愛と悲しみのカルーラ

ねこまんまときみどりのことり

第1話 カルーラに転身

「もう我慢ならん。お前との婚約は解消する!」


 見目麗しい紫の髪の伯爵子息は、婚約者カルーラ・ドンマインを自宅に呼びつけて婚約解消を告げた。



「わかりましたサム様。今までありがとうございました」



 深々と礼をして去っていくカルーラは、悲壮感の欠片もなく、慎み深い微笑みだけを浮かべていた。



「なんでだよ、カルーラ。簡単に納得するなんて!」


 婚約解消を言い渡した伯爵令息サム・ロンベサールは、悔しげにその後ろ姿を脱力して眺めた。



 その背後では母親のマリンが、うんうんと頷きながら近づき彼の両肩に手を置いた。


「さすがサムね、きちんと縁切りして偉いわ。

 平民あがりの聖女なんかじゃ、貴方に釣り合わないと思っていたのよ。

 侯爵令嬢のアクアリーネ様なら、丁度良いわ。 

 近いうちに、お会いしましょうね」


「え!」


 焦るサムが母親を見ると、足元も軽げにルンルンと去っていく。


 なんでこうなる?


 俺はカルーラに「そんなの嫌、嘘だと言って。愛しているの」って、言うのを期待したのに。


 何で後ろに母がいて、カルーラもあんなあっさりと出てくんだよ。 


 嘘だろーーーーー。






「何とか、助かったよね」と、カルーラが安堵し。


「うん、ギリギリセーフだな!」と、父ヴォクシアが頷く。


「助かったのね」「生き残ったぜ」と、母ルラミーと弟レノアが、弾んだ声でハイタッチしていた。




 カルーラの緊張は漸く解け、脱力して床にへたり込んだ。




 だって私達は知っていた。

 これは映画で見た《愛と悲しみのカルーラ》に似ていたから。

 それも家族揃って、役柄も一緒だ。


 でも実体はあるし不思議。

 何だか、別の世界にいるような感じだ。




 私と家族は、旅行帰りの高速道路の事故に巻き込まれて、そのまま意識をなくした。

 起きてみると、この世界の中に転生したみたいなのだ。


 どうやらこの世界の中でも、暖炉の木炭の不完全燃焼で同じ家族構成の家族が倒れていたようだ。

 私達がここにいると言うことは、言わずもがな召されたのだろう。アーメン。


 運が良いのか悪いのか、一酸化炭素中毒(この世界では換気が出来なかったことで、部屋で中毒と言う診断になっている)で、一時的に意識が朦朧となり、その後遺症のせいで、ちょっと言動が可笑しいのだと思われていた。


 貴族ではなく平民だけど、お金持ちの大商人。

 

 事故の前にリビングで家族パーティーを開き、メイドのアーミンには「後は私達でやるからお帰り」と、自宅に帰したそうなのだ。


 この家主はわりと心配性で、自宅には夜間帯に家の外を警戒する護衛が配備されている。

 けれど家中で働く家令(シルバー)とメイド(アーミン)は通いである。 


 夜間の護衛は家には入らない交代制で、隣には騎士団の寮もあり治安も良い。

 そんな安全地帯のせいで、家人はうっかりしていたのだろうか?


 翌日出勤したメイドアーミン家令シルバーは、戦々恐々で換気して急いで医師を呼ぶ。


 アーミンに至っては、泣きそうだ。


「私が最後まで火の始末をしなかったせいで。

 途中で帰ったせいで。

 ご主人様達は、酔って眠ってしまったのですね?

