、芯を戻してランプをセットするココに、ロズが問いかける。
「万雪地方に棲息する
ココは『ロズさんはご存知でしょうが』と前置きした上で、言葉を続ける。
「炎を吐く魔獣や魔物は、自分の喉の付近にある火焔袋に溜めた、体液の一種である火焔油に着火することで炎を操っているんですけどぉー」
ランプの芯にココが先ほどと同じように魔道ライターの火を近づけると、たちまち黒い炎が灯った。永氷石が、黒火焔竜のものによく似た色の小さな黒い炎に包まれた途端。
それは、一般的な氷と同じように汗をかきだした。ポタポタと水滴を垂らし、あっという間に全てが溶け落ちてしまう。
「溶けた……」
「これは驚いたな」
目の前で実演された奇妙な現象に、ディーとロズが唖然とした様子で呟き、ココは満足そうに頷く。
「永氷石の下にあった支持棒は溶けてないでしょう? 雪火兎鼠の火焔油を燃料にして発生させたこの黒い炎の温度は、まあ千度くらいがいいとこです。だけど、この程度の炎で永氷石は溶けちゃうってわけなんですねー」
ロズは、すっかり水滴となって滴り落ちた永氷石をまじまじと見つめてから、ココへ視線を向ける。
「永氷石が雪火兎鼠の炎で溶ける理由を、ココはどう考えてるんだ?」
「あたしが思うに、永氷石ってのは鉱石じゃなくて、元々はただの氷なんだと思うんですよ。そこに、まだ解析されていない古代魔術がかけられてるんじゃないかなーって。で、その、ただの氷が溶けないようにしてる古代魔術を一時的に解除させるのが、この黒い炎なんじゃないですかねー?」
ココは話しながらランプに蓋をして、黒い炎を消す。そんなランプの張り出した肩口の部分には、水滴形状の固形物が付着していた。一度溶けて滴り落ちた永氷石が再凝固したものだ。
目の前で起きた実験の結果を理解したロズは、神妙に表情を引き締める。
「永氷石が、雪火兎鼠が吐く黒い炎で溶けるって、すごい発見じゃねぇか。ココは三年前にはもうこの事実を発見していたんだよな? どうして公表しないんだ」
「いやー、それがですね。お偉いさん方に口止めされちゃったんですよー」
「どうしてだ」
「永氷石って、希少なものでしょぉ? 今実験に使ったような小粒なものなら簡単に手に入りますけど、大きな塊だとすごい価値になるじゃないですかー。それって、永氷石が溶かして固められないからってことらしくて……機を見て世間に公表するって言ってましたけどねぇ」
永氷石は万雪地方の水源付近からのみ産出される鉱石であり、どんなことをしても溶かすことはできない——と、考えられてきた。
つまり、大きな永氷石を砕いたり削ったりして小さく加工することはできても、小さな永氷石を大きくすることはできない、ということだ。それ故に、大きな塊で掘り出された永氷石が希少価値を持っている。
雪火兎鼠は、比較的簡単に狩ることができる魔獣である。その火焔油からできる炎で永氷石を溶かし、再度固めることができると世間に知れ渡ってしまえば、大きな永氷石の塊の価値が暴落することは火を見るよりも明らかだ。
「なるほど、金持ち連中の都合があるわけだ」
「そういうことみたいですねぇ」
大人の事情が多分に含まれたロズとココの会話が一段楽したところで、自身の顎に指をかけ、困惑した表情を浮かべていたディーが声を上げる。
「ちょっと待ってくれよ。つまりココは、オアシスを襲ったのは、万雪地方に棲息する雪火兎鼠だって言いたいのか? 万雪地方からオアシスがある大砂漠まではかなりの距離があるんじゃないのか?」
その質問には、ココよりも先にロズが応える。
「距離の問題もあるが、雪火兎鼠は魔物ではなく魔獣だ。それだけ離れた場所に住む人々を殺す意味がない。それに、雪火兎鼠の吐き出す千度程度の熱の炎じゃ、村のその他の部分を消し去ることなんてできねぇからな。永氷石を溶かせる黒い炎を吐く魔物が、他にもいるんだ」
ロズから話を引き継ぐようにココは頷いた。
「現在確認されている黒い炎を吐く生物は、三種類。雪火兎鼠と同じく万雪地方に棲息する魔獣、
半ば予期していたココの言葉を聞き、ロズは諦めたように軽く上を向く。
ディーは一度呆気に取られたように目を瞬き、すぐさま眉を吊り上げると、声を荒げてロズへと詰め寄った。
「つまりなんだ。やっぱり犯人は黒火焔竜でしたーってことだろうが!」
「そうなっちまうよなあ」
ロズが呑気な調子で言うと、ディーはさらに声を大きくする。
「そうなっちまう、じゃねぇだろ。あれだけ俺に偉そうに説教しておいて! 何が『決めつけてかかってると、先入観から余計な判断ミスをするぞ』だ」
