第13話 シエンタの誤算
サムの父、シエンタは、息子に良い顔をしてカルーラとの恋を応援したり、妻マリンの怒りにより意見を変えたりと、蝙蝠のように誰にでも良い顔をする男だった。
ところがドンマイン一家の活動が一周まわって、彼らの商売の邪魔をし始めた。
カルーラ達と業務提携している、侯爵家の隠居(前侯爵)夫人リンダは今や国一番の大富豪であり、平民のドンマイン一家と懇意にしている。
そのリンダが今度は低金利で平民に金を貸し出し、その者達があらゆる商売に手を伸ばしたことで、シエンタの商会経営を圧迫し出したのだ。
この状況により以前は妻マリンの機嫌をとる為に、カルーラとの婚約を反対していたシエンタだったが、彼らの莫大な資産に目を付けて執着し始めた。
サムから解消した婚約は覆すのは難しく、マリンも以前と同じように反対することが目に見えた。
既に婚約解消をしたサムではなく、人たらしの優しい弟のジムニーならどうだろう?なんて考えていたら、ルフランが私の考えに賛同しレノアに近づいた。
しかし、逃げられたと激怒して帰って来た。
まだ彼女から報告は受けていないが、妻マリンと同じく青い血を尊ぶのが透けて見られたのだろう。
彼女は自分の容姿に自信があるだけに、下手に出ることが難しい。
最低限の媚びを売る程度では、今彼らに群がる大勢の者達には勝てはしないだろう。
あそこまで言うから腹を括り、体でも使って既成事実を作るのかと思ったが、そこまでにも到っていないと情報収集を任せている部下から報告があった。
何ともお粗末な結果になったらしい。
逆にドンマイン一家に警戒心を与えることになった。
ならばいっそのこと、ジムニーを平民と思わせて近づけるのはどうか?
ちょっと変装させて、周囲の女子に気付かれないようにして。
ジムニーに近寄る女性達の中には、彼が伯爵令息であるからという理由も含まれる。
きっと平民の美形ならば、そこまで多くは群がらないだろう。
ジムニーは黄緑の髪に茶の瞳で、優しげな風情に加え人たらしだ。
警戒はされないはずだ。
なんて考えてシエンタは、ジムニーをドンマイン家が今度開店すると言う、執事カフェのスタッフとして送り込んだ。
そこまでは計画通りだったが、徐々に計画が崩れ出す。
緑髪と金の瞳で美しい容貌のカルーラの弟、レノアと友人になったと聞いた時は、『俺の息子最高だな。最速で敵の懐に入り込んだ』とほくそ笑んだが、彼らの家に入り浸り帰って来なくなった。
なんとレノアと徹夜で何かを作成しているらしい。
確かフィギュアとか、何とか。
そして暫く連絡が途絶えたかと思えば、執事カフェを辞めてレノアの弟子になったと手紙が送られて来たのだ。
「え、えっ! どう言うことだ! ちょっと待て!」
驚く私がそれを読み終える頃、脱力して立ってはいられず床に膝を突いていた。
「お父様へ
僕は天職を見つけました。
それは理想の女性を作ることです。
勿論人間ではなく、フィギュアという至高の産物です。
今までいろんな人と関わりましたが、今一つ満たされませんでした。
ですが今、僕の理想の女性『アスカ』が誕生したのです。
もう毎日が薔薇色です。
いまは1/10スケールですが、今後1/1を目指すべく修行中です。
僕はレノア君と共に、販売用の天使も作成しています。
彼は僕の心の師匠でもあります。
彼もその容姿で女性に近づかれ、顔には出さないまでも苦手意識があったそうなのです。
実は僕も、貴族の義務として彼女達と接してきましたが、無理に笑うことで表情筋がいつも疲れていました。
心も同じように。
でも今は心から笑えます。
お父様はこのことを知って、レノア君と出会えるように手引きしてくれたのですね。
僕の心を守る為に…………。
本当にありがとうございます。