 全て私のせいです。

 申し訳ありません。ぐすんっ」


 医師を呼び全員の意識が戻った後、土下座で泣きながら謝るアーミン。


「まあまあ、泣かないで。助かったんだから良いのよ。ねえお母様」

「お、お母様? え、ええ、そうね。おほほ」


「そうだ、気にすんな。話を聞けば俺らが悪いし。

 アーミンだっけ、メソメソすんな。

 目腫れはモテなくなるぞ。ワハハ」


「えーと、シルバー。ちょっと良いかな。

 お父様はちょっと酔いが抜けてないんだ。

 今日は急ぎの仕事があるのかい?」とレノアが家令に問う。


 シルバーは心配そうな顔で、「急ぐ件はありませんが……今はご自愛下さい」と言ってくれた。



「じゃあ、1週間くらい安静にしたいんだ。

 後遺症も考えられるからね。

 その間迷惑かけるけど、よろしくね」


 いつも物静かな家族が、全力でアーミンを庇うのを見て、なんて良い方達なのだと感動するシルバー。

 アーミンなんかはもう、涙で顔がどちゃ濡れである。


 医師より、多少中毒後の影響もあると言われ、俯くシルバーとアーミン。



 このやり取りで、カルーラは確信を持ったのだ。

 ここが異世界だと。


 それ以前に、自分の髪色と顔、両親、弟を見て、『こんな大掛かり、ドッキリやモニ◯リン◯じゃなければ、転生しかない』と。


 そして両親もアイコンタクトで『転生とか知らんけど、なんかやばい』と直感し頷いた。


 弟はそう言う世代なので、ノープログラムだ。


 そしてカルーラは、14才の可愛いメイドのアーミンに、自分達のことをいろいろ聞いていく。


 話し方やどんな性格に見えたか等。

 うっすらここの家族の記憶はあるが、全員が曖昧だったのだ。




 どうして、そんなことを聞くのかと問われたカルーラは、悲しげに答えた。


「サム・ロンベサール様に、良く思われていないみたいなの。

 お母様のマリン様にも。

 だから、今の私達を客観的に判断してもらって、悪い所を直したいの。

 お願い、協力して」


 俯いて辛そうに言えば、アーミンのメイド魂に火が着いた。


「お嬢様の恋のお手伝いですね。このアーミンが承りました!」


 そう言うと、細かいことから教えてくれた。

 サムの屋敷に勤めるメイド仲間からも、わざわざ情報を仕入れてくれたりもした。


 そもそもサムの家は、ここのロンベサール領主の息子で、シエンタ・ロンベサール伯爵の長男(次男と長女もいる)。


 カルーラが通りがかりに、侯爵家の隠居(前侯爵)夫人リンダの怪我を直してから、聖女と言われ始めたそう。

 勿論リンダは、その後カルーラをべた褒めだったらしい。 


 それを見ていたサムが、「聖女なら丁度良い。俺に似合うだろう」と、一方的に婚約を結んだそうだ。

 実は一目惚れらしいとの噂も……。


 サムの父は平民に偏見がなく、恋愛結婚推進派で

「うん。愛って美しいよね」って応援したんだとか。



 カルーラの記憶を辿ると…………。


 当のサムはルックスは良いが、俺様だった。

 そして元のカルーラは内気な少女で、大きな声で話すサムが本当は苦手だったみたい。


 相手が伯爵家で断れなかっただけで。

 サムの母マリンの方は、婚約に大反対。

 マリンの推し婚約者候補、侯爵令嬢アクアリーネといろんな嫌みや細かい意地悪(ドレスを汚すや転ばせる)等を繰り広げ、暗殺依頼にも手を染めそうだった。



 そして転生後の父ヴォクシアも、シルバーにいろいろ相談していた。


「カルーラの婚約はどう見ても身分違いだ。

 カルーラも解消されそうだと言っていたし。

 もうここを、引き払わなければならないかもしれん。 

 今までだめな父だったが、業務の整理をして新天地を探し、共に生きたいと思っているんだ。

 俺は強くなろうと思う。 


 ちょっと空回って、変になってるかもしれないから、シルバーには今まで通り支えて欲しい。

 そして仕事を1から一緒に見直してくれ。

 売却していく物件を見積もりたいのだ」


 そう言って頭を下げれば、シルバーは目を潤ませ頷く。


 初老のロマンスグレー、家令シルバーはヴォクシアの商売が軌道に乗った3年前から仕えていた。


 実はカルーラが怪我を治した、リンダ夫人からの依頼で来ていたのだ。

 メイドのアーミンも同様だ。

 商売の急な上向きが、リンダ夫人の影響もあったことは否めない。 

 てんてこ舞いに忙しい時に、ヌルッといつの間にか就職していたのだが、転生前のヴォクシアも特に不振に思っていない(のんき者だった)。



 アーミンにいろいろ聞いて、今の状況を把握したカルーラ。


 大急ぎで嫌われ作戦開始!

 サムとのお茶会を急にキャンセルしたり、外出のお誘いも体調が悪いと断りまくった。


 その結果が、冒頭の婚約解消である。


「暗殺とか勘弁だよ、怖すぎるもん。

 まあ何とか、セーフだったよね」


「危ねーよ、本当ギリじゃん」


「本当ね。でも、今後どうしようか。

 やっぱここに住みにくいかな? 

 領主の息子さんからの婚約解消だもんなぁ。

 カルーラはどうしたい?」


「特に何も。

 嫌がらせされるなら、違うところに住みたいけど、傷物令嬢とかの悪口くらいなら平気だわ」


「お母さんも、この家お気に入りよ」


「一戸建てに護衛付きって、最高だよね。

 今まで賃貸だもんね」


「お父さんも商売を見直ししてたんだけど、超楽しいんだ。 

 物流とか護衛の人雇って拡張したい。

 香辛料とかこの地域薄いから、たくさん仕入れて売りたいんだ」


「じゃあ、私はレストランでも開こうかな? 

 お母さんの家庭料理が火を吹くわよ。

 香辛料料理とか任せて、ご家庭カレーに麻婆豆腐とか。

 他にもクックパッドで学習済みよ」


「レンジないけど、平気かよ」


「アウチッ! そうか、でも貧乏時代レンジなくて作ってたからね。ねっ、お父さん」


「おう、そうだ。お母さんの料理は旨いぞ」


「「それは知ってるって」」


「まずシルバーさんに、大丈夫か聞いてみるよ」


「「「はーい♪」」」


 ふふふっと、賑やかな笑い声が家に響く。


 シルバーとアーミンは、その声に微笑んだ。



「ヴォクシア様達は、私達が来た時から上品な言葉を使っていたのですかな? 

 中毒の件から、本来のお姿をやっと見せて下さっているようです」


「本当にお優しい方達です。

 回復直後でも、私のこと1ミリも責めませんでした。 

 却って庇われましたもの。

 あ、また泣きそうです」


「素晴らしい方達です。これからも真摯にお仕えしていきましょう」



 賃貸やらクックパ◯ドやら、意味不明の会話はスルーするシルバー達。


 一先ず危機は去ったのだった。





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