興奮のあまりすっかり敬語が消え失せたが、そのことについてロズは指摘しなかった。
永氷石を溶かせる黒い炎であり、かつ永氷石以外の村の他の部分も焼き尽くせる高温の炎を生み出せる存在は、黒火焔竜以外にいないのだ。ディーが言っていたことが正しく、『黒火焔竜が嘘をついているようには感じられなかった』というロズの所感が間違っていたと主張されても仕方がない。
ロズは渋い表情のまま、ココに向けて問いかける。
「雪火兎鼠と雪林黒狼は、共に永氷石の産地でもある万雪地方に住んでいる魔獣なんだろう? 黒火焔竜だけ、万雪地方とは似ても似つかない大砂漠の端にあるヴォルア山に棲みついているのは何故だ」
「ドラゴンは他の魔物に比べて移動距離も桁違いですから。群れを持っているわけでもないですし、単純に黒火焔竜が移動したんじゃないかーってあたしは思いますよぉ。きっと遠い昔は、万雪地方に棲んでいたんじゃないですかねー」
「つまり黒い炎は、万雪地方に棲む魔物特有のものってことか」
「雪火兎鼠も雪林黒狼も、永氷石に作った巣穴で子供を育てることで知られてるんです。永氷石を削って巣穴を作ってると思われてたんですが、もしかしたら黒い炎で溶かしてたのかもしれませんねぇ。だとすると、黒火焔竜も幼竜の時は永氷石に作った巣穴で暮らしていたのかもしれないなー、とかとか」
そうココが答えた時、ディーは目の前にあるテーブルを両手でドンと叩いた。テーブルの上の実験器具が震え、ココが怯えるようにビクッと体を竦める。
「そんなことはもうどうでもいいだろ! 自分が間違ってたってことから目を逸らすなよ」
苛立つディーに、ロズはため息を一つ漏らす。
「落ち着けディー。オアシスを消し去ったのは、黒火焔竜の生み出す黒い炎以外にはあり得ないと、たしかに俺も思う」
「つまり、オアシス消失の犯人は黒火焔竜ってことでいいんだよな? 王立ギルドとの契約を破ったとして、さっさと『ドラゴン討伐依頼』を出そう。それでこの件は終わりだ」
ディーの言葉に、ロズはしばし逡巡する間を開けた。
「……待ってくれ。やはり俺は、黒火焔竜は犯人ではないと思う。あの、話を聞きに行った時の黒火焔竜の様子、お前には嘘をついているように見えたか?」
「はぁ? アンタ、言ってること無茶苦茶だぞ。先入観に振り回されてんのはどっちだよ」
「それにさっき、エイムからも話を聞いただろう。黒火焔竜はオアシスと友好関係を築いてきた長い歴史があるんだぞ」
言い募るロズの言葉に、ディーは嘆息して首を振る。
「いくら理由を付けたって、オアシスをあの状況にすることが可能なのは黒火焔竜だけって事実は覆えんねぇだろ。俺には、アンタが自分の判断ミスを認めたくないだけにしか見えない」
ディーはどこか挑発するようにロズへと視線を向けたが、ロズはついに言葉を返すことなく口を閉ざす。
居心地の悪い沈黙の後、『チッ』と冷たい響きを持つ舌打ちが響いた。
「アンタのこと、尊敬しかけてたのに。自分の間違い一つ認められねぇオッサンだったとか、やってらんねぇよ」
吐き捨てるようにそう言うと、ディーは踵を返し、部屋を出ていくべくドアノブに手をかけた。ロズはディーの背中に視線を向けながらも、何も言わずに見送ろうとしている。
その時。
言い争うロズとディーの様子を心配そうに黙って見守っていたココが、意を決したように口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってぇ!」
ココは、ディーの開きかけたドアに駆け寄り、体で抑えて無理やり閉じさせる。
「ディー、あたしの話を聞いて欲しいの!」
「なんだよ」
「それは……」
話を聞いて欲しいとディーを引き留めたわりに、改めて問い返されるとココは言い淀み、口を閉ざす。
それからしばらく待っても、ココが話し始める様子はなかった。ディーは深くため息を漏らす。
「おいおい、アンタもいい加減にしろよな。もういいから、そこどけよ」
「わかった、待って、話す。話すから!」
ディーがココの体を押し除け改めてドアを開けようとしたところで、ココは大声で返事をしてから、おずおずと問いかける。
「ここから先の話は、あたしから聞いたって、絶対、絶対、ぜぇっっったい、に、誰にも言わないで欲しいんだけどー……いい、ですかぁ?」
「わかったよ」
ディーが返事をすると、ココの視線はロズへも向き、ロズもまた頷いてみせる。