思えばお父様だけは平民を馬鹿にすることがない、いつも高潔な方でした。
カルーラ嬢の時も、最初は兄上の味方でしたものね。
たぶんお母様に泣かれて、後半反対にまわったのでしょう。
その苦悩お察しします。
でも、僕のことならもう大丈夫です。
ですからもう、僕のことは除籍でも家からの追放でも何でもして頂いてかまいません。
ありがとうございました、お父様。
偉大なる優しいお父様の息子で、僕は幸福でした。
お父様も、お体に気をつけて下さいね。
僕はこのまま、ここに就職します。
ちなみに、今いる寮は最高ですよ。
食事は出るし、お風呂も掃除時間以外はいつでも入れる大浴場です。
家にはなかったシャワーという物があって、滝のように細い筒からお湯が流れます。
だから一人で頭も洗えます。
慣れるまで大変でしたが、もう大丈夫になりました。
便利な道具が、生活を支えてくれています。
メイドがいなくても安心ですよ。
では、仕事に戻ります。
尊敬すべきお父様へ」
存外に幸せそうな、それでいて自分を好きだと言ってくれて嬉しい手紙だった。
だが同時に絶縁と言えるほどの内容だ。
「ば、馬鹿な。優秀なあの子が、ドンマイン家に取り込まれるなんて…………」
今さらながら自分の失策に愕然とするシエンタ。
「そういえば器用だったな、ジムニーは」
彼から優秀な息子が一人、手元を離れた。
でも…………。
こんなに褒められたら、もう無理矢理帰って来いなんて言えない。
嫌われたくない。
そんなところも、人たらしの所以なのだろう。
◇◇◇
その頃ジムニーは。
「僕の嫁、アスカは最高です。
このドレスが翻るところと太もものラインが。
くぅ、たまりません!」
それを見るレノアこと水樹は頷く。
「最初は冗談かと思ったけど、俺んち来てすぐにはまっちまったな、ジムニー。
でも器用だし、才能あるよ!
これからも俺達の嫁のカスタムの為に、ジャンジャン稼ごうぜ!」
「はい、師匠。どこまでもついて行きます!」
「おうよ、弟子。頼んだぜ!」
バシンッとハイタッチする2人に、周囲の仲間達も温かく見守る。
ここには同志が20人はいた。
作業部屋は100畳くらいで、各自広い作業台があり棚には個人用のフィギュアが置いてあった。
それぞれの推しや嫁である。
「先輩達もよろしくお願いします」
「こちらこそだ。よろしく頼むよジムニー」
「そうだぜ、ジムニー。お前の手先は神だ。
レノア君の次に素晴らしい」
「そんな、褒めすぎですよ」
「謙遜は美徳じゃない。ここでは仲間といえ、好敵手(ライバル)なんだからな。妥協は許さないぜ!」
「勿論です。頑張ります」
「その意気だ!」
この工房には貴族平民入り乱れ、趣味を仕事にしていた。
身分で蔑む者はそもそも入れない。
彼らはこの世界のオタクなのだ。
超専門職の工房は、後に帝国の女王からも依頼が来ることになる老舗メーカーとなるのだった。
『フィギュアメーカー ドンマイン』
この名が世界を賑わし、ドラゴン姉妹から自身のミニスケールフィギュアの発注が大量にかかるのは、数か月先だった。
早いな。
ジムニーを暫く見ないマリンが、シエンタに居場所を聞いて怒るのもそのくらい先だった。
「あの子が平民と仕事をしているなんて。
貴族は平民を飼い慣らすものでしょう?
それを貴方は………………」
マリンに詰られ、ドンマイン家にいることでサムに憤られるも、気にする暇などないジムニー。
彼は今、とっても多忙なのだ。
「おのれ、ジムニーめ。カルーラと一つ屋根の下に!」
いや違う。
ジムニーは寮だからね。
いろいろ忙しい、ロンベサール一家だった。
まずは、ジムニーが離脱。
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