第32話 カルーラ、号泣する
王都近くにある、小宮殿のような建物に案内されたカルーラ。
「うわぁ、すごく綺麗」
門から邸に続く道の中央には、心地よい音色を奏でている噴水があり、白や黄色、桃色の薔薇が所狭しと咲き乱れていた。
冬の季節にこの状況はおかしいが、門を入った瞬間より暖かくコートが暑いくらいに感じた。
不思議に思っていると、「リンダ様が雇っている、魔導師のお陰なのですよ」と、門で待機していた執事が教えてくれた。
(お抱えの魔導師なんているのね。さすが異世界、良いね!)
普通の魔導師は気位が高く、自分の研究の為に魔棟から出ないと聞く。
それでも戦争になれば大きな戦力になるので、王家から少なくない援助金を受けているそうだ。
まあその資金があるので、研究に没頭できるのだが。
そんなお抱えがいることにびっくり。
そのお抱えが、ただの空調の為に能力を使うのにもびっくりする。
どうやらリンダの欲しい物があり、多くの資金援助をしているらしい。
そして美味しい食事も。
賄いに負けたとの話も聞こえてくる。
◇◇◇
邸に入ると、リンダ達が迎えてくれた。
「いらっしゃい、カルーラ。急にお呼びしてごめんなさいね。どうしてもお話したいことがあって」
にこやかな夫人に、カルーラも淑女の礼をする。
平民といえど礼儀作法は習っている。
下位貴族程度のものでも、平民のカルーラ(かずさ)ならば失礼にはあたらない。
そしてその後ろには、テュリンベイルと彼の姉2人、そして一緒に同乗してきたティンクミリィ、アクアリーネと彼女の弟ゼスチェントが並んでいた。
かずさ(カルーラ)が「おおっ、大勢なに?」と威圧されている時、アクアリーネが一歩前に出た。
「カルーラさん。今まで貴女に、たくさんの迷惑をおかけしました。
謝っても許されないと思いますが、お詫びさせて下さい。大変申し訳ありませんでした」
「姉が申し訳ありませんでした。罰なら僕も受けますから!」
言い終えた後、
「えっ?」
混乱の声が出たかずさ(カルーラ)だ。
だってアクアリーネはそんなキャラじゃない。
おまけに高位貴族の侯爵令嬢が、平民のカルーラ(かずさ)に頭を深く下げるなど、通常では考えられないことなのだ。
(アーミンからいろいろ聞いたり、数年暮らしてきたからわかるわ。
これってとんでもないことよね。それもあんなにカルーラを嫌っていたアクアリーネが!)
それに彼女の横で弟も謝っているし。
アクアリーネと仲悪いんじゃなかったっけ?
どうなってるの?
一応小説の内容を知るかずさだ。
本当のカルーラの記憶を辿っても、その辺の変わっている設定は知らないようだった。
ただただそこに立ち尽くし、言葉を紡げないかずさ(カルーラ)だが、そこにテュリンベイルとその姉達も頭を下げだしたから、混乱が深まる。
「カルーラさん。アクアリーネさんは、サム様のことが好きで危害を加えたのじゃないんだ。
父親の命令で仕方なかったんだ。許してやって欲しい」
「そうなのよ。あの家で彼女は居場所もなくて、拒否出来なかったの」
「はぁっ!」
「アクアリーネの母親は亡くなっていて、彼女の弟妹は本当は愛人の子なの。
父親のビルネールは、ミルティアと言う愛人の女性が生んだ子の、ウォンディーヌとサリヤだけを大事にしているわ」
「ひぇっ!」
「ゼスチェントは他の愛人の子供なの。ビルネールは男児が生まれなかったから、他にも愛人を作っていたの。
彼には姉がいるけど、その子は母親と暮らしているわ。
引き取られたのはゼスチェントだけ。彼が立派に嫡男の役割を果たすのと引き換えに、家族に援助を続けているらしいの」
「ふぇっ!」
「彼女の意地の悪い妹、ウォンディーヌとサリヤとその母親は、いつもアクアリーネとゼスチェントを虐めているの。
愛されてないんだから、家の役に立てと言って」
「へっ!」
「偶然にゼスチェントとテュリンベイルが友人になって、私達とも友人になったの。
それまでずっとアクアリーネは一人で悩んでいて、倒れそうなくらい窶れていたの」
「ほえっ!」
「アクアリーネが悪いことをしたのは知ってます。けれどずっと悩んでもいたのです。
どうか許してあげてください」
「「「「「お願いします!!!!!」」」」」
数の圧におされ、「はい。分かりました」と答えるかずさ(カルーラ)。
本当のカルーラには申し訳ないが、実害を受けていないかずさ的には、ただの過去の日記の1ページみたいなものだっだ。
さらにここに来てから、もう2年近くも経過しているし。
だからあっさりと、「許します」と言えたのだ。
それに裏設定的な、今まで知らなかったアクアリーネの家族のことを知り涙が止まらない!
