第17話 カルーラ(かずさ)とテュリンベイルの共同作業

 ブルネットの髪と青空のような、瞳の爽やかさのある可愛い感じのテュリンベイルは女性が苦手だ。


 彼の上には姉が3人おり、可愛い顔の彼は彼女達のお人形のようにドレスを着せられて育った。

 可愛がる娘達も可愛がられる息子もまるで天使のようで、幼子の時特有のイタズラに彼の両親は注意しないでいた。

 いつか、飽きるだろうと思い。



 ドレスが普通の装備だと思っていた彼は、成長により自分の姿(着ているもの)が異常だと知り、酷くショックを受けた。


「僕は男なのに、ずっと女の格好をしていた。

 何故そんなことをされたのだろう? 

 ああ、きっと、僕は望まれていなかったから、姉達のお下がりばかり着せられていたんだ。

 これからは、甘えてはいけないのだ!」


 そんな決意と共に、彼は両親に真剣に伝えた。


「お父様。僕にお金をかけるのはお嫌でしょうが、安いものでよろしいので、男物の服を二着買って下さい。

 将来かかったお金は働いてお返ししますので、どうかよろしくお願いします」


 5才のテュリンベイルは、真剣な眼差しで執務室に訪れ頭を下げて懇願した。

 最悪二着あれば、洗いがえすれば暫く持ちこたえられると思い。

 彼は幼いながらも、状況把握能力に長けた天才であった。

 まだ子供達のお茶会などには参加したことはなかったが、家族や使用人達の言葉で衣類などの異常性に気づいたのだ。

 幼いことで、誤解も多分に含んでいたが。


 もし彼がお茶会などで気づき、誰かにからかわれていたら、最悪命を絶った可能性もあった。

 危ないところである。


 幼い彼がここまでの自我があったのは、家系の能力が関係していた。

 ブランダン男爵家は、学者家系の早熟で天才の血筋。

 何代かおきに、国政へ影響を及ぼす逸材が生まれている。

 それがたまたま、テュリンベイルだったようだ。


 その後彼は姉達から逃げるべく、部屋に引き籠った。


 彼の両親は、彼のことが嫌いで男物の服を与えられなかったと言われ、愕然とした。

 将来服代を働いて返すなんて言われ、家を継ぐつもりもなく嫡男なのに出ていこうとしていることにも。


「違うんだ、テュリンベイル。

 誤解なのだ。

 服ならいくらでも買ってあげるから、そんなに辛そうな顔はしないでおくれ。

 お前が可愛くてつい、ドレスを着るのを止めなかっただけなんだ!」



 言い募る父親に、彼は言う。


「気をつかわずとも良いのですよ。

 跡取りならば、姉に婿を取ればよろしいでしょう。

 僕は野心など抱きませんから」


 恐ろしく鋭い睥睨に、その場にいた母親も凍りついた。

(私はなんてことをしたのでしょう。

 こんなに息子を傷つけてしまうなんて)


 女の子の出産が続いて、やっと生まれた待望の男の子。

 けれど嫡男だからと特別扱いせず、みんなと同じように接しようと誓っていた。

 子供達にも、仲良くするようにと教育していたのに。


 普通なら女の子の服を着せられることくらい、「幼い時はこんなことがあったのさ。まいったよ」なんて、大人になって笑い話になる程度だ。

 だがテュリンベイルには、それが通用しなかった。

 現に母親は、テュリンベイルの服をクローゼットに用意してあったのに。

 姉妹が毎回ドレスを着せるので、奥に追いやられたそれらの服の存在を、彼は気づかなかった。



 彼は教育などの指示には従うが、我が儘を一切言わない子供となった。

 時間があれば、家の書庫や国の図書館に入り浸る。

 姉達と極力顔を合わせないように、常に勉学に励む。

 遊んでいる訳ではないので、誰も横入り出来ない。



 すぐ上の姉、ティンクミリィが果敢に絡むも、全て無視していた。


「もう! どうして無視するの? 一緒に遊ぼうよ!」


 彼のことが大好きで子供らしく遊びに誘う姉に、そっけなく答えるテュリンベイル。


「余計者に構わずに、他の方と仲良くされて下さい。

 僕に気づかいは不要ですから」

「な、なんでそんなこと言うの? 

