Ⅱ アリリタ

 砂と魔物の侵入を防ぐため、高い市壁によってぐるりと四方を囲まれた砂漠の交易都市アリリタは、どこまでも広がるような砂丘のど真ん中にある。

 オアシスとは比べ物にならない大きな街のすべてが囲われているのだから、アリリタの市壁は規模も大きい。付近には視界を遮るものがほとんどなく、遠くからでもよく見える。ある意味、砂漠という大海原の中における灯台のような役目も果たしていた。

 実際に、ロズとディーが砂埃の中にその姿をおぼろげに捉えてからアリリタの西門を潜ったのは、真っ直ぐに馬を歩ませ続けて二時間後のことだ。街に近づけば近づくほどに、市壁の高さが身に迫る。

 街の東西にある二つの門には両開きの扉が備え付けられているが、扉自体も高さが七メートルある巨大なものであり、この地をはじめて訪れたディーを圧倒した。

 しかし一歩アリリタの中に足を踏み入れると、さらなる驚きが待っている。東西の門と中央広場を繋ぐ大通りは多くの人でごった返し、ここが荒涼とした大砂漠の中にある街であることが信じられないほどの賑わいを見せていた。

 道の左右には数多くの露天商が多種多様な商品を並べており、呼び込みの声が響く。隙間なく立ち並ぶ建物は市壁の中に迷宮のような道を作り出し、傾いた陽によって赤く染め上げられて美しい街並みを描いていた。

「すごい。王都の外はすべて田舎だと思っていたが、砂漠の真ん中にこんな場所があるのか。いや、何なら王都の中よりも賑わってないか」

 街の中に入ってから、ロズは馬の背から降りて、手綱を引いて歩きはじめた。

 一方のディーは、ロズに指示されて馬の背に乗ったまま、目移りするようにあちこちを見ている。自然と半開きになってしまっている口から漏れるのは大きな独り言であり、素直な感嘆だ。

 聞きようによっては無礼にも捉えられる言葉だが、ロズは軽く笑った。

「お前、王都生まれの王都育ちか?」

「そうですが。それがどうかしたんですか?」

「いや。『王都の外はすべて田舎』ってのは、王都生まれらしい傲慢さだなと思ってよ。まあ実際に、王都ほどの街は他にありゃしねえが、王都とここじゃ賑わいの種類が違う。アリリタは交易都市だから、街にいるのは商人が多い。自然と活気も出てくるさ」

 しかしそう話しているロズも、彼が以前この地を訪れたときより、アリリタの賑わいが増しているように感じていた。

「商人が多いと、活気が出るものなんですか?」

「そりゃあ、活気のない商人なんて、商売あがったりもいいところだからな。アリリタには、大砂漠のすべてのものが集まると言われている。お前も楽しめるだろう。今日やるべき調査を終えたら、夜にでも好きに見て歩いたらいい」

 ディーは砂を落としながらフードを外すと、馬の横を歩いているロズを見る。

「これからどうするんです?」

「まずは、今晩泊まる場所を確保するために宿へ行く。それから酒場に行って、飯を食いつつ情報収集だな」

「ロズさんは、アリリタにも来た経験があるんですか?」

「ああ、今回で四回目になるか。一応の土地勘はある。変える必要もねぇから、馴染みにしてる宿に行く予定だ」

 言葉のとおり、大通りを外れて一本奥の道に入ってからもロズは迷う様子もなく進み続け、程なくして二人は街中心部の広場に程近く、敷地面積的には小さいが五階建ての宿屋の前へと辿り着いた。宿屋の横には厩舎が併設されている。

 ディーも下馬し、鞍から荷物を外していると、厩舎から宿屋の従業員らしき若い青年が出てきた。

「ご宿泊のお客様ですか?」

「ああ、今日から二名一室で、とりあえずは一泊の予定だ。事情によっちゃ連泊になるかもしれねぇが、調整はできるか?」

「今晩は混み合っているんですが、幸い一室なら空きがあります。明日からは余裕があると思いますので、調整が必要でしたら、またおっしゃってください。馬はここでお預かりしますね。主人がおりますので、お客様は先に中へどうぞ」