「可哀想に。アクアリーネさんが、そんなに苦労していたなんて。ゼスチェント君も……頑張ったね、ぐすっ」
そんなかずさ(カルーラ)を見て、リンダが彼女を抱きしめた。
「やっぱり貴女は私の見込んだ子よ。あんなに辛い目にあったのに、許すどころか同情する心を持つなんて。
あ~ん、こんな娘欲しかった~、ぐずっ、ひぐっ」
突然泣くリンダに、驚くかずさ(カルーラ)と一同。
執事が言う。
「玄関はお寒いので、応接室へご案内致します」
そして場所を移動するのであった。
邸内全体が暖かいのに、流れるようなスマートな対応だった。
◇◇◇
かずさ(カルーラ)は考える。
アクセランテ侯爵の子供達のことは、極秘事項だったはず。
おそらく国王にも知らされていない事実だ。
知られれば処罰の対象になるから。
何故リンダやブランダン男爵家の面々が知っているのか?
アクアリーネが伝えたのかと言えば、家の惨事を引き起こしかねない内容に、それもどうかと思った。
香り高いお茶を振る舞われ、鼻孔を擽る香りを感じながら思考を回転する。
そこにリンダが回答を告げたのだ。
「カルーラ。賢明な貴女なら言わないと思うけど、侯爵家のことは内緒よ。
そもそも私も勝手に調べたくちだから、偉そうなことは言えないけれど」
リンダは言う。
ある調査依頼をアクアリーネやティンクミリィにする際に、家門の調査をして知ったらしい。
そしてその情報をアクアリーネとティンクミリィ達と共有し、団結を図ったそうだ。
彼女達だけではなく、リンダの秘密も共有したらしい。
その秘密は、関係ないかずさ(カルーラ)が知って良いものではなかったが、巻き込まれた感じで聞かされてしまった。
(ちょっと、これ聞いても大丈夫なやつ? 私ってば消されない?)
動揺が走るかずさ(カルーラ)は、嫌な汗が背中に流れた。
◇◇◇
リンダ夫人。本名はリンダ・シュナイザー。
前侯爵夫人で、夫は既に他界している。
領地経営を長年行い、自領の商品の改良を行い侯爵家の蓄えを増やしていた。
ところが!
息子に爵位を譲った途端に、侯爵邸から追い出されたのだ。
「今後は俺が頑張るから、母上はのんびり隠居してくれ。別邸と支給金はきちんと渡すから。
じゃあ、書類にサインしてよ」
「な、なによ、この内容は! 馬鹿にしているの?」
「そんなことないよ。ねえ、そうだよね、ガーベラ?」
「ええ、勿論ですわ。のんびり余生をお過ごし下さい。
お義母様。ふふっ」
息子のアルゼは愚かではない……はずだったが、アバズレ嫁にメロメロだった。
書類の内容はこうだった。
①今後前侯爵夫人は別邸で暮らす。
訪問時は手紙で連絡すること。
②支給された金銭で生活すること。
ツケ払いは侯爵家にまわさず、自分で支払うこと。
③
逆に
④侯爵家の財産は
その代わり、
リンダは目眩がした。
これは事実上の絶縁だ。
家と定期的な資金を送るから、実権はアルゼが握り手出しするなと。
(前侯爵夫人とか書いてるあたりで、嫁の入れ知恵が窺えるわね。
今まで目をかけてあげたのに、とんだ期待はずれだったわね)
顔には出さないものの、息子夫婦に静かな怒りを迸らせていたリンダ。
(今まで懸命にやって来たのに、すべての商会や経営にまったく関与するななんて。呆れてものも言えないわ!)
亡き前侯爵がリンダ用に貯蓄をしているから、生活に困ることはない。
けれど書類を認めれば、領地にも赴けなくなる。
昔から侯爵家の顧問弁護士だったソネスは解任され、新しい弁護士ナイルは既に買収されているようだった。
「良いわ。後は任せるわねアルゼ。じゃあ、頑張って頂戴」
「ええ、任せて母上。もう肩の荷を降ろして、ゆっくりしてよ」
「お義母様、お元気で。私達これから忙しくなりますので、なかなかお会い出来なくなるかも? ほほっ」
(キーッ、もう猫を被るのも辞めたのね。貶めて笑うとか最悪!)
それでも毅然とした態度なリンダだ。
伊達に修羅場を潜ってないぞ!