 私、何か駄目なことをした?」


 一瞬だけ目線を合わせ、話し終えると本へ目線を戻すテュリンベイル。

 ティンクミリィはかなり粘ったが、全て空振りに終わり母親に泣きついた。


「小さい時はあんなに笑顔だったのに。テュリンベイルはどうしていつも怒っているの?」


 母親は悲しく目を細め、彼女に伝えた。


「テュリンベイルは女の子の服を着せられたことで、男の自分の服は買って貰えないと思ったらしいの。

 おさがりの服を着せられているんだと思って。

 それがテュリンベイルの心を傷つけたみたい。

 だから暫くは、そっとしてあげてね。

 仲良くしたい気持ちは分かるわ。

 けれど今は、あの子の自由にさせてあげましょう。

 …………お母様が悪いの。

 ちゃんと男の子の服を着せなかったから。

 ……ごめんなさいね、ティンクミリィ」


 悲しげな母親にそれ以上は言えず、ティンクミリィも引き下がった。


 食卓では姉達が、テュリンベイルに頻りに話しかける。

 この時しか彼に会うチャンスがないからだ。

 反応がなくとも、みんな諦めなかった。


 自分達の失敗や面白い話を、オーバーに思えるほどに楽しげに語りかける。

 テュリンベイルが話に参加しなくて、楽しい雰囲気だけは味わえるようにと思って。

 それを見て両親は娘達の成長を頼もしく思い、余計にもどかしくもなった。


(時を戻すことが出来れば、今度は間違えないのに)


 相変わらず会話には参加しない彼だが、以前よりは表情は柔らかになっていた。

 精神的に余裕が出来たせいかもしれないし、家族の気遣いが伝わったのかもしれない。


 但し家族以外の姦しい女性は苦手であり、顔の良い彼は同年代の女性に絡まれて閉口することが多くなった。    

 きっと喋れば酷い罵詈雑言をぶつけると、自分で理解していたからだ。


 成長してからは極力女子には近づかず男子校に進学した彼は、女性から孤高の存在として扱われるようになっていた。

 男子生徒とは蟠りなく、趣味に勉学にと友情を育むことが出来た。


 彼がカルーラ(かずさ)と出会ったのは、本当の偶然だ。

 彼の友人がイラストが趣味で、少し前からアルバイトでカルーラ(かずさ)の仕事を手伝っていたのだ。

 その友人がアルバイトをしたのも、友人の彼女がカルーラ(かずさ)の仕事仲間と言う伝手だった。


 幼い頃から1人で過ごすことが多く、絵画も嗜んでいた彼も、興味本意で手伝うことになった。


 カルーラ(かずさ)の仕事現場は社交界の女性とは違い、絵で生きていこうとする気合いの入った人が男女共に多かった。

 恋愛よりも仕事が大事で、時期男爵家を継ぐであろう自分(テュリンベイル)に打算で寄ってくる女性はいなかったので、気持ちも楽だった。

 丁度良い距離感で、過ごすことが出来た。


 そのうちに女性達の真剣さや将来の野心に触れ、ワクワクした。

 特にカルーラ(かずさ)は営業に行ったり、彼女の両親から次々に仕事を受けたり、旅行先でドラゴン姉妹と交流を持ったりとパワフルだった。


 昔の彼女は聖女と言われ伯爵家子息と婚約をして、物静かな人だったと聞いた。

 けれど婚約者から婚約破棄をされてから、性格が変わったと言う。


 きっと辛い気持ちを乗り越えたのだと思った。

 そもそも彼女は平民なのに、伯爵家との婚約なんて望んだのだろうか?


 もしかしたら伯爵家の子息から望まれて、無理矢理婚約したのかもしれない。

 平民の彼女の家からは断れなかっただろうし。


 今の彼女を見ると、大人しく貴族の妻に収まる人には見えない。

 誰よりも好奇心旺盛で、パワフルでガハハと元気に笑うんだから。


 仕事を手伝うごとに褒められるけれど、誘惑するような素振りは一切なく男友達みたいだった。

 それは男女ともに態度が変わらず、清々しささえあった。



 そうして仕事を手伝い、僕もやる気になってからはイラストがめきめき上達していった。

 そしてカルーラ(かずさ)に褒められることに、喜びを覚えた。


「彼女が微笑むと、僕も嬉しくなるんだ」


 こんなことは初めてだった。

 未だに実姉さえ苦手なのに。


 でも………。

 彼女の態度は変わらない。

 僕が思っている気持ちなんて知らないままで、いつものように仕事を依頼してくるのだ。


 グッズがたくさんあるので、分担しての作業だ。

 ただアクリルスタンドだけは、可愛いバージョンとリアルバージョンを作るらしく、相談しながら作業を進めることになった。

 ドラゴン姉妹は本当にドラゴンらしく、怒らせると怖いと言う。

 いつも真剣だが、今度はもっと力を尽くす必要がありそうだ。


 それでも………。

 彼女を独占できる時間が出来て嬉しい。

 彼女も僕のことが好きなら良いのに。


 そう思うテュリンベイルの纏う雰囲気は、優しくなったと評判だった。


「恋の力って素晴らしいわね」

「本当ね。あの顔を見られるのも、私達だけのご褒美ね」

「あいつもやっと、人間らしくなってきたな」



 なんてカルーラ(かずさ)の仕事仲間に言われているのだが、恋のせいでいつも鋭い警戒心が低下しているせいか、全然耳に入らないテュリンベイルなのだった。




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