第3話

 二回目のデート。楽しいピクニックデートの日。初めてのピクニックに、私は浮かれていた。

「わ~すごい」

「ミルカのために用意したんだ。遠慮なく使っていいからね」

「はい、ダヴィデ様」

 ダヴィデ様が用意してくれたのは、大きな天幕。中には簡易ベッドもある。さすが、ダヴィデ様だわ。なにより私のため、というのがいい。


「ここで、大人しく待っていてね」

「はい。ダヴィデ様。お気をつけて」

「ああ。行ってくるよ」


 ダヴィデ様が私の額に口づけを落とした。家族以外からされるのなんて初めてで、心臓がドキドキする。うっとりとダヴィデ様を見つめる。


「エミリオ様、お気をつけて」


 お姉様の声で他にも人がいたことを思い出した。あら、お姉様がエミリオ様のお見送りをしてるわ。ふーん。まあ、どうでもいいけど。あ、お姉様に気を取られている間に、ダヴィデ様が行っちゃった。はあ、と溜息をつく。エミリオ様もお姉様に背中を押され、ダヴィデ様を追いかけて行った。二人に声が届かない距離になってから、お姉様に近づく。


「お姉様」

「! どうしたのミルカ?」

 ――あらあら、お姉様が珍しく狼狽えているわ。最高。その反応がずっと見たかったの。もっと見せてちょうだい。

「ごめんなさい」

「……それはなんについての謝罪?」

「お姉様のお相手であるダヴィデ様を私がとるような形になっていることへ、のです。だって、さっきのお姉様……あれは当てつけでしょう?」


 ――さあ、お姉様どう反論するの? ごまかす? それとも睨みつける? それとも強がるの?


 ワクワクする。でも、お姉様の返答は私の予想のどれにもあてはまらなかった。


「そんなことよりも、体調は大丈夫なの?」


 正直、拍子抜けだ。でも、体調が悪いのは確か。興奮しすぎたせいだと思う。


「寝ていてもいいわよ」


 お姉様が示した先には簡易ベッドがある。悔しい。悔しいけど、今は横になりたい。


「ダヴィデ様が帰ってきたら教えてね。絶対よ」

「わかってるわ」


 眠りについてどれくらい時間がたったのか。名前を呼ばれ、意識が浮上した。


「ミルカ」

「ん?」

「戻ったよ」

「ダヴィデ様?」


 まぶたをあけたら、目の前に彼の顔があった。近い、恥ずかしい。けど、うれしい。じっと見つめていたらダヴィデ様の顔がだんだん近づいてきた。目を閉じる。と、ほぼ同時にダヴィデ様の唇らしきものが私の唇に触れた。


 ――ああ! 私キスをしているわ。ダヴィデ様と!


「ダヴィデ様、好きです」

「うん。私も好きだよ」


 胸が熱い。また興奮したら苦しくなるってわかっているのに、止められない。ああ、ダヴィデ様がいつもよりもかっこよく見える。私の王子様。


 ダヴィデ様が離れ、私は名残惜しく思いながらも上半身を起こした。ふと視界に入ってきた彼の服。赤い染み。最初ソレがなにか気づかなかった。ソレが血だと理解した瞬間、口から悲鳴が出た。


 天幕の中へと飛び込んできたエミリオ様。次いで、お姉様も。


「ミルカ。いったいなにがあったの?」

「お、お姉様」

 説明したくてもうまくできない。代わりにダヴィデ様が話してくれた。


「すまない。私が着替えをせずにそのまま入ったせいで驚かせたようだ」


 その説明で納得した様子の二人。できれば、ダヴィデ様には出て行ってほしい。でも、言えない。お姉様に助けを求めるようにアイコンタクトを送った。すぐにお姉様が動いてくれ、ダヴィデ様とエミリオ様は天幕の外へと出て行った。ほっと息を吐く。


「どこに行くのお姉様?」


 出て行こうとしているお姉様を、慌てて呼び止めた。

 ――ありえないわ! こんな状態の私を一人にするなんて。

 パニックになっているところを他人には見られたくない。けれど、一人にはなりたくない。繊細な私の気持ちをお姉様は汲んでくれない。やっぱり、意地悪だわ。そんな性格だからダヴィデ様に見初めてもらえないのよ。


 私の気持ちが落ち着くのを待って、お姉様とともに天幕の外へと出た。ダヴィデ様は上着を着替え、待っていてくれた。安心してダヴィデ様の元へと行く。さっと抱きかかえられる。


「もう大丈夫かい?」

「はい。私、びっくりして……ごめんなさい」

「いや、私こそすまなかった」

「あの、ダヴィデ様。私、お父様にダヴィデ様と結婚したいと伝えたんです」

「もう? すごいな君は勇気がある」

「はい! 私、体はか弱いですが、心は強いんですよ」

 胸を張って答えると、ダヴィデ様は「さすがミルカだ」とほほ笑んだ。

「それで、ダヴィデ様は?」

「安心して。私も父に話してある。近いうちにそちらにも話がいくと思うよ」

「本当ですか?!」


 やったあ。その日が楽しみでたまらないわ。ちら、と姉を見る。こちらをちらりとも見ようとしないお姉様。それどころか、私への当てつけのようにエミリオ様と楽しそうに話している。

 ――可哀相なお姉様。でも、お姉様にはその程度の男がお似合いよ。

 極上の男の腕に抱かれ、私はうっそりと笑った。

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