「何を話そうとしてるんだかはわからんが、ココが俺たちを信用して、だからこそする話だってことはわかった」
二人の返事を聞き、ココは自分の体で閉じていたドアの錠に手を伸ばし、サムターンを回して閉めた。それからゆっくりと振り返り、胸の前で両手の人差し指をもじもじと動かしながら話しはじめる
「実は、あたし。一ヶ月ちょっと前に用事があって、闇ギルド、に、行ったんです」
「闇ギルドって……」
復唱した言葉を詰まらせ、ロズは呆れかえったような眼差しを向ける。
「お前、自分が何してるのかわかってんのか!」
「だから誰にも言わないでって言ったじゃないですかぁ! 悪いことだってことはわかってますけど、必要悪ってものもあるんです!」
「とても王立ギルド職員の言い分には聞こえねぇよ」
「だってぇ……魔物研究を進めるにあたり、正規の方法じゃ手に入らないものもあるんですよぉ」
目の前で続く二人の会話に、ディーは不思議そうに首を傾げた。
「その闇ギルドって何なんだ?」
「早い話が、非公認でギルドらしき活動をしている連中のことだ」
ディーに説明をはじめたのはロズだ。
「王立ギルドは市民からの要望を受ける形で色々な依頼を発行しているが、そんな中でも、非人道的だとか、規制法があるとか、様々な理由で扱えない依頼がある。ただし『非合法の物品がどうしても欲しい』、『保護されている魔獣を討伐して欲しい』とかいう奴らは確実にいて、そういう奴らのために、法外な値段で取引をしてくれる非公認のギルドがある。それが『闇ギルド』ってやつだ。当然、本来はやってはいけないことだ」
「つまり、犯罪組織ってことか?」
「存在を見つけた時点で通報義務がある代物だからな。闇ギルドに出入りしたらそれだけでバリバリの違法だ」
王立ギルドが創立される以前は、『ギルド』と呼ばれていたものが世界各地に独立して存在し、各々の基準で個別に活動していた。
ただし、法整備が整った現在は王立ギルド以外の団体がギルドらしき活動をすることは認められておらず、活動内容に関わらず、存在自体が違法なものになる。そして、違法団体が行う活動というものは、得てして道を外れた内容になるものだ。
ディーが何とも言えない眼差しを向けると、ココはドアの横に置いてあった
「で、ココが闇ギルドに出入りしてるって話が、今回の件と何の関係があるんだ?」
「それがですね。その闇ギルドの依頼一覧の中に、黒火焔竜の火焔油をとってくる依頼が出されてたのを見かけたんですよねぇ。ドラゴン素材の納品ですよ? すごいでしょ?」
剥製の裏に隠れたままのココからの問いかけに、ロズは神妙な顔をして頷く。
王立ギルドと契約を交わしているドラゴンに危害を加えることは禁じられている。その罰は重く、場合によっては死刑になるほどだ。
それほど罪が重い理由は単純だ。誰か一人の冒険者が禁を破ってドラゴンに手出しをしたら、ドラゴンは怒りのままに報復を行うかもしれない。予想される被害は甚大である。
「うわー、すごいなーって思って印象に残ってて。納品されたかどうかは分からないんですけどー……もし、それが納品されていたんだとしたら」
ココが続けた言葉をロズが引き継ぐ。
「雪火兎鼠の火焔油を使って実験したのと同じように、黒火焔竜の火焔油があれば、オアシスを燃やし尽くし、永氷石を溶かす炎を第三者が用いることができる……ってことだよな?」
「はい。黒火焔竜の火焔油は、着火すれば数滴でも爆発的な火力を齎すほどの超危険物です。一瓶もあれば、村を丸ごと焼き尽くすことも可能ではないかとー」
こくりと頷くココの言葉に、ディーは何かを思い出したようにハッと顔を上げる。そして、自分の喉元を指さした。
「黒火焔竜の野郎、ここに怪我をしてました。もしかしてあそこが火焔袋がある場所で、寝てる間にでも火焔油を抜かれたんじゃないですか」
ディーの言葉には、自然と敬語が戻ってきた。
「『黒火焔竜は月初に三日間、深い眠りに落ちる』と、エイムが言っていた」
ロズが呟き、ココは目を瞬く。
「へぇー、知らなかった。じゃあ、その生態を知ってて、さらにそれなりに腕のある冒険者だったら、黒火焔竜の無防備な期間に、その喉にある火焔袋から火焔油を抜き取ることもできそうですね」
「つまり」
情報を脳内でまとめ、ディーは強く眉根を寄せた。
「闇ギルドで『黒火焔竜の火焔油』がすでに納品されていたとするなら。オアシス消失事件の犯人は、その依頼人ってことになりますね」
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