第十五話 引き籠り3日目、そして行動へ
第十五話 引き籠り3日目、そして行動へ
第一話
佐倉ひよりの家に居候を始めて、三日が経った。
響、佑真、駿の三人は、それぞれにスーツケース一杯の荷物を持ち寄り、今や兄や姉の部屋を寝床にしている。最初こそ修学旅行のような浮ついた雰囲気が残っていたが、日が経つにつれて、部屋の空気はじわじわと重くなっていた。
夜、リビングで寄り集まりながら、響が口を開いた。
「このまま引きこもってたら、俺たちも新庄と同じだよ。怖いのは分かるけど、何か行動しないと……」
佑真が腕を組みながら小さくうなずいた。
「でもさ、俺たち高校生だし。正直、できることに限界あると思う」
「だよな。情報も力も、全部中途半端だし」
駿がソファに沈み込みながら吐き出す。
「大人に頼ってみるってのは?」
「大人?」
ひよりが首をかしげた。
「この状況をちゃんと共有して、力を貸してくれそうな大人……いる?」
「……花園先生はどうかな」
ふと、佑真が口にした。
「保健室の?」
響が聞き返すと、ひよりが軽く頬を膨らませる。
「たしかに、男子にはすごく優しいよね。花園先生って人気あるし」
「おいおい、佐倉、もしかしてライバル視してんの? 相手は大人の色気だぞ。勝てねえって」
駿がからかうように言うと、ひよりがすぐさま顔を赤くして反論する。
「はぁ!? なに言ってんのよ、そんなわけないでしょ!」
「でもさ、先生に何を頼むの?」
「たとえば……警察に行くとしても、先生から話してもらったら少しは信憑性あるかなって」
佑真が言うが、すぐに響が否定する。
「そもそも、先生が信じてくれるのかって問題あるよな。俺たちの話、にわかには信じられないって」
「うーん、それはそうだけど……」
しばし沈黙が落ちた。
その空気を破るように、響が静かに、しかし強く言った。
「……でもさ、考えてても意味ないよ。行ってみなきゃ分かんないだろ? 花園先生が信じてくれるかなんて、話してみなきゃ始まらない」
佑真が目を見開く。
「お前……行くつもりか?」
「うん」
「俺も、賛成だよ」
ひよりも続けてうなずいた。
駿が立ち上がり、両手をポケットに突っ込んだまま天井を見上げた。
「夏休みでも、部活ある学校なら、保健室の先生も来てるかもな。救急対応あるし」
「じゃあ、明日行ってみよう。花園先生に、まず話す」
「……一か八かだな」
誰からともなく、軽い緊張と覚悟の空気が部屋に流れた。
明日、あの“優しい先生”が、真実を受け入れてくれることを祈って。
第二話
その日は晴れていた。夏の陽射しが校舎の窓を焼き、セミの鳴き声が教室の喧騒に混じっていた。
「……本当に、行くの?」
ひよりが不安そうに小声で問う。
「行くしかないだろ。いつまでも黙ってたって何も変わらない。俺たちだけじゃ限界がある」
響は、拳を握って言った。
彼らは連れ立って保健室へ向かった。花園先生は、生徒にとって優しく穏やかな存在だった。特に男子生徒には人気があり、困ったことがあればすぐに相談に乗ってくれる“頼れる大人”だった。
ドアをノックする。
「失礼します……」
中から返事があった。
「はーい、入っていいわよ」
花園は白衣姿で椅子に座っていた。眼鏡越しの目元に笑みをたたえ、穏やかな声で彼らを迎え入れる。
「どうしたの?四人そろって。具合でも悪いの?」
「えっと……」と佑真が言いかけると、響が先に進み出た。
「先生、信じてください。 これから話すこと、たぶん信じられないと思う。でも、全部本当なんです」
花園は微笑を保ったまま、ただ頷く。
「……いいわ。話してちょうだい」
その静かな声に、彼らは少しだけ安堵した。
響が話し始めた。
最初は遠回しに、最近学校でおかしなことが続いていること──同じ人物が二人いる、人格が変わったようになる、そして“自分自身に襲われる”現象。
そしてそれが決して錯覚ではなく、実際に複製された存在がいるということ。
「俺、実際に……自分のドッペルゲンガーに襲われました。殺されそうになって……」
駿も続けた。
「俺もだ。今は隠れてるけど、もう誰にも信じてもらえなかったから、佑真のところに来た。そしたら、同じような体験してるやつらがいた」
花園は何も言わず、頷き続けていた。真剣な表情だった。
「今、学校の中で何かが起きてるんです。先生……お願いです。信じてくれませんか?」
ひよりが、花園の机の上に両手をついて前に出た。
しばらく沈黙がつづいたあと、花園が言った。
「わかったわ」
その一言に、みんなが驚いた。
「え……?」
「あなたたちがここまで真剣に話してくれるってことは、きっとただ事じゃないのね。大人として無視できないわ。警察に話すのも、明日一緒に考えましょう」
響たちは、ほんの少し表情を緩めた。
「ありがとう……先生」
「大丈夫。あなたたちは一人じゃないわ」
──だがその瞬間、彼女の目の奥で、ほんの一瞬、何かが笑ったように見えたのは気のせいだったのか。
その日はそのまま、彼女と少し雑談をして保健室を後にした。
しかし、
彼らが去った直後──花園は机の引き出しからタブレット端末を取り出し、何かをタップした。
そこには、"白鷺ユリ"の名前が表示されていた。
第三話
夕暮れ時、ひよりの家。
風呂上がりの香りと冷房の心地よい涼しさに包まれて、四人はリビングに集まっていた。みんな、どこか表情が明るかった。久しぶりの「普通の空気」だった。
「いやぁ、先生ってマジで女神だな」
ソファに寝転んでいた駿が言うと、響が苦笑交じりに頷いた。
「ほんと。全部ちゃんと聞いてくれて……一度も笑わなかったよな。頭ごなしに否定しないで、俺たちの話を“あり得る前提”で受け止めてくれた」
「大人ってあんなにちゃんとしてんだなあ」
佑真もコップの麦茶を口に運びながらつぶやいた。
「わたし、泣きそうになったもん。『あなたたちは一人じゃない』って言われて」
ひよりがクッションを抱えたまま、しみじみと言った。
「明日だよな、先生と一緒に警察に行くの。あのプールの跡地──あそこ、血痕とか絶対残ってる。風間先輩が……あのとき、あそこに……」
駿の表情が少しだけ曇るが、それでも希望の光が見えている。
「証拠があれば、警察も動く。隠れなくて済む。普通の生活に戻れる」
響が、ポツリと安堵の息を吐いた。
「明日から、普通の生活出来るってこと……? すごいよ、それ」
ひよりが目を輝かせる。
「佐倉んちも“合宿所”卒業かな」
冗談めかして駿が笑うと、
「おまえら、勝手に“佐倉んち”で夏休み満喫してただけじゃねーか」
と佑真がからかい、場の空気はさらに柔らかくなった。
──けれど、
その部屋の中の誰一人として気づいていなかった。
あの“優しすぎる女神”が、地獄の番犬のように彼らを見下ろしていたことを。
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