第2話
誰かを助けたわけじゃない。
誰かを救えるなんて、思ったこともない。
ただ、目の前にいたあの女の子が、
「昨日の俺」とそっくりだったから――それだけの話だ。
•
俺の名前は、もう使ってない。
本名は、病院のカルテにだけ残ってる。
誰も呼ばないし、俺も思い出さないようにしてる。
13のとき、家を出た。
母親は泣いてたけど、あれは誰に向けての涙だったんだろうな。
俺には、もうその価値がなかったんだと思う。
行く場所もなかった俺がたどり着いたのが、ここ――トー横。
ネオンとアスファルトと、終わらない夜がある場所。
ここでは、名前より「顔」が大事だ。
もっと言えば、“使える顔”かどうか。
「使い捨て」に慣れてる奴ほど、演技がうまい。
笑える。泣ける。媚びられる。
だから、俺はなるべく感情を捨てた。
無表情で、無反応で、無欲でいた。
でも――
今日、あの女の子を見たとき、無性に腹が立った。
目つきが、俺と一緒だったから。
「生きてても死んでても、どっちでもいい」って目。
それが気に食わなかった。
だから、声をかけた。
チューハイを飲んで、黒タイツのまましゃがんでる“それっぽい”地雷女に。
「死にたいわけじゃないし」
「生きたいわけでもないし」
……あの返事、あれが本音だとしたら――
ほんとムカつく。
•
「で、食ったか?」
俺は足を組み直して訊く。
路地裏のすみっこ。薄暗い外灯の下。
彼女はまだしゃがんで、サンドイッチの袋をいじってた。
「……腐ってない、と思う」
「気にすんな。俺も昼にひとつ食ったけど、死んでねぇ」
「ふーん……やさしいね」
「ちげぇよ。たまたまだ」
返すと、彼女は小さく笑った。
笑ったけど、目は笑ってなかった。
どこか、「死ぬこと」に慣れてる目。
それを見た瞬間――俺は思わず口を開いた。
「……お前、名前あるだろ」
「……あったよ。でも、もう使ってない」
「じゃあ、俺が呼ぶ。お前の名前、なんだよ」
彼女はちょっとだけ黙って、視線を落とした。
黒いツインテールが、顔を隠す。
「……メイ」
「メイか。じゃあ、今日からそれで呼ぶ」
「……なにそれ、勝手じゃん」
「いいだろ。俺は勝手な奴だから」
そう言ったら、ようやく本気で笑った気がした。
•
その夜、俺たちは一緒に寝た。
変な意味じゃない。
公園のベンチに、寄り添うみたいに丸まって、
ただただ、凍えないように。
彼女の体温は細くて、でも確かだった。
誰かに触れるのは、久しぶりだった。
そして、朝が来る頃――俺ははっきり思った。
「この子、消える前に――名前を、取り戻してやりたい」
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