 従業員はそう言うと、ロズから手綱を預かり馬を厩舎へと連れて行った。促されるままに二人は宿屋へ向かう。

 ロズが宿のドアを開けると、女の華やかな声が出迎えた。

「いらっしゃいませ。おや、その姿はロズ様じゃないですか。お久しぶりです。またお越しくださって嬉しいですよ」

 声の主はカウンターの中にいる中年の女で、快活な印象がある。肩ほどまである波打つ赤毛を持つ人物だった。

 ロズは朗らかに笑う。

「前に来たのはもう何年も前のことなのに、まだ俺のことを覚えていてくれたんだな」

「何度も来てくださっているお客様の顔とお名前は自然と覚えますよ。ただ、お連れ様は初めましてでしょうかね」

 女主人の眼差しが向けられると、ディーはゆったりとした仕草にサングラスを外して、艶めく微笑みを浮かべた。

「俺はディー・ソーヤだ。ご主人の名前は?」

「あら……」

 露わになったディーの美貌に、メリナは一瞬呆けたような表情をした。それからハッと我に返る。

「あっ。えっと、私はメリナ・エニリアスです」

「メリナ。今夜は世話になる」

「よろし、く……お願いいたしますわ」

 メリナは健康的な色黒の肌を僅かに赤らめながらまつ毛を伏せ、己の動揺を隠すように手元の宿帳にロズとディーの名前を書き込んでいる。長年宿を己一人の手腕で経営している彼女の、そんなしおらしい反応は大変珍しいものだ。

 ロズが改めてまじまじとディーの整った顔面を見ていると、ディーはウィンクを一つ投げてよこしてきた。

 と、メリナが顔を上げる。

「ロズ様、申し訳ないのですが本日は一室しか空きがなく、二名一室でのご利用でよろしいでしょうか?」

 質問を向けられているのはロズなのだが、メリナの眼差しは惹きつけられるようにディーへと向いていた。ロズとしてはもはや笑うしかない。

「元よりそのつもりだったので問題ない」

「ありがとうございます。では、こちらにサインをいただけますか。ロズ様だけのもので構いません」

 ディーに心奪われながらもしっかりと仕事はこなすメリナに宿帳を向けられ、ロズはカウンターに一歩近づきペンを走らせる。

「俺たちは滑り込みで助かったが、これで今夜は満室ということか。盛況で何よりだが、最近はいつもこんな感じなのか? 俺が前に来たときよりも、アリリタ全体が賑わっているようだ」

 ロズが特別疑問に感じたのは、この世界では基本的に『宿屋を予約する』という習慣がないからだ。各地を移動する冒険者が多い関係上、基本的にはどこの宿屋も常に何部屋かは空いており、たとえ飛び込みで行っても全く問題ないという状況にある。宿屋が満室になるのは珍しいことだった。

「今夜は中央広場で『オルノ夜祭』が行われますので、それでいつもよりも人出が多くなっているのですよ。その様子では、ロズ様とディー様は、オルノ夜祭のためにアリリタへ来られたわけではないのですね?」

「ここへは今回、急遽仕事でな。そんな催しがあるとは初耳だ」

「なるほど、お仕事で。でしたら、騒音がご迷惑になってしまうかもしれませんね。何でも、祭りは夜通しやるそうですから……。ではこちら、部屋の鍵になりまして、お部屋は五階です」

 メリナはカウンターの上に、金属の大きなチャームがついた鍵を一つのせた。

「ありがとう」

 ロズは鍵を受け取るが、横からディーが質問をする。

「その『オルノ夜祭』ってのは、いったいどういう祭りなんだ? 『オルノ』なんて神の名前は初めて聞いたが、このあたりの土地神か?」

 メリナは改めてディーを見ると、また少しもじもじとしながら返事をする。

「いえ、『オルノ』というのは、ここアリリタの市長『オルノ・ミーシアン』からきていまして、神様の名前ではありません。人々がただ楽しむためだけの祭りをしたいとこのとで、オルノ市長が企画しはじめたものなんです。来月になりますが、三週間後にはさらに大規模な本祭の開催が予定されているのですが、夜祭も今日が初めてのことですから、実際に今夜どういった雰囲気になるのかは、私たちもわからないんですが」