揉めても侯爵家の醜聞になると思い、荷を降ろすつもりで側近達を連れ、別邸に移るリンダ。
側近達も夫人への仕打ちに憤っていた。
けれどもう良い。好きに生きるわと、彼らを宥めたのだ。
リンダはアルゼに伝えていないことがある。
それはリンダ自らが夫亡き後、侯爵家の利益を貪ろうとする外戚から守る為に編成した特殊部隊のことだ。
冒険者ギルドからスカウトした精鋭5名。
40代からもう20年以上の付き合いだ。
諜報活動も彼ら彼女らの仕事に含まれた、家族以上の付き合いだ。
もう息子には、口出ししないと決めたリンダ。
思えば男を侍らし、派手好きのガーベラとの結婚には反対だった
押し切ったのはアルゼだ。
子供達も、本当に息子の子なのかさえ怪しい。
それでも多めの予算を渡し、彼らの生活を支えてきた。
アルゼは王宮の文官だが未だに平で、出世していない。
だからと言って、リンダが不満を言うことはなかった。
一生懸命なら良いじゃないかと。
こんなことなら、もう少し厳しくすれば良かった。
後悔はやはり残る。
そんな怒りの燻るリンダだが、その後は机上に残していたアイディアを生かして、おにぎりや手巻き寿司屋などを新たにオープンして楽しんでいた。
やはり働くことが好きなのだ。
そんな中でも息子夫婦の豪遊が噂で聞かれ、閉口する。
地道に暮らして欲しいという願いは、叶わないようだと。
それでも契約書通りに、毎月少額の金銭が送られてくるから口も出さないでいた。
諦めようと思った。
でも今まで何かの為にと蓄えた資産が、遊びに使われるのは辛いと胸を痛め、悲しく侯爵家の未来を憂いていた。
(残した資産は領地の災害時の為のもの。それを豪遊なんて愚かだわ。もう侯爵家もアルゼの代で終わりかしら?)
そんな時に自分の店近くで転び、もう辛いと起き上がれずにいたらカルーラ(本物)が助けてくれたのだ。
「大丈夫ですか?」と、服の汚れも気にせずに抱え起こしてくれた。
おまけに聖女の優しい光は、心まで癒してくれるようだった。
もうその時、カルーラ(本物)が大好きになったと言う。
そのせいでサムに絡まれるようになったから、申し訳なくて援助したいと考えていたそうだ。
でも援助すれば、逆にリンダの方が利益を得て驚いたそうだ。
それをお金を使い尽くしたアルゼ達が、羞恥心もなく狙ってくると言う。
契約書もあるのにだ。
「ねえ、母上。だいぶん儲けて金が余ってるだろ? 俺や孫達の暮らしを助けてくれよ?」
なんていやらしく訪れるようになったが、門前でお断りである。
契約書通りリンダがアルゼより得る支給金が滞れば、弁護士により抗議もしているくらいだ。
「あの子に残すお金なんて、1ゴールドもないのよ。それよりも飢える人達を助けないと。
侯爵領地では税金が上がり疲弊しているようだから、希望者には私の商会で領民を雇っているの。
息子が売り払う土地も、私とは別名義にして買い取りをして貰っているところよ。
もうすぐ全て私に戻るのではないかしら?
困ったものよ」
そんな身内のことまで、アクアリーネ達の秘密と交換と言わんばかりに暴露していた。
途中に愚痴も入っていたような? きっと気のせいね。
(でも
聞き得? いやいや、もう秘密暴露止めて、怖いって!)
◇◇◇
なんだかんだの涙の中、カルーラ(かずさ)とアクアリーネは和解したのだった。
それを知ったドンマイン一家、いや二宮一家も泣いていた。
「そんなメロドラマみたいなことが…………」
「すっっごく、嫌な奴だと思ってたのに」
「なんかあったら、潰そうと思ってたわ…………」
(物騒よ、物騒。けれど、ありがとうお父さん。いつも気にかけてくれて)
ほのぼのとする一家を見て、シルバーもアーミンも微笑んでいる。
シルバーはリンダ側の、元冒険者ギルドの精鋭の1人。
アーミンはリンダを狙って来た、侯爵家の実権を狙う者達の雇った暗殺者の一人だ。
当時10才でシルバーに捕まり、他の侍女達と共に育て上げられたのだった。
今は自分を許してくれたリンダに忠誠を誓っている。
リンダ曰く、子供を守るのは大人の役目だそう。
だが自分の息子の教育は失敗したと、時々落ち込むリンダだ。
リンダが亡くなれば、すぐにアルゼは屠られただろう。
リンダは自分より多くの護衛をつけて懸命に教育したが、愛は伝わらなかったようだ。
懸命な母親の姿は、幼き彼には寂しい気持ちしか残さなかったようだ。
だからこそ、頼ってくれるガーベラに堕ちたらしいが。
ちなみに庭園に赤い薔薇がないのは、嫁のガーベラが好きだから。
仏のリンダにも限界があるようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます