サキュバスの声がデカ過ぎる
なごりyuki
第1話 彼女の声がデカ過ぎる
※強めの下ネタに御注意下さいませ……。
朝の5時半過ぎ。
「FOOOOO!! おはチ●ポコーーーー!」
めっちゃデカい声が、始発電車内に響き渡る。
彼女が乗ってきたのだ。
声音自体は可憐で瑞々しく、華があって、のびやかで、陳腐だが美しいとさえ思えるのに。どうしてあんな知性の欠片も無いような挨拶しかできないのか。
しかも、明らかに僕に向かってである。
電車の扉の傍に立って英語のノートを開いていた僕は、反射的に舌打ちをしそうになるのを堪える。
顔を上げると、こっちに歩いてくる彼女と目が合った。
彼女はギャルと呼ばれる種類の女子で、途轍もなく美人である。
女性の髪形のことは詳しく知らないが、彼女の髪型はボブと言うのだろうか。溌剌とした彼女に良く似合っていて、その美人顔のせいか、やけに大人びた雰囲気もある。
身長だってあるし、スタイルだって凄まじい。
彼女は制服を着崩すようにして胸元を大きく開いていて、たぷたぷ、ぽよぽよ、と弾んでいる大きな乳房は零れ落ちんばかりだ。
やたら短いスカートから伸びる脚も白く健康的で、肉付きもよく、力強い張りもあって、眩しいくらいである。
そんな彼女の悩殺的な身体は、毎日のようにクラスの男子たちのエロい話題に上っている。
いや、男子同級生だけでなく、上級生や下級生の男子たちからも凄まじい人気を誇っているのは有名だ。
実際、今も彼女の周りいるスーツ姿の男性たちが、横目で彼女の身体を舐めるように眺めていた。
彼らの必死な目つきは、その眼差しで彼女の制服を脱がそうとしているかのようだ。或いは視線で、彼女の乳房や尻の膨らみを撫で回そうとしているかのようでもある。
だが彼女自身は、そんな視線を気にもしないふうだった。
彼女の種族的に気付いていないわけがないので、ただただ周りの男性を興奮させることを楽しんでいるだけなのだろう。
「お待たせぇ~!」
知り合いでなければ許されない距離まで近付いてきた彼女は、世の男達をデレデレにさせてしまうような、とびきりのエロかわ美少女スマイルを浮かべてみせる。
「駅までちょっと走ってきたから、朝から汗かいちゃった」
彼女は無邪気に言いながら、はだけさせた胸元の制服を見せつけるようにパタパタと動かした。
彼女の乳房が大胆に震える。その谷間に滑り落ちていく汗は、車窓から差してくる柔らかな朝の光に輝いていた。
そんな弾けるほどにエッチな光景を盗み見ていたスーツ姿の男性たちが、生唾を連続で飲み込んだり、呻くような荒い鼻息を漏らしはじめた。
同時に、「こんな小柄で冴えないヤツが、どうしてこんな美人ギャルと……?」みたいな、暗い情熱の籠った眼差しが僕にも流れ込んでくる。
要するに僕は、彼女と友達か何かだと思われているのだろう。
毎日のことではあるが、冗談じゃないと叫びたい。
僕と彼女は、完全な他人です。ただのクラスメイトです。一方的に彼女が僕の通学時間に合わせて、この始発電車に乗り込んできているだけなんです。
声を大にしてそう力説する代わりに、僕は無言のままでノートに目を落とすことを選んだ。そうだ。相手にするから彼女も付け上がるのだ。
いい加減、彼女のエロ仕種に面白半分で付き合わせられるのも辟易していたところだし、今日一日は、彼女を徹底的に無視するのもいいかもしれない。
そうすれば、彼女も僕に纏わりつかなくなるだろう。そんな悠長な希望は、次の瞬間に砕かれることになった。
「えぇ~、なに~? 私のことシカトしようって感じィ?」
彼女が薄く笑う気配がした。同時だった。
「今日はどんなパンツ履いてんの?」
爽やかな笑みを浮かべた彼女の動きは電光石火だった。常識ではありえない行動だったので、僕も反応が一瞬遅れた。
さっと身を屈めた彼女は僕の前にしゃがみこんで、僕の制服のズボンのベルトをカチャカチャとやり始めたのだ。
周りにいる他の乗客からも、軽くどよめく気配があった。
「ちょっ……!!?」
僕は思わず腰を引いて、彼女の手から逃げる。
「あっ」
切なげな顔になった彼女が、名残惜しそうな声を洩らして僕を見詰めてくる。
「何を恥ずかしがってるのよ? 私とあなたの仲じゃない」
一体コイツは何を言い出すのか。
「誰と誰がどんな仲だって……?」
流石に僕も言い返す。
「えぇ~、どんな仲ってそりゃあ」
薄笑いになった彼女は妖しい下目遣いになって、見えない棒を掴むような手の形を作った。
そしてその手を顔の横で振りながら、舌を突き出してゆっくりと動かしてみせる。まるで何かを舐めるかのように。
「激しくお互いを求めあう仲でしょ~?」
フェ●素振りというやつか。美人ギャルの彼女がやると、頭が痛くなってくるほどに淫靡な仕種だった。
「はいはい……」僕はまともに応じず耳を掻いた。「というか、ズボンを脱がしにくるのは流石にラインを越えてるよ」
「えぇ? そう? これぐらいはコミュニケーションの範疇でしょ?」
不思議そうな顔になった彼女だが、ふっと優しい笑みを浮かべて見せた。僕の事を信頼していることを伝えるような、飾りけのない自然体の微笑みだった。
「……だってさ、ほら、私とあなたの中●しでしょ?」
恋する乙女のような表情でワケの分からないことを言い出す彼女に、僕も顔が歪んだ。
「僕とキミは他人だよ……」
「もう! 恥ずかしがっちゃって」
彼女は楽しそうに声を弾ませる。
鬱陶しいほどのポジティブさだ。
僕は舌打ちを堪え損ねた。
だが、彼女は一切気にしない。
寧ろ、僕との言い合いを楽しむようにして、話を続けようとする。
「ねぇねぇ! 昨日、何回シ●った?」
こんな美人ギャルが目を輝かせて、こんなプライベートなことを、こんな馬鹿みたいにデッカい声で、こんなにも直球で訊いてくる状況に、僕は本気で参りそうになる。
普通の男子高校生なら、これから何かエッチな展開が待っているのではと心を躍らせ、期待と興奮で股間を熱くする場面だろう。
だが僕は彼女の“正体”を知っているので、興奮するどころか気が滅入った。
「……昨日は勉強してたよ」
顔を歪ませたままで、僕は素っ気なく答える。
「はいはい」
ニヤニヤと笑う彼女は、明らかに僕の話を信じていない。
「で、ホントのところは? 40回くらい?」
「入院するよね? そんなにやったら」
僕は苦々しく答えながら、彼女の目が金色に輝いていることに気付く。
彼女はサキュバスなのだ。正確にはサキュバスと人間のハーフのようだが、詳しいことを彼女に訊いたことはない。
新学期から転校してきた彼女は、同じクラスになった僕に目を付け、今までに何度も僕の夢の中に入り込んできた。
その度に僕は彼女を撃退していたのだが、そのうち彼女は、僕の登校時間に侵入してくるようになった。今ではこの有り様である。
「ねぇ? 本当のところは? 何回ドピュッたの……?」
しつこく彼女が訊いてくる。
「ねぇねぇねぇ~、恥ずかしがらずに教えてよ~?」
甘えるような声を出した彼女が、僕の頬にキスをする勢いで顔を寄せてくる。
「しつこいなぁ」僕は顔を横にずらして、彼女の唇を避ける。飛んでくる蚊を躱すような気分だった。
「だから、やってないって」
「えぇ~……」
キスを空振りして唇を尖らせたままの彼女が、不満そうに眉根を寄せる。それから、今までの能天気そうな雰囲気から一変して、すぅっ……と目を細めてみせた。
「本当に?」
艶っぽくも鋭い目になった彼女は、舌でゆっくりと唇を舐めて湿らせながら、僕の股間を凝視してくる。
その瞳には人間ならざる者特有の、底の見えない暗い光が蹲っていた。
「本当だよ」僕は溜息交じりに応じてから、「……あと、前にも言ったよね?」と付け足した。
「何を?」
彼女がきょとんとした顔になる。この無邪気さが腹立たしい。
「もう夢の中に入り込んでこないで、って話だよ」
顔を歪めながら僕が言うと、彼女は思い出したようだ。
何度か細かく頷きながら、楽しそうな顔になる。
「あぁ~、アレね?」
「そうだよ……」
「アレって本当のところは、“僕の夢の中に入ってきて!”っていう、あなたからの熱いメッセージなんでしょ?」
「どうしてそんな自分本位な解釈になるんだよ」
僕は抗議するが、得意気な訳知り顔になった彼女はもう聞いていない。「大丈夫。分かってるから。安心して」と豊かな胸を張ってみせる。
「だから昨日の夜も、貴方の夢の中に出てあげたでしょ、私。裸で。正確には裸ソックスで」
「……そうだね」
僕の声は、自分でも驚くほどげっそりしていた。
「んんん~~フフフゥ! ちゃぁ~んと覚えてるじゃない!」
何がそんなに嬉しいのか。にんまりと笑った彼女は愉しげな声を洩らし、その豊満でエッチな身体をクネらせた。
ゆさゆさと揺れる彼女の乳房と、翻った短いスカートが他の男性達の視線を独り占めにしている。
一瞬、派手な柄の下着がチラリと覗いて、乗客の誰かが「おぉ!」などと興奮した声まで漏らしていた。
「じゃあやっぱり昨日の夜は、私を夢から追い払ったあとで……!」
「やってないって。それに、夢の中に出てこないでっていうのも僕の本心だから」
「マジで? 前フリじゃないの?」
彼女が本気で不思議そうな顔になる。
「違うよ……。全然違うよ……」
会話を維持することに僕は疲れてきて、ノートを持っていない方の手で顔を擦った。
「というか、何でキミは僕に付き纏うの?」
僕の声は自分でも驚くぐらい疲れ気味だった。夢の中でまで彼女の相手をしているからか、昨日も寝た実感が薄いからかもしれない。
「キミみたいな美人なら、僕なんかよりも、もっと格好良くて性欲も旺盛な男性だって、選り取り見取りだと思うんだけど」
覇気のない声の僕に、実につまらなさそうに彼女は肩を竦めた。
「あなたに絡んでいく理由なんて、そんなの決まってるじゃん」
彼女はそこで、今までとは全く種類の違う笑みを浮かべる。
「あなたが吸血鬼だから」
今までのデッカい声を研ぎ澄まして磨き抜いたような、凄絶な妖艶さを含んだ、僕にしか聞こえない囁き声だった。
「あなたが、……“私側”だからよ」
んふふふ……、と目を細めた彼女は、ゆっくりと舌を舐めてから「はぁぁぁ……」と灼熱の溜息を溢した。
これから裸で抱き合う相手にだけ聞かせるような、無防備で、甘えてくるかのような吐息だった。
「あなたが思うよりも、私はあなたにクソデカ感情を抱いてるもん。私は、あなたが欲しい。ううん……。ちょっと違うかな……。私は、あなたのものになりたいの」
そう言い終えてすぐに彼女は、その余りにも不穏で妖しい笑顔を切り替えて、ギャル風の快活な笑い方に戻った。
「というワケでぇ! これからもあなたに纏わりつくつもりなんで! よろシコ●コ!」
彼女は張りのある声で言いながら最後に、目の横あたりでピースサインを作った。「どぴゅっ!」
「……前も言ったけど、あんまり下ネタ好きじゃないからね?」
「じゃあ、これから私のことと一緒に、好きになってくれればいいよ。私、待ってるから。ゆっくりでいいからさ」
何故か切なそうな顔になる彼女に、僕は思わず感嘆してしまう。
「自分本位だなぁ……」
「そりゃあ私ってば、一応は悪魔というか、サキュバスだし」
自分自身を証明するような、或いは、この世界に宣告するかのような彼女の告白。
その口振りは明るいものだったが、過剰な声のボリュームは適切に絞られていた。静かな言い切り方にも、どこか切実さが漂っている。
「……そうだね。君が振ってくる話題は、たしかにサキュバスらしいというか悪魔じみてるよ」
僕も、彼女と同じ程度の声の大きさで応えた。
「げへへへっ!」
はにかむ、というには余りにも下品な笑い方をする彼女。
絶対に学校では見せない笑い方だ。自らが悪魔でありサキュバスであることを、僕に対しては堂々と口にできることが嬉しそうだった。
「あ、ねぇねぇ! そんなことよりさ」
照れ隠しのように次の話題に移ろうとする彼女の声は、やっぱりデカい。
「それ、今日の小テストの勉強でしょ?」
彼女は僕が持っているノートに指を向けてくる。
「そうだけど……」
「ねぇ、今日のテスト、点数で勝負しない?」
「やらない」
「即答禁止~!」
むっとした顔になった彼女だが、すぐに「ふふん」と得意げに鼻を上に向けた。
「ホントは私に負けるのが怖いんでしょ~?」
「違うよ」
「なら別にイイじゃない。勝負勝負! 私が勝ったら、保健室でS●Xね!」
「……あのさ、勝負しないって僕は言ったよね?」
「ノリ悪~! じゃあ、あなたが勝ったら、体育倉庫でS●Xでいいから」
いったい何が“じゃあ”なのか。
「勝っても負けても僕がドツボじゃないか……」
どこまで自分本位なのかと僕は呆れるが、その声の大きさにも辟易する。
それに、物凄く居心地が悪い。周りにいる乗客全員が、僕と彼女を見比べている気配があるのだ。
『お前、こんな美人ギャルと学校内で抱き合ってるのか?』みたいな、暗い情念が濃厚に滲んだ視線が体中に突き刺さってくる。何なら舌打ちまで聞こえてくる始末だ。
だが、そんなことは全く気にしない様子の彼女は涼しい顔で胸を張る。
「まぁ、あなたがビビっても仕方ないか~。私これでも、歴史のテストは点数かなりイイ感じだもんね~?」
ぷるるん、と乳房を揺らした彼女の表情は、いつになく挑戦的で、挑発的だった。
「今日の小テストでも、あなたに余裕勝ちしちゃいそうだしィ~? 昨日もまぁ、ちょっと頑張って勉強したんだよね~? まぁ点数も9割は硬いかなぁ? あ~、参ったわね~、これはもう保健室よね~」
早口になった彼女は、既に僕に勝ったつもりでいるようだ。僕は軽く息を吐いてから指摘する。
「今日の小テストは英語だよ」
「………………えっ」
今まで快活に笑っていた彼女が、馬鹿みたいに真面目くさった顔になって静かになった。
5秒ほど真顔になった彼女と僕は目を合わせていたが、ちょっと冷や汗をかき始めた彼女が掠れた笑い声を立てる。
「そ、その手には乗らないわよ? そうやって私を動揺させて、点数で勝とうって魂胆でしょ? そんなに体育倉庫S●Xがしたいワケ?」
「しないって言ってるだろ。というか、今日の時間割に歴史は無いよ」
僕が重ねて指摘すると、彼女は面白いぐらいに深刻な顔になった。強張らせたその表情のままで電車の床を見詰めながら、歯の隙間から「スゥゥゥーーー……」と息を吐いている。
僕達の英語担当の教師は、定期考査はもちろんだが、こういった小テストの結果を重視するタイプだ。そして点数が悪ければ即、居残りを言い渡してくることでも有名だった。
「まぁ、頑張ってね」 僕は儀礼的に応援する。
「ねぇ、ゴメン……。お願いがあるんだけど」
一気に声のボリュームを落とした彼女がちょっと泣きそうな顔になって、悪魔なのに拝むようなポーズを取った。
「そのノート、ちょっと見せてくれない……?」
ここで断ったら後が怖そうだ。
僕は耳を掻いてから、仕方なくノートを渡した。
沈み込んでいた彼女の表情が、ぱぁぁぁっと明るくなる。
「ぁ、ありがとー! お礼に、放課後は体育倉庫で……!」
「いいから勉強しなよ」
僕が彼女の言葉を遮ると、彼女は何か言いたそうに唇をモゴモゴと動かしたが、結局何も言わず、大人しく僕のノートに視線を走らせ始める。
「あ……っ!!」
そこで彼女が天啓を得たような顔で、ガバっと僕に向き直ってくる。さっきまで妖しく輝いていた金色の瞳には、澄みきった青春の光がキラキラと灯っていた。
「居残り教室S●Xっていうシチュエーションも……!」
「うるさいな」
僕は容赦なく彼女の言葉を遮った。
早朝の電車内で雑談するには、彼女の声はデカ過ぎる。
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