「そりゃあ画期的なことだな」

 説明を聞き、ロズは片眉をあげて笑った。

 この世界で一般的に祭りと言えば、『収穫』や『降雨』、『魔物からの守護』など、何かしらの恵みに感謝の意を表して、神の名前を冠し行われるものである。実態として、地域住民が集って様々な催しや食事などを楽しむだけの催しになっていることはよくあるが、神事的な事柄といっさい関係のない祭りというのも珍しい。

「お仕事の都合がつきましたら、行かれてみてはいかがですか。満室の状況を見ていただけるとわかるかと思いますが、話を聞きつけて周辺からも随分と人が集まっていますし、今夜九時から夜明けまで行われるそうですよ」

「随分と夜更けに行う祭りのようだが、メリナも行くのかな?」

 カウンターに軽くもたれて、口説くように問いかけてくるディーに、メリナは頬を赤らめる。だが、その浮ついた様子とは裏腹に、返事の内容にはどこか渋いものが混ざっていた。

「いえ、私たちのような地元住民は、今回のオルノ夜祭に関してはあまり良い感情は抱いていませんので。参加はしないつもりですよ」

「良い感情がない? それはいったいどういう理由で?」

「祭りで振る舞われる飲食物は全て無料で振る舞われるらしいですよ。そりゃ外から来た人は喜ぶでしょうし、人が増えたら街全体の活性化にもなるってのも理解できますが。祭りも税金で行われるものですからねぇ。無駄遣いが過ぎるんじゃないかと、反対意見も多いんですよ。本祭が終わってみないと、総括的な評価はできませんけどね」

 そこまで話して、目の前にいるロズとディーも『外から来た人』であることを思い出したのか、メリナはハッとしたように口元に手を当てる。

「こんな愚痴っぽいことを長々と、すみません」

 そんな彼女の様子から、聞かれればつい漏れてしまう程度には祭りに不満があるようだということは窺い知れた。ロズが構わないと首を振っていると、宿のドアが開き、先ほど外で馬を預けた従業員の青年が入ってきた。

「メリナさん、厩の飼葉の件なんですが……あっ、お客様、失礼いたしました。よろしければ、部屋までお荷物を運びましょうか」

 青年は手元のメモをめくりながらメリナに話しかけようとして、途中でロズとディーの存在に気づいて笑顔を向けてくる。

「いや、それには及ばねぇよ、これ以上仕事の邪魔をしたら悪い。行くぞ色男」

 青年からの申し出を断り、ロズはディーを引き連れて、カウンターの奥に見えていた階段へ向かう。

 狭く急な階段を上り続けて五階につくと、すぐ目の前にドアがあり、一階につき客室が一つというシンプルなつくりになっていることがわかる。

 ドアの鍵を開けて中へ入る。部屋は簡素だが清潔だ。簡単な収納が二つ、ベッドが二つ、それぞれの壁際に置かれている。正面には掃き出し窓が大きく設けられていることが印象的で、そこからつながるバルコニーが見えていた。

 二人は部屋に荷物を置くと、宿にほど近い冒険者の集う酒場へ向かうことにした。


 半地下がある立体的なフロアを持つ広めの店内は、かなりの賑わいを見せていた。

 フロア上に所狭しと並べられたテーブルはほとんどが埋まり、あちこちから話し声や笑い声に混じって時折荒っぽい怒号が響く。そのテーブルの合間を、料理や酒を運ぶウェイターたちが忙しそうに行き交う。

 入り口の横の掲示板には、王立ギルドから現在発行されている依頼の一覧表が張り出され、テーブルはどれも年季を感じる木製。石造りの床の上には擦り切れた大きなラグが敷かれ、天井からはオレンジ色がかった照明が点々と下がっている。

