第二十四章 苦しい言い訳

第二十四章 苦しい言い訳


「――で?勝手に家の中に入ったってことだな?」

薄暗い取調室。

机の上に組んだ手を乗せた警察官が、静かに問いかける。


 響、佑真、駿の三人は並んで座っていた。

それぞれに、強張った表情。

正直なことは言えない。だが、嘘すぎても怪しまれる。

響が一呼吸おいてから口を開いた。


「白鷺ユリさんから連絡があったんです。クラスメートなんですが、“来てほしい”って言われて住所を送られてきて……」

「連絡手段は?」

「SMSです。履歴見せましょうか?」

「……後でな。で?」

「で、行ってみたら誰もいなくて。ドアが開いていたので、事故とか事件だと大変だと思って中に……」

「おいおい、それって不法侵入になるぞ。許可もなく勝手にってのは」

「すごくおかしい雰囲気だったんです。異常に静かで……中で何かあったのかもしれないと。判断が早計だったのは認めますが……」

「そのうえで、中を探してたらあの二人の遺体を見つけたと」

佑真が小さく頷いた。

「はい。北沢と風間っていう、学校の知り合いです。友達ってわけじゃないですけど、面識はあります」

警官は手元のメモを確認する。

「白鷺ユリさんはその場にいなかった、と」

「はい。家の中を探しても、姿は見えませんでした」


 沈黙が流れる。

ややあって、警官が息を吐いた。

「ちょっと納得できない部分もあるが……。今日はこの辺でいい。詳しいことは後日改めて確認させてもらうかもしれない」

三人は一斉に小さく頭を下げた。

「ありがとうございました」


 帰り道。

夜の生暖かい風が、顔に当たってより滅入る。

警察署を出た三人は、しばらく無言で歩いていた。

先に口を開いたのは駿だった。


「……どうするよ、これ。殺人現場ってことで警察が本格的に動き出すだろ。少なくとも、あの家の白鷺はマークされる」

「でも……白鷺ユリ、どこ行ったんだろうな」

響がぼそりとつぶやく。

「まるで、俺たちが通報することまで読まれてたみたいに、完璧に姿を消してる」

佑真の声には、焦りと困惑が混じっていた。

「それでも、警察が動けばあいつを捕まえてくれるかも」

「……そう思いたいけどさ。信じていいのか、大人を」

響がふっと息を吐いた。

「でも……俺たちは俺たちで動くしかない。佐倉のとこ戻ろう。 遅くなったんで、俺たちの心配してるだろ」

「うん、仕切り直しだな」

三人は再び歩き出す。

風にさらされながら、それぞれの胸の中で、次に備えるための覚悟を新たにしていた。


「……あれ?」

玄関に足を踏み入れた響が、戸惑いを浮かべて声を漏らした。

扉が――開きっぱなしだった。

鍵どころか、ドア自体が完全に開ききっていた。

「なにこれ……」

駿が眉をひそめる。

三人の間に緊張が走った。

胸騒ぎが広がる。嫌な予感だけが、膨れ上がっていく。

「おかしい、絶対なにかあった」

響がドアを押し開け、中へと駆け込んだ。

佑真と駿も後に続く。


「……佐倉!」

「佐倉ひより!返事しろ!」

「お母さん!いますか!?」

声を張り上げて家中を探す。

玄関、リビング、廊下――どこにも気配がない。

リビングのソファがずれている。クッションが落ち、カーテンも乱れていた。

かすかに焦げたようなにおいが鼻をかすめる。

「……誰もいない」

佑真の声がかすれた。

響が、はっと何かを思いついたように口を開いた。


「もしかして……これ、こっちが罠だったのかもしれない」

「え?」

駿が目を見開く。

「白鷺ユリが俺たちをあの洋館に誘い出したのが罠だと思ってたけど、本当の狙いはこっち。佐倉たちだったんじゃないか?」

「でも、佐倉も一緒に行く可能性だってあったじゃん?」

「その場合は……母親を攫うつもりだったのかもしれない」

響の声は静かだったが、確信に満ちていた。

「……人質ってことかよ……」

佑真が拳を強く握りしめる。

そのとき、響のポケットで携帯が震えた。

ショートメッセージ。差出人不明。


『ご苦労様。佐倉さん親子をこっちに招待させてもらったわ。また連絡するから、しばらく待ってて』


「……ッッざけんな……!」

佑真が声を荒げた。

「なんなんだよ、あの女……!どうしてそんなまわりくどいことするんだよ!俺たちを捕まえるならあの洋館でよかっただろ!」

「いや……」

響がうつむきながら言う。

「もしかしたら、それじゃ足りないんだ。もっと、確実に……俺たちを追い詰める手段を探してる。今度こそ、逃げ場を潰すつもりかも」

「佐倉を使って……?」

「分からない。でも、そういうことだろ。次の“連絡”が来たら……また、あいつの土俵に立たされる」

「くっそおおおおおおっ!!」

駿が壁を殴りつけた。

「どこまで人の心を踏みにじれば気が済むんだよ……白鷺ユリ……許さねえ……絶対に……!」

室内にはただ、冷たい沈黙と、怒りと焦燥だけが残されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る