 不潔であったり治安が悪かったりするわけではないが、決して『高級店』とは呼べない、多くの冒険者たちが日常的に集うありきたりな酒場だ。

 ディーを引き連れてやってきたロズは、まずそんな店内の様子を見渡してから、フロアの奥に見えていたカウンター席へと近寄った。

「いらっしゃい。お求めは酒だけかい? もし料理も食べたいってんなら、テーブル席に行ってくれ。うちは肉料理が絶品だよ」

 カウンターの奥でグラスを磨いていたバーテンダーが二人に気付き、そう気安い調子で声をかけてくる。バーテンダーはロズと同年代に見えるスキンヘッドの男で、白いシャツをラフに着崩している。

「おお、それは楽しみだ。後で酒と料理ももらいたいんだが、まずは情報が欲しい」

 ロズはそう返事をしながら、バーテンダーに向けて左の掌をかざして見せる。そうしながら人差し指にはまっている指輪に親指で触れると、掌の前の空間に王立ギルドの紋章と、ロズの署名がふわりと浮かび上がった。

「王立ギルド、魔物被害調査課のロズとディーだ。調査のため、最近オアシスを訪れたことのある者に話を聞きたいんだが、店内で客に聞き込みをしても構わんだろうか」

 ロズの横に並んだディーも同じように左掌を見せながら指輪に触れて、ギルドの紋章と自分の署名を映し出す。

 これは、ギルドから各職員に支給されている、指輪に刻み込まれた身分証だ。本人が指輪をはめ、さらに意思を持って指で触れない限り紋章が浮かび上がらないようになっており、かなり信頼度の高い魔術が用いられている。

 バーテンダーは二人の提示したギルドの紋章を見ると、意外そうな表情を浮かべた。

「これはこれは、ギルドの方でしたか。もちろん構いませんが、話を聞きたいというお探しの者は、最近オアシスに行ったことのある者なら誰でもいいんですかい?」

「ああ、現時点何の手がかりもない状態でな。滞在時のオアシスの様子について話を聞ければ助かる」

「それでしたら、わたしからも声をかけてみましょう」

 バーテンダーはそう言うや否や、フロア全体に向けて声を張り上げる。

「この中で、最近オアシスに行った者はいるか! ギルドの方が話を聞きたいそうだ」

 日頃から大声を出し慣れている様子で、騒がしい店内にも響き渡る声量だ。一瞬で店内は静かになり、そのすぐ後で、店の中程にあるテーブルで赤毛の青年が手をあげた。

「俺は三日前の朝にオアシスを発ってここに来ましたよ」

 ロズはバーテンダーに向けて軽く頭を下げて礼をしてから、その赤毛の青年の元へと歩み寄る。

「協力に感謝する。少し話を聞きたいんだが、そのとき、オアシスで何か気になることはなかったか?」

「随分と漠然とした質問ですね。特に何もなかったと思いますが」

 ロズの横からディーも質問をする。

「オアシスにはどれくらい滞在していたんだ?」

「四日いました。本当は大砂漠を抜けるために一泊だけするつもりだったんですが、妙に村の居心地が良かったもんで長居しちゃって。元々はアリリタにも寄るつもりはなかったんですけどね、オアシスの人たちに、アリリタで『オルノ夜祭』があるって聞いて、やってきたんですよ」

「その滞在中、村の様子はどうだった」

「どう、って言われてもなぁ」

 続けてディーが尋ねるが、青年は困ったような表情を浮かべ、頭をかいた。

「俺は初めて行った村だから普段との違いはわかりませんが、のんびりとした空気がある村で、特に変わったところはなかったと思いますよ。オアシスで何かあったんですか?」

 青年からの問いかけを受け、ディーがロズに判断を仰ぐ視線を送ってくる。ロズが頷きで答えると、ディーは口を開く。

「オアシスがあったところには、今は焼け焦げたような大地だけがある。何かがあって、オアシスは存在そのものが丸ごと消えてしまったんだ。俺はたちはその、オアシス消失の原因について調べている」

 青年はしばらくぽかんと口を開けていたが、数回目を瞬くと、ようやくディーの言葉の意味を飲み込んだ。

「えっ。オアシスが消えたって。村にいた人たちはどうなったんですか?」

「焼け焦げたような地面の様子からいって、おそらく全員炎にまかれて、亡くなったのではないかと思う」

「そんな……みんな、あんなにいい人たちだったのに。宿の奥さんには子供もいたんですよ。最近、文字が描けるようになったって……」

 ショックのあまり、青年は口元に手をやり声を震わせる。みるみるうちに青ざめていく表情を見れば、青年がオアシスの村人に対してかなりの好感を抱いていたことが伝わってくる。

 ロズは質問を続ける。

「お前さんが村を出たのは三日前の朝と言っていたが、具体的に何時ごろだったか覚えてるか?」

「……朝の、十時ごろだったと思います」

「なるほど。オアシスがなくなっているという通報が入ったのが、一昨日の夜なんだ。通報者が実際に燃え尽きた村を見たのは一昨日の昼過ぎだということだ。つまり、お前さんが村を出てから翌日の昼過ぎの間に村はすべてが燃えてしまったわけだが。そこまでの急速な火災の原因になりそうなものに、何か心当たりはあるか? 村に不審なものが置かれていたとか、村人が魔物に困っていると言っていたとか、魔物が出現する噂話があったとか、どんな些細なことでも構わん」

 ロズが丁寧に経緯を説明して問いかけるが、青年は呆然とした様子で首を振る。しかし、ふと何かを思い出したように顔を上げて、ディーを見た。

「あなたさっき、『オアシスがあったところには、焼け焦げた大地だけがある』って言いました?」

「ああ、言ったが。それがどうかしたか?」

 ディーは不思議そうに返事をする。

「それって比喩的な表現で、人は焼けていなくなってしまったけど、実際は建物とかの物は焼け残ってるっていう意味ですか?」

「いや、本当に言葉どおりの意味だ。広がったマグマが冷えて固まった溶岩地帯のように、黒焦げになった大地だけがあった。他には何も見当たらなかった」

「そ、それは! それはおかしいです。絶対におかしい」

 急にテンションを上げた青年の様子に、ディーが彼の肩に手を置いて宥める。

「落ち着け、何がおかしいんだ?」

「だって、消えるわけがないんです。オアシスの広場には噴水があったんですが、その噴水のさらに中央に永氷石えいひょうせきでできた透明なアノスの像がありました」

「永氷石だって?」

 青年の言葉を受けて今度はロズが驚きの声を上げ、質問を続ける。

「その透明な像が、永氷石でできていたというのは確かなのか?」

「はい、宿の主人がそう説明してくれました。何年か前に、陛下から特別に村へ贈られた物だそうで」

 青年の話を聞いてロズは眉根を寄せ、顎に手をかける。そんなロズの様子に、ディーは不思議そうに首を傾げた。

「その永氷石って何なんですか?」

万雪地帯ばんせつちたいの水源付近でしか見つからない、特殊で珍しい鉱石だ。当然、取引価格も高くなる。見た目はほとんど氷の塊と変わらず、氷と同じように触ると冷たい。ただ、永氷石が重宝される理由の一つとして、何千度って高温に晒されても『絶対に溶けない』ことにある」

 ロズからの説明を聞いて、ディーはロズが驚いた理由を悟る。

「つまり、あの一帯が凄まじい温度で焼けただけじゃ、なくならない物のはず。ってことですか?」

「そういうことになるな。この辺りの建物はレンガでできてるが、通常では燃えないレンガも、二千度、三千度という尋常ならざる高温に晒されれば溶けちまう。だが、どれほどの高温に晒されたんだとしても、永氷石が消えるのはおかしい」

「なるほど」

「燃える前に本当に村に永氷石があって、村を焼いたのがその永氷石でできたアノスの像を盗むことを目的としたものであれば……犯人は、人間である可能性が濃くなってくるってこった」

「でも、人間が火をつけたとして、レンガが溶けるような高温で村を焼くことができるんですか?」

 ディーの質問に、ロズは渋い表情を浮かべたまま答える。

「村全体をそれほどの高温の炎で包むだなんて、もちろん、ただのマッチを持った放火魔にできることじゃない。可能だとすれば……そいつは、練度の高い火焔魔術を使える上級魔術師に絞られる」

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